元修斗1位・巽宇宙氏の著書「元東大生格闘家、双極性障害になる」発売。選手時代の貴重エピソードも。精神科医が監修
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1995年から2000年にプロ修斗の選手だった巽宇宙氏の著書「元東大生格闘家、双極性障害になる」が、日本評論社より発売された。巽氏は東京大学在学中、プロ格闘家として華々しく活躍。引退後、大手食品会社に在職中に双極性障害を発症したが、当初はうつ病と診断され、適切な医療を受けられず苦しんだ。こうした誤認が多い現状に警鐘を鳴らし、双極性障害を正しく広く伝えるため、自らの体験を赤裸々に記した。
「元東大生格闘家、双極性障害になる」
巽 宇宙(著/文) 堀 有伸(監修)
発行:日本評論社
価格:2,090円(税抜き1,900円)
発売日:2023年2月8日
双極性障害は「躁うつ病」とも呼ばれ、活動的になる躁(そう)状態と、気分が落ち込むうつ状態を繰り返す。本書によると日本人のうち0.4~0.7%(100万人弱)の患者がいるといい、マライア・キャリーさんのような歌手や芸能人、大物政治家や小説家などでも双極性障害だった人たちが多くいる。双極性障害になった人が自殺する確率は日本では6~7%で、一般の人より20~30倍高い。しかし日本人の患者数約750万人のうつ病に比べ患者数が少ないこと等もあり、認知度が低い状態だ。
現在51歳の巽氏も双極性障害の闘病を続けてきた一人だ。神奈川の進学校から東大に進学し、佐藤ルミナ、エンセン井上、朝日昇、桜井“マッハ”速人、宇野薫らの活躍で人気が急上昇した90年代中~後期の修斗でプロ格闘家として活躍し、地上波のテレビ番組でも「東大生格闘家」として度々特集された。「思いっきり蹴れ」のしごき映像で有名な修斗創始者・佐山聡氏の「地獄の合宿」に参加した際のエピソードや、ルミナらとの米国・ブラジル合宿、当時の国内外の実力者としのぎを削った際のエピソードも本書の中では記され、古参の格闘技ファンにとっての読みどころとなっている。(下写真は99年3月、当時の修斗ライト級(65kg)王者・朝日昇に挑戦し引き分けた試合)
巽氏が双極性障害を本格的に発症したのはプロ格闘家引退後だった。大手食品会社のプロダクト・マネージャーとして商品企画から宣伝まで担当し、売り上げを伸ばしたが、2006年、異動してきた上司の「介入」や「パワハラと思われる行為」を受け、売り上げが低下した際、うつとなる。だが異動を機に躁に転換。3時間程度の睡眠でも働き続け「次のステージに上がってドラゴンボールのスーパーサイヤ人になったような感覚になることがよくあった」という。転職先での失敗を機に再びうつとなったが、当時は双極性障害ではなく、うつ病と診断され、適切な医療を受けられなかった。
発症から約5年後の2011年、ようやく双極性障害と診断されたが、その後も症状に苦しみ続ける。40代になってキックボクサーとして現役復帰した際に各方面でトラブルを起こしたり、虚言や警察沙汰で家族・友人・職場の同僚に迷惑をかけたりと、双極性障害の影響とみられる事件が続いた。その間、入退院を繰り返し、自殺を考えたこともあったが、治療法を学び、模索するうち、病気との付き合い方を学ぶ。巽氏は本書での精神科医との対談で「必ずとは言えないのかもしれないけれど、薬物療法と心理療法と生活リズムなどによって寛解(=症状が軽くなったり消える)する病気なんだよ、ということをきちんと伝えたい」と話している。
個々のエピソードだけでなく、元東大の大学院生らしい病気に対する緻密な自己分析も読み応えがある。修斗ライト級1位まで上がった2000年8月27日、当時の王者・アレッシャンドリ・フランカ・ノゲイラに挑戦し敗れ、プロ初黒星を喫した試合を最後に巽氏は修斗を引退した。その1か月前の前哨戦で勝利した後「ノゲイラ待ってろこの野郎!」「(ノゲイラは)偽物なんじゃないたですか?」などとのビッグマウスを吐いたが、「もしかして双極性障害の症状のひとつ自尊心の誇大だったかもしれない」と巽氏は振り返る。さらに小児期に絶対的存在と感じていた父親の存在、女性にモテず積もった劣等感、プロ格闘家時代の出来事や脳へのダメージとの関連性等についても複合的に自己分析している。
上述の対談相手となった精神科医の堀有伸氏(福島県南相馬市 ほりメンタルクリニック院長)は本書の監修者でもあり、巽氏とは東大少林寺拳法部で共に汗を流した同期だった。本書の約200ページのうち終盤の約5分の1のページがこの対談に割かれており、巽氏の双極性障害に関する自己分析を医学的見地に基づいて冷静に分析・評価・助言しているため、病気について正しく理解するには対談までしっかり読むべきだろう。プロ格闘家という特殊な人生経験をした巽氏ならではの事情への理解が深いのも堀氏の立場ならではだ。
巽氏は双極性障害と診断されたが、試合前のプレッシャーや減量の影響で、うつとなり苦しんだことを明かす格闘家に、格闘技記者である筆者は度々接してきた。逆に躁状態について選手から明かされる機会は、うつよりも少ないものの、練習内容、日常の行動、SNSでの言動等で、ひょっとするとこの人は躁状態に陥っているのではと感じることも何度かあった(もちろん筆者の勝手な思い込みの恐れもあるが)。こういった、うつ・躁に、ひそかに苦しんでいる格闘家(元格闘家含む)は少なくないだろうし、なおさら双極性障害に関しては、巽氏が記すように世間に理解浸透していないため、無自覚に活動しながらも違和感を抱いている選手もいるかもしれない。自身のメンタルの浮き沈みに不安のある選手だけでなく、選手達に接する指導者やプロモーター、そして日ごろの仕事でストレスを抱える一般の人たちにとっても、本書は何らかの参考になるのではないだろうか。(井原芳徳)
【「元東大生格闘家、双極性障害になる」目次】
はじめに
第1章 双極性障害とは?
双極性障害という病
操作的診断基準
具体的症状(I型とⅡ型)
第2章 私の体験
東大生格闘家としての栄光の日々
生まれてから大学入学まで
「修斗」に出会う
学部から大学院へ
発症
転職
復職後
二度の入院
妻の認識との違い
躁状態が続く
二度目の入院
克服に向かって
第3章 双極性障害の正しい知識
薬物療法
うつ病との違い
双極性障害とアルコール摂取について
自死率
双極性障害と睡眠
第4章 まとめ
[対談]精神科医と語る
堀 有伸×巽 宇宙(司会 榎木英介)
双極性障害の優先順位は高くない?
学生時代に躁状態の兆候はあったのか?
自分の正常な状態をどう見極めるか
薬について
格闘技と双極性障害
厳しかった父親
双極性障害をうつと誤診する
精神科の医師に言いたいこと
対談を終えるにあたって
[付録1]アメリカ精神医学会のDSM-Ⅴによる分類
I. 躁病エピソード
II. 軽躁病エピソード
III. 抑うつエピソード
[付録2]福祉制度の紹介
自立支援医療
障害年金
精神障害者保険福祉手帳
あとがき