INNOVATION 1.17 コンベックス岡山:白幡裕星×平松侑、吉田英司×喜多村誠 インタビュー届く。白幡のサウスポーの原点は卜部功也だった
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INNOVATION 第7回岡山ジム主催興行(1月17日(日)コンベックス岡山)に出場する白幡裕星、平松侑、吉田英司、喜多村誠のインタビューが、INNOVATIONから届いた。白幡は橋本道場に所属する前のジュニア時代、地元町田の龍道場(チームドラゴン)に在籍し、卜部功也を真似てオーソドックスからサウスポーに変えたことを明かしている。
白幡裕星インタビュー
——東京都出身とのことですが、市区町村まで広げると長くお住まいだった町田市出身ということでよろしいでしょうか?
生まれは渋谷区らしいんですよ。ヒロオってところです。
——広尾……余程のセレブしか住まわれていないイメージです。
そうなんですか? 全然おぼえてないです。割とすぐにヒロオを離れて南千住から町田。町田の実家に最近までずっといて、今はジムの近くに引っ越しました。
——先日、12月27日、新宿FACEのJAPAN KICKBOXING INNOVATION(以後略:INNOVATION)興行で実兄の白幡太陽選手が1ラウンドKO勝利でプロ2戦目の連勝を飾りましたが、その他に兄弟は?
5コ上のお姉ちゃん、2コ上のお兄ちゃん、10コ下の弟で4人兄弟です。
——格闘技を始めたきっかけは?
兄弟ゲンカです。いや、ケンカそのものかな? 小さな頃、友達をジャングルジムから突き落としたり、ケンカ相手の傘を壊したりして、よくお母さんが学校に呼び出されてました。
——かなり剣呑です。
兄弟ゲンカって言ってもあの頃の2才上ってかなりデカいんで、お母さんはお兄ちゃんに「裕星が何をしてもやり返すな」と睨みを利かせていたみたいです。だから、反撃はされなくて。
——なら、喧嘩にはならないのでは?
わざと殴らせて耐えられるなんて嫌だったから、もっとガチにダメージを与えてやりたくって。それでドラゴン道場(表記は龍道場、プロ名はチームドラゴン)に入りました。
——あまり他に聞かない理由です。
お母さんは「うちで喧嘩するならジムに行きなさい」って理由で勧めたみたいだけど、実は(笑)。
——空手道や剣道、柔道などではなくキックボクシングジムを選んだ理由は?
顔を殴るのが好きだったんで。ドラゴン道場では、前田(憲作)先生をはじめ、たくさんの先輩に本当にお世話になりました。細野(岳範)先生、(梶原)龍児さん、(藤本)京太郎さん、武尊さん、(卜部)弘嵩さん。そうそう、(卜部)功也さんは特に練習でも試合でも超カッコよくってヒーローでした。右利きのオーソドックスだったボクが功也さんの真似をしてサウスポーにチェンジして、それを指導してもらったり。林健太さんとは特に仲が良くって、練習もご飯も遊びもよく一緒でした。チャリ通学の帰り途中でジムに行くボクと二人乗りで駅まで行くのが毎日みたいな。
——お聞きするだに今を時めくトップファイターや往年の名王者たちと明るく楽しい青春の日々が眩しいほどに感じられます。ところで避けては通れないことだと思うので、踏み込んだことをお訊きします。2016年秋、所属する大半のプロがチームドラゴンを一斉離脱した事件は業界を騒然とさせました。白幡選手もその只中だったのでは?
中3の9月25日の朝、Twitterを見て驚きました(※1)。「なんでだろ!?」って。
——日付まではっきり覚えられているとは。日課であるジム練習、当日はどんな具合だったのでしょう?
ボクにとっては特に変わったこともなかったんです。前田先生と平塚(大士)先生が子供クラスを普通に指導していて。
——では、その後も変わることなく練習が続けられた?
