先週のONE番外コラムの番外編。「青木真也の『最高のプロレス』発言は単純に否定すべきじゃない」というタイトルにしておけばよかった?そしてプロレスと格闘技の“国境線”問題今昔

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先週、「青木真也の『最高のプロレス』発言からにじみ出る、哀愁とプライド」というコラムを掲載したところ、多くの方からご覧いただいた。その青木発言の出た11月16日のONE日本大会は3ページに分けて試合のレポートを載せ、どのページの閲覧数も好調だったが、この番外編的コラムも同じぐらいの閲覧数だった。
ただ、コラムの読まれ方、解釈のされ方、受け止められ方に関しては様々で、誤解も多かったのかなと思う。あれこれ丁寧に書いても、トガった部分、わかりやすい部分だけ強調して伝わるのは世の常だ。
そこを警戒し、記事の掲載をお知らせするXのポストには「否定するでも肯定するでもなく、プロレスに関するややこしさ含め、青木発言の味を分析しました。哀しくても強がることも大事です」と書き添えた。
確かにコラムの前半の彼の「最高のプロレス」発言についての分析だけ読めば、否定的に捉えられても仕方ない。だが後半でも触れたように、「こうなった時点で、格闘技選手じゃないわな」というふと漏れた彼の言葉と「最高のプロレス」発言は「表裏一体」で「この“プロ格闘家失格宣言”を際立たせる言葉だと捉えると、悔しさ、せつなさといった人間味にあふれ、単純に否定すべき言葉じゃないとも思えてくる」と記した。そこから彼のYoutubeでより赤裸々に語られた衰えの話、約20年間の不遇の歴史についても言及し、衰えた青木の精一杯の強がりや哀しみが「最高のプロレスができたよ」という言葉に詰まっていたと解釈して締めくくった。
「青木の『最高のプロレス』発言は、決してうわべだけの薄っぺらいものではなかった。」
こういった文を書き添えておけば良かったのかもしれない。彼のプロレス“観”については引っ掛かりがあったのは確かだが、彼の約20年の不遇で波乱に満ちながらも輝かしい格闘技キャリアを振り返れば、「最高のプロレス」という言葉そのものには厚み、深みがあり、そのへんを軽視されがちだと感じ、あのコラムを記したつもりだ。
とはいえ自分も慣れない形・内容のコラムで、要領を得ないところはあったと思う。前半の青木のプロレス観の解釈については抑えめで、後半を強調する書き方なら、読まれ方が違っていたのかなと思う。題名も「青木真也の『最高のプロレス』発言は単純に否定すべきじゃない」とでもしておけばよかった。
そして逆に青木からすれば、彼の「最高のプロレス」発言は誤解されていると思っている。筆者のコラムを17日に公開してから7日後の24日、青木真也チャンネルのメンバー限定動画で、青木は自身の発言の反響に対する憤りを述べている。有料動画なので書き起こしは控えるが、金原正徳のYoutubeでの青木に対する発言への反論として、「最高のプロレス」発言の意味を詳しく説明している。試合直後の会見でもある程度説明していたが、この有料動画の25分過ぎからの発言は、これまでよりも彼のロジックが整理されていた印象だった。とはいえそれでも、哲学的な難しい話であることに変わりはなく、理解はできても、一般的な「プロレス」という言葉の解釈と照らし合わせ、腑に落ちたかというと、なかなか微妙なところではある。
青木に限らずだが格闘技系の評論のYoutubeは日頃よく仕事や日常のBGMのようにしてラジオ感覚で聴いている。特に青木に関しては、格闘技の試合分析や技術論はもちろん、プロフェッショナル論、最近では上のような「SNSに狂わされる人々の話」という動画で語られた言論についてのスタンス等、多岐にわたる考えはとても勉強になるし賛同できる部分が多い。試合中継での解説の精緻さや的確さも青木はトップクラスだろう。
そうはいっても信者のように全肯定ではなく、今回のようなプロレス観に関しては疑問に思うこともある。そういう賛否のどちらも感じるのは、別に青木に限らず、金原や川尻達也や大沢ケンジやジョビンや魔裟斗ら色んなYoutubeを聴いていても同様で、全肯定できる論客なんていない。何かある部分を否定すると全否定かのように捉えられることは、政治社会の評論の世界でもありがちで、なかなか面倒なことだなあと改めて感じた。
…なんてことを26日の夕方から書いていたら、その夜、青木が公開した川尻との対談動画で、各方面からの批判が集中したことに言及し「バウトレビューの井原さんが文句書いてた。そういうのも含めてヘイトが溜まってたんだな」と話していた。
前半のプロレス話については「文句」と捉えられても仕方ない。後半の解釈パートは青木の真意とは違うようだが、あくまで解釈の違いだ。全体としては先述のとおり、「単純に否定すべき言葉じゃない」というスタンスで、「ヘイト」側に一括りされるものではなく、妥当な範囲の評論だったと思うし、「みなさん全否定じゃなくもうちょっと青木の功績や不遇も考慮してあげませんか?」という思いが込められていたことは理解してほしい。ここぞとばかりに青木バッシングに回ったような話ではなく、あくまで旬の話題に乗っかって論評しただけで、そこは青木がYoutubeやnoteで人気のRIZINの出来事について語るのと変わらない。
そうは言っても、一介の記者にあれこれ言われて癪に障るのも理解できるし、そういうトガり方こそ青木真也らしさだと思うから、嫌いにはなっていない。(青木のYoutubeの発言も、川尻との会話の本筋の流れを切らさないため、井原に関する話を端折っただけの可能性もあるだろう)
