脳を守り、格闘技を守る――生前診断できないCTE(慢性外傷性脳症)、過酷な練習の見直し、ジュニアの安全、ガイドライン整備、行政への働きかけについて、二重作拓也・ストラッサー起一・新田明臣・纐纈卓真らがSPORTECで徹底討論

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2026年7月10日、東京ビッグサイトで開催されたスポーツ・健康産業の専門展「SPORTEC 2026」にて、セミナー「パンチドランカーを防げるか?~脳を守り、格闘技を守る~スポーツ安全サミット Vol.1」が行われた。
本サミットには、空手経験者でもあるスポーツドクターの二重作拓也氏をはじめ、元UFCファイターで今も現役で戦うMMA選手のストラッサー起一、元キックボクシング王者で東京・恵比寿のジム「バンゲリングベイ」代表の新田明臣氏、空手家の纐纈卓真(こうけつ たくま)氏、ビジネススクール・SUNABACO代表の中村まこと氏、近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授の大塚篤司氏が集結。格闘技に限らずスポーツにおける頭部ダメージ、パンチドランカー問題の実態と予防策について熱い議論が交わされた。
「パンチドランカー」から「CTE(慢性外傷性脳症)」へ――正しい認識と症状の真実
スポーツドクターの二重作拓也氏は冒頭、「東京モーターショーで交通事故の話をするようなもの」と今回のセミナーを例えつつも、格闘技やコンタクトスポーツが普及する中で、これまでタブー視されがちだった「安全性と脳のダメージ」に正面から向き合う機会が生まれた意義を強調した。
まず整理されたのは「パンチドランカー」という言葉の定義と誤解だ。この言葉は100年前の1920年代に病理医の報告から生まれたものだが、和製英語であり、「ボクシングなど顔面を殴り合う選手だけの問題」という偏見を生みやすい。
医学的な正式名称は「慢性外傷性脳症(CTE:Chronic Traumatic Encephalopathy)」と呼ばれる。二重作氏は「CTEは格闘技だけでなく、サッカーのヘディング、アイスホッケー、プロレス、さらには家庭内での虐待など、頭部や全身への繰り返される衝撃によって引き起こされる」と説明。脳細胞が変性し、タウタンパクと呼ばれる異常タンパクが蓄積することで、記憶障害や性格変貌、うつ症状、自死や攻撃性の増大といった深刻な症状をもたらす。
バンゲリングベイ代表の新田明臣氏は「スマートフォンを何度も落としていると反応が悪くなるのと同じ。人間も物理的な存在である以上、衝撃を受け続ければ不具合が生じる。脳は替えが利かない」と現場の体感を例えた。
さらに深刻なのは、現在の医学では、CTEを生前に確定診断できない点だ。生前のCTやMRI検査では微細な細胞変性が映りにくく、死亡後の解剖によって初めて判明する。新田氏も「現役時代、KOされるたびにMRIを撮っても『異常なし』と言われたが、自分の中では明らかにダメージの体感があった」と証言。二重作氏は「生きている間に診断がつかないからこそ、現場での予防とルール作りが全てになる」と訴えた。
「強さ」と「ダメージ」の剥離――過酷な練習方法の見直し
議論は格闘技の現場における練習方法へと及んだ。格闘技経験のない大塚篤司教授は「頭部に障害を負うような過酷な練習が、本当に強さに繋がっているのか?医学的には意味のないダメージは避けるべきだが、エビデンスはあるのか」と根本的な疑問を投げかけた。
これに対し、45歳で現役を続けるストラッサー起一は「格闘技は基本的には実戦なので、その実戦に近づくことをしない限り強くならない。練習の中で絶対に頭に当たる」と実情を話しつつ「ガチスパーはそんなにしない。意識をどれだけリアルに持っていけるかをテーマにしています」と回答。力任せの殴り合いではなく、頭部へのダメージを抑えつつ実戦感覚を研ぎ澄ます取り組みの重要性を語った。
また、新田氏は「那須川天心選手がいたTEPPEN GYMでは、スパーリングで強く当てずに試合で覚えていくスタイルを徹底していて衝撃を受けた。ダメージを負わずに安全に強さを追求する指導へ、自分自身のマインドも変わった」と明かした。
空手家で12.5万人のYoutubeフォロワーを持つ纐纈卓真氏も、危険な稽古で自身がケガを負った経験を振り返り、「精神力を鍛える山場は必要だが、体を壊すやり方である必要はない。自分が納得いかない危険な指導は下に受け継がないと決めている」と語った。