いや、中3だったボクは、色んなプロの先輩たちと練習したり指導していただいたりしていたので、まるで環境が変わってしまいました。けど、脱税した先輩たちだって、それぞれ大切な何かを守る為だったんだろうし。
——脱税した先輩たち?
はい、とても悲しかったです。
——ダツゼイ?
けど、K-1で皆さんが活躍している姿は、ボクにも励みになります。
——すみません。ダツゼイではなくダッタイ(脱退)では?
えっ……そうでしたか(汗)。ともかく、それでドラゴン道場をやめたかったわけじゃないけど、強くなる為には環境を変えるしかなくなってしまいました。
——それにしても今の白幡選手を形成するにあたり重要な約10年間、龍道場時代でキックボクサーとしての土台が築かれたわけですね。時間を戻して初試合の思い出を教えてください。
最初は、毎日通っていたわけじゃなかったんですけど、小2で顔面パンチなしの空手(新空手道のK-4ルール)の試合に出て反則負けしちゃったんです。
——顔面を殴るのが好き過ぎて?
先生からルールを言われていたはずですけど分かってなかったんでしょうね。なんで反則なのか不思議でした。けど、“負け”ってとんでもなく悔しくて。それで遊びの練習から熱心な稽古に気持ちを入れ替えて、小3の夏休みには朝夕二部練をやりきって、その次に出た顔面パンチありの初試合で勝てたんです。そしたら、もう気分はチャンピオンにまで跳んじゃって。
——そこから現在まで一気に?
いや、自信満々で臨んだアマキック2戦目、忘れもしません、M-1で1ラウンドKO負けしました。首相撲の連打で何もできなくてレフェリーストップ。
——首相撲が苦手だった?
というよりほとんどしていなかったのでやられ放題でした。
——そこでまた悔しさが爆発して成長された?
いや……試合がどこか怖くなっちゃって、チャンピオンを目標に出場はずっとし続けていたんですけど、ジュニアタイトルマッチに5連敗するとかどうってことない選手でしかなくて。練習でも強い仲間にやられてやめたくなったことも何度かあります。
——するとジム通いも毎日ではなくなった?
いや、それは絶対の日課でした! ジムが僕の一番大切な場所だったので。
——学校は?
寝る場所です!(笑)
——気持ちがいいほど言い切りました。小学生や中学生でそんなことが許されるのでしょうか?
授業中、どんなに起こされても起きないので、寝たまま先生に教室のドアまでぶん投げられたりしてました(笑)。
——令和まで間もない平成の話ですよね? またも笑い事ではない事態に聞こえます。
それでもケロっとしてるから、先生たちも怒るより呆れる方向にシフトしてくれたので“眠る権利”を勝ち取ったみたいな(笑)。
——授業中に寝る権利?
その換わり「殴るのはジムだけにしてくれ」と“学校で暴れない約束”をバーターにされました(笑)。
——その約束は守れたのでしょうか?
なんだかんだで友達との喧嘩は減っていって、気づけばほとんどしなくなってました。
——それはよかったです。もっと訊き出せばまだとんでもないエピソードがありそうですが、とにかく白幡選手の小中時代は、ほぼ龍道場と共にあったと。
前田先生と先輩先生たちには死ぬほど感謝していますし、今も試合会場で会えば笑顔で「ガンバレよ!」って皆言ってくれます。今、ボクのすべては橋本道場にあります。それは絶対で運命だったと感じますが、ドラゴン道場時代があってこそだったなって時々思い返します。
——まだ、18歳の白幡選手、橋本道場で王者となった現在までをお聞かせください。
ドラゴン道場の一件でぽかーんとなったいた時、遊び仲間でもあった選手から誘われて半年くらい他のジムに移籍しました。そこから沖縄遠征したりとか良い経験させていただきましたが、ちょっとして橋本道場につながります。
——きっかけは?
ただただ習慣で練習しているような毎日じゃダメだって、「強くなる」って原点に立ち返ろうと本気で思ったら、アマ時代に何度も戦って1度も勝てなかった橋本道場の看板がピカーっと頭の中で光って。
——ご自宅が町田市なら、橋本道場のある福生市までは相当の距離です。
橋本師範(敏彦会長)からは「まずは出稽古においで」と言われたのですが、その初回で「ココしかない!」感がヤバかったです!
