五輪出場資格獲得
川合達夫インタビュー


(2)外人って動物的ですよね


川合スマイル −−国際試合に出るようになったのはいつ頃から?

「一番最初に行ったのはですね、高校のときのアメリカ遠征ですけど、それは正式な試合じゃなくて親善試合で転々と。オレゴン州に行ったんです。転々と六つか七つくらい試合したのが最初です。でも、そのときに世界ていうのは考えて行ってたわけじゃなくて、単なる旅行だなあぐらいで。帰りはハワイに寄って。高校生ですから、ワイキキビーチに行って、こうやって(顔をあげる仕草)砂浜に埋められて。一泊だけでしたけど。そういうの面白かったです。ハワイ、今まで行った中で一番面白かったです。
 一番最初に国際大会へ行ったのは、エスポワールが最初だったんです。そのときもまだ世界考えてなかったんですよ。みんなと一緒に行って帰ってきて、僕弱いですから、一勝一敗で負けて帰ってきたんですけど。そのとき82kgでやってました。
 今みたいにナショナル(チーム)に入ったのは大学4年生のとき。最初82kgで横山先輩(99年世界選手権グレコ85kg代表、当時フリー82kg級、横山秀和)すごい強くて勝てなかったので、先生にすすめられて90kgでやって。それからアジア選手権と、世界選手権行ったのが最初です。そのとき結構成績よかったんで、アジアで2番で世界で5番まで行ってたんで。今回みたいに2回勝って5位とかじゃなくて、初戦負けてるんですけど。初戦勝たないといけないんですよ。もう世界選手権とかは、オリンピックとかは一回戦から決勝と変わんないですね。世界チャンピオンでも、この間の試合だとブロックぬけられませんでしたよね。54のキューバとか出れないですから。76kgのグレコでも世界の一、二、三位が全部、落ちたていう感じですね。
 見てて分かるんですけど、自分の階級でも、自分より強いやつがですね、13,4人くらい出てるんですよ。明らかに強いのが、世界優勝するかどうか、ていうのが。だから85kgていうのは毎年世界チャンピオン変わってますよ。かなり激戦階級ですね。勝ってる、ていっても紙一重で。去年の世界2位とかも落ちちゃって、暴れてた、ていう話聞いたんですけど。そのマケドニアのヤツ、性格悪くてですね、85の中では一番性格きついんじゃないかと思うんですけど。

 でも、外人、ていうのはそれぐらい変わっている、ていうかハングリー、ていうか動物的ですよね。レスリングの試合やってても、人間というよりも動物みたいな感じですね。とにかく海外行って汚いのに慣れてきますよね。パンツとか練習着とかでも、使って乾しといて、また使ってまた乾かして。この間も国体行って、一回も洗濯しませんでしたね。そういうの慣れてくると、海外とか行っても戦えます。これがつまんない話に聞こえますけど、それもまた、逞しさていうのもあるんじゃないかな、と思います。だからやっぱ外人とか、こう組んだときにちょっとくさーく臭うのはたぶんそのせいじゃないかと思うんですけど。(笑)くさいのにはくさいので対抗する。ていうことで洗濯なんかもう、やらないですね。結構つまんないことだと思うんですけど、そのくらいやらないとやっぱり勝てないです。

