五輪出場資格獲得
川合達夫インタビュー


インタビュアーのNHKアナウンサーとなぜか握手する川合 「優勝!」と叫び、テレビ中継のインタビューでオリンピックの目標について答えていた。1999年11月28日、圧倒的な強さで予選リーグを勝ち上がり、決勝トーナメントもらくらくと勝利して制し、初めて天皇杯を授与された後のことばだった。
 フリースタイル85kg級、川合達夫には「重量級では日本最強」との呼び声が高い。以前、130kg級の小幡弘之(99年世界選手権代表)との試合にも勝利しているし、日本体育大学のレスリング部へ出稽古に行く重量級のプロ選手からも「今日は川合さんのタックルを初めて切ることが出来たんですよぉ。」との言葉が漏れるほどの実力を保持している。
 1973年5月3日生まれ、179cm、90kg。群馬県西邑楽高校に入学と同時にレスリングを始める。高校時代の個人戦のタイトルは、高校選抜優勝のみ。日本体育大学入学後、しばらく82kg級で戦うが2年先輩の横山秀和の壁をなかなか破れず、90kg級に階級を変更。日本人が活躍するのは難しいといわれる重量級のなかで世界と互角に戦うが、アトランタ五輪では19位とふるわなかった。その後、階級制度が変更になり85kg級にシフト。減量苦などでなかなか馴染めなかったが、今年はアジア選手権2位、世界選手権では日本チーム唯一の入賞(5位)を果たし、来年のシドニー五輪への切符を手にしている。
 今まで、川合は寡黙でコメントが取り難いと評判だった。ところが、世界選手権前から以前の様子が嘘のように饒舌になっている。今まで語られなかった川合の内面は、いったいどんな変化をたどってレスラーとなっているのだろう。川合の言葉を聞くために訪れた日も、世界選手権のころと同様、腰の負傷のため、まったく練習が出来ない状態だった。後輩たちが練習をしているレスリング道場のそばで、練習が出来ない不安を打ち消すように勢いよく川合は自分のことを話し出した。

(1999年11月10日 日本体育大学健志台キャンパス レスリング場にて収録)



インタビュー目次
  1. 中学校のとき、生徒会長やってたんですよ
  2. 外人って動物的ですよね
  3. 知られざる教員採用試験での出来事
  4. 本当に金メダル取るつもりですよ
  5. 練習は量より質
  6. プロの格闘技よりも、興味があるのは…
  7. 自分が可愛いなって思う時


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