——国内随一のチャンピオンファクトリーである橋本道場の練習は何が違いましたか?
まず、ガッチリ長時間で、濃くて無駄のない橋本師範の指導が行き届いているのと、選手たちの団結感がハンパありません。
——また、驚くのは、中卒後、橋本道場と高校進学を二者択一したとの決断です。
父親が「高校で勉強するか、キックボクシング一本で行くか?」と迫られて。
——両方頑張るという妥協案はなく?
お兄ちゃんは、それで高校に行って、卒業してからフライスカイジム経由で橋本道場入りしたんでプロデビューがボクよりも遅れました。お父さんは「半端はするな」って自分たちを導いてくれたんだと思っています。
——そして、プロデビューは?
橋本道場入門から2か月後の2018年10月21日、INNOVATIONの山梨流通センター興行、DAIKEN THREE TREE GYMの祐我戦です。判定3-0、30-26が三者で勝つには勝ちましたが、倒せたのに倒しきれなくて倒したかった試合です。「キックボクシングで身を立てる」って家族にも宣言して、応援に来てもらったし、忘れられない特別感がありました。
——その後、ここまで2年と少し、プロ11戦で他に印象に残る試合は?
初タイトルを獲った2019年12月1日、新宿FACE、MuayThaiOpenスーパーフライ級、エイワスポーツジムの村井雄誠戦です。師範からタイトルマッチのお話をいただいて「ベルトを獲るなら誰より倍も練習しろ」と言われて、プロで一番最初に道場に行って、まだ少年部の時間帯に子供たちに交じってサンドバッグを蹴り続けて、試合は判定2-1、49-48が2名で48-49が1名で割れたショッパイ試合でしたけど、努力の結果が形になってベルトを腰に巻けたことがとにかく嬉しくて。ちなみに今も早く道場に行って走り込むとかは続けています!
——見ている側からすれば、昨年初頭の老沼隆斗戦が名勝負として印象深いです。
2020年2月29日、後楽園ホールのREBELSですね。あれは、多くの人から褒められたし、自分でVTRを見ても「いい試合ではあったな」と思います。けど、負けたら意味はありません。いや、その後の勉強になったから良い経験なのかな……やっぱり悔しいだけです。どんなにベストバウトだとか言われても、それで満足してたら成長が止まっちゃいます。ボクはもっともっと上に行きたいから。
——その“上”とは?
ハルト先輩(安本晴翔)みたいになりたいです!
——どういうところが?
師範に決めていただいた試合なら、団体や会場や相手やタイトルマッチだとか何も関係なくひたすらに勝ちにイクし、倒しにイク。とにかく“強くなる”ことだけに集中しているところに憧れます。
——ストイックに強さを追及する求道心。確かに安本選手にはそれを感じさせる佇まいがあります。それにしても地位やお金や名誉といった類の欲はないのですか?
あります! お金持ちになりたいです! 最近、ジムの近くに引っ越すことができて、次は、中古の軽自動車がほしいし、彼女をもっともっと笑顔にしたいです!
——Instagramで拝見しましたが、お綺麗と評判の彼女さん、その存在は隠さない?
はい、僕には出来過ぎた自慢の彼女ですから! 今、少しずつ生活も充実してきてるけど、数年後にはスーパースターになって、引退したら海外に住みたいです!
——海外はどちらに?
ハワイかアメリカがいいです!
——ハワイはアメリカの一部です。
えっ?(照笑) ボク、夏が好きなんで常夏のアメリカで毎日プールに入りたいです!