そして話は少しそれるが、格闘技畑から見た「プロレス」というジャンルの捉え方、語り方についても、改めて難しさを感じるコラム執筆だった。このへんの歴史的経緯の話は丁寧に語ると長くなるので簡単にいうと、いわゆる「格闘技」というこの大括りのジャンルは、80年代にプロレス界にUWFが生まれ、初代タイガーマスクこと佐山聡がシューティング(修斗)という総合格闘技を立ち上げたころから、プロレスとの“国境線”での激論・紛争が絶えなかった。最近の高市早苗総理の発言でも話題になっている、台湾の位置づけの解釈のような難しさがあると言うと大げさだろうか。
もう、こんなことを知っている読者なんて数えるほどしかいないと思うが、バウトレビューというこのインターネットメディアが1997年に生まれたのも、当時のリングスとパンクラスのファンがパソコン通信で繰り広げた「リンパン論争」という、プロレスと格闘技の“国境線”を巡る議論が発端の一つだった(まあそれだけではないのですがこれも長くなるので割愛します)。リンパン論争なんて、いまや検索してもわからないぐらいの死語だ。ChatGPTに聞いてもリンカーンがどうこうとか返して来る。「アミューザー系」とか、そんな言葉いっぱいあるなあ…
既に当時から30年近く経とうとしているが、今でもまだ、当時の関係者が健在で、この国境線についての議論はデリケートなものが残っているから、“国境線”という言い回しに留めている。ゼロ年代中盤あたりから「ファイティング・オペラ」を標ぼうする「ハッスル」が生まれ、一時は格闘技路線に傾倒した新日本プロレスもユークス体制に変わりピュアなプロレスに回帰し、いつしか総合格闘技も「MMA」という呼び方が定着し競技として確立したことで、「プロレスはプロレス、格闘技は格闘技」という、ジャイアント馬場的な切り分けもだいぶ浸透した。それでもゼロ年代序盤、既に格闘技マスコミとして身を置いていた自分は、一時“NO FAKE”をスローガンに掲げていた「格闘技通信」と各プロモーション間の軋轢を覚えていて、そのデリケートさに対するトラウマが今でも少し残っている。
今の格闘技マスコミでも、プロレスの仕事もしている人にとっては、デリケートな話題になるのだろうか。自分は格闘技専門の記者なので、もっとプロレスの構造に関してあけすけに書いてもいいのかもしれないが、それも大人げない気もする。そして自分自身、プロレス自体をそのゼロ年代序盤あたりを境に、全然見なくなったことで、その辺の“国境線”について一般的にどういう触れ方なら穏当なのか、空気感や温度感が今一つわからなくなっている。
青木についてのコラムで「『プロレス』はWWEやIWGPといった王座を争う競技“空間”」なんて書いたが、“空間”も妥当な表現なのか今も自分でもよくわからないし、記事を公開するときもヒヤヒヤしていた。続けて「その空間の中で勝ち負けを競って、敗者は負けたことへの悔しさを試合後露骨に示すのが普通だ」と書いたが、これもそこまで言い切れるのだろうかと今は思う。アメリカンプロレスやアメプロに影響を受けたヒール転向以降の蝶野正洋のようなタイプの選手はそうだし、多数派なのかもしれないが、全日本プロレスの四天王はわりと淡々と敗戦について語っていたなあとか、長州力なんかも有名な「キレちゃいないよ。安生も俺をキラしたくなかったんじゃないか。勇気ないよな」って言葉も(これは勝利後の言葉だが)淡々とした中で凄みのある言葉だったし、自分が熱心に見ていた当時のプロレスラーの言葉も、もっといろんな表現があったなあと、後になって思い出した。だたこれも、現代のプロレスラーの言語表現がどういう感じなのかわかっていないから、「普通だ」なんてよくも思い切って書けたなあと、先週の自分に対して思う。
さらに派生して思い出したのが、94年に新日本プロレスで獣神サンダー・ライガーとエキシをやった佐山が、修斗に戻って「芝居をしてきました」とそのエキシを振り返り、物議を醸したことだ。その後、佐山は修斗と袂を分かち、あっさりとプロレスに復帰するが、修斗にはその佐山のイズムが色濃く残り続けた。青木のデビュー当時の修斗も、まだパンクラスとの対立が激しい時代だった。あの頃の複雑で頑固なようでいてどこかドライな、修斗・佐山のプロレス・格闘技の“国境線”の感覚は、ひょっとすると少しは青木の今のスタンスにも影響を与えているのではないか、なんてことも思った。先述の青木と川尻の対談動画で、青木は95年の東京ドームでの武藤敬司対高田延彦について語っていて、プロレス門外漢の自分は青木の解釈に同感だったが、プロレスファンではなくプロレスインサイダーの発言としては危なっかしいラインだなあと、最近の高市総理の台湾に関する発言を聞いたときのような感覚を抱いたのだった。
この辺の話は書きだすときりがないしまとまらない。果たしてついてこれている読者はどれだけいるのだろうかとも思うし、またこれはこれで誤解されそうだし…と思い、ひとまずここで切り上げるが、自分の原点を振り返るためにも、今後も何かしらの形で書いて考察したい話ではある。(文中敬称略)(井原芳徳)
補足:ラジオ感覚でコラムの最後に一曲を貼り付けてみることにしました。今回は吉田拓郎「人生を語らず」。「わかりあうよりは、確かめあうことだ」「超えていけそこを、今はまだ“プロレス”を語らず」でいいんじゃない?という思いを込めて。