二重作氏は「『フルコンは顔面がないから安全』『うちはボクシングよりマシ』といった、他者のリスクを引き合いに出す不毛な批判合戦はやめるべき」とも語る。「ミット持ちも毎日脳が揺れ続ける」ことから「ミット練習の時間を減らしてタオルを叩かせるなど、練習内容をリアレンジすることでダメージを劇的に減らすことができる」等といった、具体的な対応策を提案した。
応急救護(ファーストエイド)と現場の安全管理・ルール化
会場に集まった医療関係者やトレーナーからも貴重な証言が寄せられた。
札幌で救急医を務める会場参加者は、「頭部外傷は外見では判断がつかない。怪しいと思ったら病院へ連れて行くのが鉄則。特に心臓震盪などで適切なファーストエイド(胸骨圧迫など)が行われずに搬送される悲しい例もあるため、指導者は応急救護を正しく学ぶべきだ」と指摘。
ボクシングトレーナーの山田武士氏は「バッティングによるケガはパンチ以上の衝撃になる。対戦相手をリスペクトし、相手にケガをさせないためにヘッドギアを着用させている」と現場の安全対策を強調した。これを受けて二重作氏は「ダウンしていなくても打たれすぎた選手にはCT検査を行わせるなど、ジムや競技全体で明確なガイドライン・ルールを作るべきだ。ルールがあれば指導者も勧めやすく、選手も従いやすくなる」と提案した。
一方で、現場での知識不足による危険性も浮き彫りになった。纐纈氏は「学校で転倒して意識消失した子供が、その数日後の大会に出場していたケースがあった。保護者も指導者も脳震盪のリスクや『脳震盪後は試合に出てはいけない』というルールすら知らなかった」と語り、草の根レベルでの啓蒙不足を懸念した。
さらに、SNS等で拡散される「2歳の幼児による空手の組手試合」の映像に対し、登壇者一同は強い危惧を表明。二重作氏は「子どもの発達段階に応じた安全基準が不可欠。海外のように未就学児やジュニア層への打撃制限・禁止などの制度設計をゼロベースで議論する必要がある」と力説した。
行政への働きかけとテクノロジーによる「社会実装」
単なる議論にとどまらず、社会制度や現場を変えるための具体策についても話し合われた。
二重作氏は、衆議院議員の緒方林太郎氏とともに国会予算委員会やスポーツ庁へ働きかけ、コンタクトスポーツの安全ガイドライン整備を提言してきた経緯を報告。(25年3月の記事参照)
これに対し、内閣府・中小企業庁のスタートアップ関連の事業にも関わった経験のあるSUNABACO代表の中村まこと氏は「関係官庁に『すいません、自分はこういうもので、こういうことを考えていて、こういう法整備についてどうすればいいか、問題だと思うので、聞きたいのでご担当を案内していただけますか』って言うと、官庁って、皆さんが思っているよりめちゃくちゃ親切なんで、熱心そうな人を探して紹介してくれます。そこで『一緒にやりましょう』みたいな話を作ることから始めないと。政治家と一緒に来たっていう時点で、割と抵抗感があるので、協力は仰げないことが多いです」とアドバイスした。
また、中村氏の協力のもと、二重作氏らは現場で使える無料アプリ「パンチドランカー予防プログラム」の開発を進めている。日々のスパーリング頻度やコンディション、頭部打撃の状況を入力・可視化し、練習の中止基準などを客観的に判断できる仕組みだ。さらに、頭部ダメージや心臓震盪、熱中症などの医学知識を平易にまとめた二重作氏の著書『死なないスポーツ』の発刊も予定されている。
最後に大塚氏は「皆さんのお話を聞いていて、格闘技ってもっと安全に強くなれる余地がたくさんあると思った。そういう意識を持ってデータを我々にいただけたら『これをやったら安全で、かつ強くなれる』みたいなことを科学としてお返しできる。これを機会にデータをもらって、何かできればいいなと思います」、中村氏は「こういう声を広めていき、今日だけで終わらず続けていくことが大事。私も何かあれば協力します。ぜひ皆さんと一緒にこの活動を続けていけたらと思います」と、今後の協力に意欲を示した。
二重作氏は、「人間は強くもなれるが、同時にあっけなく命を落とすこともある。格闘技やコンタクトスポーツは、強く生きるための素晴らしさを教えてくれる文化だ。だからこそ、不幸になる人を一人でも減らし、この素晴らしい文化を守るために、何をやめ、何を新しく作っていくべきかを考え続けていきたい」と締めくくった。
格闘技の過酷な現実から目を背けず、医学・現場・テクノロジー・行政が手を取り合うことで、日本のスポーツ安全文化は新たな一歩を踏み出そうとしている。