——南洋のハワイは常夏ですが、同じアメリカでもアラスカは凍てつく氷の世界です。
はははっ!(笑)
——意地悪な言い方ですみません。ついでそれを続けると、熱帯の東南アジアを拠点にするONEは、立ち技もMMAも含めて世界屈指の規模でトップファイターが世界中から集まる頂点の舞台となっていますが、例えばシンガポールのメガジムに移籍してONE王者のスターとしてプール付きの豪邸で悠々と活躍するなど想像しませんか?
あー、それはいらないです。橋本道場で強くなることしか興味ないです。ハルト先輩だって、橋本道場だから強くなったって、横で見ていてよく解ります。師範の指導を受けると確信できるんです。毎日「強くなってる」って。
——そんなジム愛が眩しい白幡選手ですが、キックボクシング以外に趣味などは?
んー、ないっすね。
——無趣味ですか?
漢字が読めないからマンガも好きじゃないし。テレビも見ないし。あ、格闘技の動画をずっと見てます。魔裟斗さんが好きです。2003年7月5日、K-1 WORLD MAXトーナメント決勝戦で前の年にKO負けして優勝を逃したアルバート・クラウスを左フックで倒して初優勝した試合が最高です!
——ちょっと閑話休題させてください。先ほどから試合の話で年月日や試合会場、相手のフルネームなどすべて克明に言われていますが、手元に資料でも持たれているのですか?
いえ、全部おぼえてます。興味がないことは無理ですけど、仲間や好きな選手の試合はそらで言えます。
——それは特殊能力過ぎます。是非、試させてください。白幡選手の階級で頂点の存在、石井一成選手の最近の試合は?
去年の12月6日、横浜大さん橋ホールでBOM、片島聡志戦、ダウンを獲って判定3-0、49-47、49-48、50-46で勝ち。その前は、10月29日で渋谷O-EASTのNO KICK NO LIFE、相手はユウヤさん(同門の岩浪悠弥)で2ラウンド2分9秒TKO勝ち。その前は、6月28日で●●●●●(コロナ警戒につき無観客イベントで会場非公開)のBOM、HIROYUKI戦、判定3-0、49-47、49-47、50-47で勝ち。その前は……。
——ちょ、ちょっと待ってください。異常です。
橋本道場の選手や自分の気になっている人の試合なら全部言えますよ。
——いつその能力に気づいたのですか?
去年だったか、仲間や師範と話しててなんとなく。
——それは映画「フォレストガンプ」のような……。
あ、趣味というか特技がもうひとつありました。家にいる時、ずっとゲームしています。プレステ4でUFCのゲームがあるんですけど、結構やりこんでます。
——やっと普通のティーンエイジャーらしいことが出てきました。
プレイにこだわりがあるんですよ。まず全部スタンドバトルモード(※3)。ここで毎回テーマを決めます。「今日はローキックで足を効かせてからパンチでKOする」とか。それで最難関のレジェンドで優勝とか余裕です。
——相当のゲーマーなのでは?
いや、このゲームでしかもスタンドバトルしかしないんでeスポーツとか無理です(笑)。けど、休みの日は、一日中ずっとやってます。
——白幡選手がゲームにまで練習を持ち込まれておられることがよく解りました。お話が面白過ぎて取材も長時間に及んでしまいました。ここで主題の次戦、INNOVATIONバンタム級タイトルマッチ、平松侑戦についてお聞かせください。これは2019年3月31日、判定ドローとなったところでの再戦にベルトが懸かることになりました。
自分の所属団体、INNOVATIONのベルトは絶対に欲しいけど、それよりもKOで勝ちたいです。ただ勝つだけじゃない、圧倒的なKOで。2年前に引き分けだった相手に大差をつけて勝てば、ボクが凄い強くなってる証拠ってことですよね。実際、その実感がありますから!
——平松選手の印象は?
2018年12月16日、岡山武道館の平松侑×壱・センチャイジム戦(壱の3ラウンドTKO勝利)は、イッセイ(壱の読み方)選手のセコンドについてたんですよ。センチャイジムさんと橋本道場が親しくて、その関係で。あの時は、キャリアに差のあった試合だけどダウンの奪い合いで凄い盛り上がっていたし、倒すパワーもあれば、テクニックも巧いし、気は抜けない相手ですよね。
——その後、平松選手も試合経験を積み成長しているに違いありませんが、それでもKO勝ちしてみせる?
