ONE 11.16 有明アリーナ(番外コラム):青木真也の「最高のプロレス」発言からにじみ出る、哀愁とプライド

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2025年11月16日、東京・有明アリーナでのONE Championship「ONE 173」の第3試合の手塚裕之とのMMAマッチで、青木真也は1Rにツイスターでチャンスを作るも、インターバルを経て一気に失速し、2Rに手塚に右ボディの連打をもらうと力なくダウンし、パウンドの連打を浴びてTKO負けした。
バックステージでのインタビューで青木は「いい試合だったんじゃないの。最高だったよ。結果含め、良かったんじゃない。何の後悔もない。辞めるとも言わない。最高のプロレスができたよ。20年格闘技やって、10年プロレスやって、最高のプロレスができたと思うよ」と笑顔で自画自賛した。
「プロレス」はWWEやIWGPといった王座を争う競技“空間”で、その空間の中で勝ち負けを競って、敗者は負けたことへの悔しさを試合後露骨に示すのが普通だ。その表現は一般的なスポーツに比べるとオーバーで、だからこそ毛嫌いする人もいるが、好む人たちがたくさんいる。時に敗者が「最高のプロレスができたよ」と口にしたとしても、フォールの取り合いを何度もして、お互い力を出し尽くせた場合とかだろう。
青木はダウンの後、例えば下から三角絞めやギロチンにつなげる等、もう一山、巻き返せれば、彼が試合後口にした「最高のプロレス」という表現も、幅広く納得してもらいやすかった可能性があるが、42歳になった青木は1Rの5分しか持たず、2Rはあっさり自滅するような流れだった。約3年前の秋山成勲戦のシナリオをなぞる形になった点ではプロレス的なドラマ性はあったが、「最高」かというとどうか。むしろ稀にあるアクシデント決着のプロレスに近かった。
青木の発言は「良かったんじゃない。何の後悔もない」という言葉もあるように、一般的にプロレスラーの発言としてイメージされる感情的なものではなく、非常にサバサバしていた。かつてのトップレスラーがロートル化したときのような“哀愁”があり、青木の本意ではないところでのプロレス的な味わいを感じた。
青木は「これが(自分の)強さなんだよ。競技で勝ち負け決めるとか、だから面白くないんだよ」等とマスコミ批判も絡めながら強弁し、強さの座標軸ではなく、大会前から注目を集めプロとして盛り上げた功績を主張した。日頃青木は「プロのレスラー」「俺はレスラー」といった言い方を好む。彼の口にする“プロレス”は“プロの仕事人”といったニュアンスに近いのだろう。でも彼の敬愛するアントニオ猪木やケンドー・カシンは、そうやって自分のプロの仕事をわざわざ自画自賛しただろうか。青木のどこか屈折した感性や言語表現は猪木やカシンにも通じるものがあるのだろうけど、彼らは根幹の部分でプロレス“空間”における強さの価値基準、物差しからは逸脱しなかった。そしてこの辺の話も、青木自体がプロレスのリングに上がり、プロレス“空間”にも片足を踏み入れいている現職のプロレスラーなため、プロレス以外のシーンでの出来事を「プロレス」と表現することで、メタ的な、ややこしい話になっている。
むしろ青木の「最高のプロレス」発言よりも、逆転負けの展開について「こうなった時点で、格闘技選手じゃないわな」と素の言葉が漏れたところに、味というか哀愁を感じた。この二つの発言は表裏一体で、問題の「最高のプロレス」発言は、「こうなった時点で、格闘技選手じゃないわな」という、いわば“プロ格闘家失格宣言”を際立たせる言葉だと捉えると、悔しさ、せつなさといった人間味にあふれ、単純に否定すべき言葉じゃないとも思えてくる。
青木は試合後の会見を終え、ホテルに戻って収録した自身のYoutubeで、「終わってんだなという確認ができて、凄く楽しかった」と話し、1Rにフィニッシュできなかったあと「もういいや」とあきらめモードに入ったことを明かし「3月の試合終わってから週2ぐらいしか練習してないじゃん。そりゃ真面目にやってる子たちに勝てねえよ。3週間前に試合決まってから週4でやってんだもん。ギャラいいからって言ってやっただけだもん」と話し、自身の衰えについて率直に述べている。
会見での「最高のプロレス」発言は、衰えた青木の精一杯の強がり、見栄張り、プライドの誇示だったのだろう。「プロレスラーは本当は強いんです」と話した桜庭和志が人気の火付け役になったPRIDEのムーブメントに、乗りかけたところで振り落とされた青木が、屈折したプライドを持ち続け、約20年、DREAM、ONEで戦い、言動で必死に盛り上げたが、朝倉未来らが作った現代のRIZINブームに乗れず、かといって生粋のプロレスラーにもなりきれず、RIZINでのホベルト・サトシ・ソウザ戦は実現せず、「格闘技選手じゃない」状態でONEに戻って惨敗した哀しみが「最高のプロレスができたよ」という言葉に詰まっていたように思えた。
青木についての話は以上だが、このへんの話は正直なところ書いていいのか少し躊躇した。なぜならバウトレビューは競技を伝える媒体。強いものが上、弱い物が下。アマチュアも報じるけど、上位はプロ、そして一番強い選手、チャンピオン。そこの座標軸からブレて、プロの仕事っぷりや哀愁の強弱を主軸にしたくない。筆者も元々90年代はプロレスファンで、週刊プロレスよりも週刊ゴングが好きだったので、当時のゴング的な価値基準は今も残っていて、バウトレビューの編集姿勢にも反映しているけど、週プロも週刊ファイトもまめに読む青年だった。今回のコラムは90年代の別冊宝島のプロレス読本っぽかったかもしれない。
このコラムが好評なら、今後は番外編的に、そういった格闘家が醸し出す哀愁の話だったり、プロの仕事っぷりだったりにも、重きを置いて言及してもいいのかなあと思うきっかけになり、青木には(たぶん嫌われてるけど)感謝したい。(文中敬称略)(井原芳徳/写真提供:ONE Championship)
先週のONE番外コラムの番外編。「青木真也の『最高のプロレス』発言は単純に否定すべきじゃない」というタイトルにしておけばよかった?そしてプロレスと格闘技の“国境線”問題今昔
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