 やっぱりいろんな国と文化の交流が出来るから、大切ですよね。自分たちとか海外へ試合に行くのは、単に試合に行くんじゃなしに世界平和のためですよね。そこで試合をして人間同士が分かり合うじゃないですか。要するにサッカーでもなんでもこう、見ますよね。そうするとお互いの国のことが分かりますよね。あそこの国は野球が強いとかサッカーが強いとかバレーは弱いとかハンドボールが強いとか、レスリングは弱いとか。いろいろ分かりますよね。そういう風なことしないと、戦争になっちゃうんですよ。
 なんでもそうじゃないですか。音楽でもそうだし、芸術でも。政治でも見回り来ますよね。そういうのをまったくしないとですね、囲っちゃうとですね、戦争、起きちゃいますから。それが昔じゃないですか。古代オリンピックを始めた、ていうのも、要するに戦争ばっかりやってたんですよ、内戦ばっかりやってましたから。それじゃまずい、ていうんでその年だけは戦争をやめよう、ていうことでオリンピックをはじめてますから。要するにお互いの言葉が通じないにしろ、闘ったりとか、競技したり、走ったり、競い合ったりすることによって心と心が分かりあう、てそういう部分が大切ですからね。それ、スポーツの意味じゃないですか。」

−−ところで、世界選手権の前からずっと腰が悪いですよね。長いですね。夏前から?

「7月の2日か3日くらいに最初ケガして、最初軽かったんでやってたんですけど、どんどんどんどん悪くなってしまってですね、それから動かないようにと思ってたんですけど、何回か動いて。どうしてもやりたくなっちゃってやっちゃうんです。今でも痛くて、困ってるんですけどね。」

−−それまであまりケガらしいケガ、ていうのはなかったんですか?

故障もちであるのが嘘のように楽しそうに食事をする川合「いっぱいありましたよ。コレ(右腕を指す)も重かったですし。リンパ腺が切れちゃったんです。肉がここら辺までボロボロに(胸のあたりを指す)、ベロベロになっちゃうんですよ。今コレ、ひいたんですけど。筋肉じゃなくて外側の層の、皮下脂肪の層の上に体液が出ちゃうんです。耳が沸くみたいな感じが。痛みはないですけど、肉ベロベロになっちゃうと練習とか出来ないです。耳にばい菌はいるのと一緒で、体にばい菌入るんですけど、それがすごい悪くてですね、去年3回入院したんです。
 あと靱帯とか伸ばすの当たり前ですね。(体の各部位を指しながら)1,2,3全部で四カ所。それから、学生のときなんですけど、ここのところ(右足の裏、土踏まずあたりを見せる)体重がかからなくなっちゃったんです。脱臼しちゃったんですよ。(レスリングシューズを脱いで右足の土踏まずの上のアーチあたりを指す)だから今でもですね(靴下を脱ぎ出す)ここのところに、固いところが見えると思うんですけど、(色が)薄いですよね。でこっちは(今度は左足の靴下を脱ぎ出す)違いますよね、普通ですよね。(もう一度右足裏を見せながら)ココ脱臼してですね、普通の人はこのようにならないんですけど、親指の骨のところだけ逆にベキーッといっちゃったんですよ。三年生のインカレのとき決勝でバキーッとやってですね、(右足の土踏まずに沿ったアーチを指でなぞりながら)ここに骨があって骨があるんですけど、骨じゃなくて固い、ゴムみたいな動かない骨みたいのが、靱帯みたいにアーチ作ってるところなんですけど、ここに(力が)かけらなくなっちゃって、2年間くらい苦労しましたね。」

−−じゃあ、アトランタオリンピックのときもそんな状態?

「オリンピックのときはね、治りかけてきたんですよ。ケガしてたときの方が調子よかったんですよ。(立ち上がり、踏み出してみせながら)ココにレスリングで体重かけられない、て結構致命的ですよね。ステップできないですよね。今でもなかなか体重かからないですね。痛くはないですけど。治ってきちゃってからアトランタで負けちゃったんです。最初に世界選手権調子よかったときも治ってなかったし。
 なんでよかったのか、て後から考えたんですけど、やっぱり前に行きすぎると、(構えの姿勢をとって見せながら)前に落とされちゃいます。痛いから、前に体重がかけられないから、体が後ろに行きますよね。前傾しちゃうと前に落とされちゃうけど、痛いと後ろ足に体重が乗りますから、それでバランスがよくて成績がよかったのかなあ、て。元気だったからいい、てわけじゃないですね。」


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