はい!(ニコニコ) サウスポーですけど、ボク、左の相手、得意なんで。
——最後の質問です。試合舞台となる岡山ジム主催興行の印象をお聞かせください。
前回興行とその前で2回、行かせていただいています。とにかく色んな凄い選手が集まって豪華ですよね。一昨年(2019年11月17日)の原口健飛×森井洋介なんてヤバ過ぎました。トーナメントも毎回メンバーも内容も凄いし。今回の55kgトーナメントは、ちょっと階級が上ですが、自分も出てみたかったりします!
——現在、肘打ちあり、首相撲無制限の純キックボクシングルールで戦われることがほとんどですが、那須川天心選手擁するRISE(肘打ちなし、首相撲制限ルール)は、今年53kgトーナメント開催の噂もあります。
ルールは、どっちでもイケるから、興味あります。けど、まずはここで倒して勝つこと。ボク、ダウンは奪ってもまだゼロKOなんで今回こそは。師範の指導を受けて実践できれば全部大丈夫。色んな夢はあるけど、ひとつひとつ勝てば、全部、自然についてきますから。そんな環境にいることができてホント幸せです! 今、軽量級は、強い選手たくさんいますが、全部ボクの色で染めていきます!
※1 Twitterを見て驚きました 2016年9月25日、武尊や卜部功也、山崎秀晃といったトップファイターを含むほぼ全員のプロ選手が一斉にTwitterでチームドラゴン脱会をツイート。彼らはそのまま現在のK-1ジム相模大野KRESTに移籍し、K-1グループのリングで活躍をし続けている。新生K-1プロデューサーまで務めた前田憲作代表は、そのままK-1グループを離脱。残留した北井智大と平塚大士はRISEやRIZINで活躍している。日本を代表する名門ジムが何の前触れもなく短期間にこれだけのこととなった激震は相当のインパクトがあった。
※3 スタンドバトルモード 文中にあるゲームソフト「UFC3」などでは、MMAを主眼とした格闘技ゲームでありながら、打撃だけで戦うモードも選択できる。
リングネーム:白幡 裕星
フリガナ:シラハタ・ユウセイ
所属:橋本道場/Japan Kickboxing Innovation
生年月日:2002年8月11日(18歳)
出身地;東京都渋谷区
身長:162cm
戦型:サウスポー
プロデビュー:2018年10月21日
戦績:11戦9勝(0KO)1敗1分
ステータス:INNOVATIONスーパーバンタム級4位、MuaythaiOpenスーパーフライ級王者
Facebook:https://www.facebook.com/profile.php?id=100008199887110
Twitter:https://twitter.com/yusei__kick
Instagram:https://www.instagram.com/yusei_kick/
所属ジム公式サイト:https://www.hashimoto-dojo.com/
平松侑インタビュー
——地方興行では日本で最大級、年に一度の超キックボクシング祭り、岡山ジム主催興行で、同ジム所属の若手ホープ、平松選手は、毎回出場して好成績を上げておられる印象です。
プロデビュー前のアマ時代から出場させていただき、岡山興行戦績は、7戦5勝(2KO)2敗なので良い感じです。
——その中でも印象的だったのは、その2敗のうちの1敗、2018年12月16日、第5回興行の壱・センチャイジム戦(※1)です。
あれは、試合前から皆に「危ない」と言われていました(笑)。
——当時の壱(読み仮名:イッセイ)選手は、ルンピニージャパン認定バンタム級王者になったばかりの俊英で、琉球空手の基礎がありつつ、アマチュアボクシングで高校国体選手、そこから在日ムエタイジムの名門、センチャイジムで鍛え上げられた相当の逸材。平松選手も当時16歳ながらアマキャリア豊富なアマ6冠王だとはいえ、そのかなり先を行く21歳の壱選手が、しかも階級上(当時、平松はINNOVATIOフライ級ランカー)なのですから、無謀なマッチメイクと言わざるを得ませんでした。
けど、あそこで得たものがとても大きかったので感謝しかありません。
——国内トップファイターが集結したトーナメントや複数の世界タイトルマッチの前座で、新鋭同士の壮絶な倒し合いが繰り広げられたわけですが、ご自身で試合を振り返ってみてください。
試合前から壱選手のことは知っていたので、正直、恐かったです。けど、覚悟を決めて臨んだら、先に2度倒されようとも1ラウンドで最初にダウンを奪えて、そこは自信になったし、すごい嬉しかったことをよく覚えています。
——あの左ストレートによるダウン奪取には痺れました。
けど、そこから何度ダウンを奪われたか分からないくらいにボコボコにやられちゃって。それにしても自分を信じることの大切さを実感しました。負けながらにして自信がついた試合です。
——結果、第3ラウンド、0分34秒、レフェリーストップTKO負けではありながら、第2ラウンドも壱選手の狂ったような猛攻に敢然と立ち向かい、このラウンドで2度のダウンを喫し瀕死の様子ながら反撃のパンチが壱選手の膝を落とすなどマンガや映画でもないような展開でした。
もうその辺になると自分ではよく覚えていないんです。トレーナーに教わったことを必死で繰り返していただけで。
——人気ボクシング漫画「はじめの一歩」(※2)でもあるまいし、そんなことが本当にあるのだとまざまざと見せつけられた思いです。
けど、結果惨敗ですから堂々と胸は張れませんが、今後の大きな自信になったことは確かです。
——その壱選手は、同日開催の「岡山ZAIMAX MUAYTHAI 55kg賞金トーナメント」に出場します。
ファン目線でも楽しみです(笑)。
——階級上の国内トップファイターと16歳にして計6度(ダウン数:平松5回、壱1回)を奪い合う伝説の試合をされながら、こうしてお話しすると静かな好青年でしかない平松選手のギャップが魅力的です。ここで、これまでの経歴をお聞かせください。弟の弥(ワタル)選手が今回プロデビュー戦を迎えますが、家族構成は?
父と母、弥は2つ下で二人兄弟です。
——幼少期はどんな子供だったのでしょう?
気が弱くて大人しかったです。それだからか小1で父の勧めで極真空手の倉敷道場に入門しました。
——それは嫌々?
見学にいった次の日に「やりたい」と言ったらしいです。他に習い事はしていませんでしたが、週一回の道場通いで試合もしました。でも、気持ちが弱くて勝った記憶がないくらい負けてばかりでした。
——それはどこかで反転する?
トーナメントの初戦で勝ってすごく嬉しかったことを覚えています。それに味を占めて空手で上を目指そうと思ったことも。
——そのまま小学生時代は空手を?
同じ道場に通っていた馬木樹里先輩(愛里の兄、同日試合あり)と馬木愛里(※3)先輩に岡山ジム水島道場に通い出して、やってみようかなとキックボクシングに転向しました。
——現在、タイ人トレーナーが常駐し立派な設備整った水島道場ですが、当時の様子は?
当時からタイ人の先生がおられました。プーさん、ウットーさん、ペップさん、サーさん、ウッさんと歴代トレーナーに教わってきました。はじめはおっかなビックリでしたけど、思い切って行ってみたら楽しくて。
——キックボクシングというより本場のムエタイが岡山県倉敷市で子供から習えるとは珍しくもありますが、フルコンタクト空手から変わっていかがだったでしょう?
顔を殴るのも楽しくて自分に合っていました。
——学校や趣味など他に好きだったことは?
勉強は嫌いだったので、小3くらいから毎日練習でした。他の趣味……あ、料理をするのが好きで、父と母の誕生日に手作りケーキを作ったりしています。
——白面の美少年、侑選手がご両親に手作りケーキとは素敵です。そんな平松少年のキックボクシングはどんな運びに?
小3のキック初勝利が嬉しくって、どんどんはまっていきました。小5か6の頃、本気で「強くなりたい」って思うようになって、けど、中学に上がってバスケ部にも入ろうとしたら、父に「やるんだったらひとつのことを徹底的にやりなさい」と諭されてキックを選びました。友達と遊ぶなどはそれなりにしながら、ずっと毎日キックボクシング漬けが今も続いています。
——その努力の甲斐あって地方選手としてはかなりの結果を残されています。
中1で初タイトルを獲ってから、SHASHERS(スマッシャーズ/JAPAN KICKBOXING INNOVATIONのアマチュア部門)の中国地方王者から日本王者など6本のベルトを獲得しました。
——プロ志望は当初から?
小学生の頃は、むしろプロにはならないと思っていました。けど、アマチャンピオンになってベルトを巻くと、学校の友達とかから「けっこうスゴくない?」みたいな持ち上げられ方とかされて、そのうちその気になってきて「とりあえずプロデビューしてみようかな」って(笑)。
——そして、2018年3月25日にプロ初戦となりました。
高校1年生の終わり、大森ゴールドジムでいきなりINNOVATIONフライ級8位の朝森永
選手が相手でした。僕の何倍もキャリアがあるベテランで物凄く緊張しましたが、パンチで初回からダウンを奪えて、3ラウンドKO勝ちできました。
——アマ6冠王だからこそだと思われますが、デビュー戦でランカー選手に挑戦、試合順もメインで同門の太聖選手がINNOVATIONウェルター級王者の門田哲博にTKO勝ちした金星があり、同じく岡山ジムの翔貴選手が後に岡山賞金トーナメントでダークホースからの優勝でドラマを見せつける浅川大立にTKOで敗れるセミファイナルの前、オーラスからの第3試合という破格の扱い。そして、KO勝ちですからお見事です。
本当にすごく嬉しかったです! これも「キックボクシングを第一に」と導いてくれた父と母あってのことだと感謝しています。けど、本当の勝負はここからです!
——地元でプロ初タイトルマッチ、相手は“超名門”橋本道場の新鋭、白幡裕星と完璧なシチュエーションが揃いました。
自分としては目の前の1試合に全力を上げてコツコツと積み重ねることで、岡山ジムの在間会長や田村相談役、馬木会長たちにいただいたチャンスだと思っていますが、地元の友達も皆来てくれるわけで、いつもの何倍もの力が発揮できる確信があります!
——2019年3月31日、INNOVATION、大森ゴールドジム興行で判定ドローとなった白幡選手。向こうは、その後、MuaythaiOpenスーパーフライ級王者となり、絶対の自信を持って二冠目の奪取に乗り込んでくる形です。
彼をアマ時代から見ていますが巧いですよね。ムエタイスタイル、フィームー(タイ語:万能型)の僕としては、ああもガンガン前に出てくるのは噛み合わせとしてやり難いし、正直、苦手なタイプです。
——その苦手をどうする?
大きくスタイルチェンジをする気はありません。かといって、もちろん無策ではなく、信頼するトレーナーのウッさんから教えていただいたことを十二分に発揮できるように頑張ります。今回、プロ王座戦は初めてですが、5回戦も初となりますし、インサイドワークが重要になると思うので、しっかり心身の準備を整えておきます!
——共にアマでも実績十分、2度目の対戦だけに奥深い攻防となりそうです。
前回の白幡戦とはまったくの別人と闘うつもりと自分に言い聞かせています。実績でも実力でも総合して相手が上だと認識していますし、互いに2年前よりもレベルの桁が違って上がっているので、そこでどなるか? 王座決定戦ながら挑戦者の気持ちで挑む自分が楽しみです!
——ピリピリとした強い意気込みが伝わってきます。
「これぞタイトルマッチ!」と見る者を唸らせるような試合をしてベルトを巻いてみせますのでご期待ください!
※1 壱・センチャイジム戦 2018年12月16日、岡山武道館で行われた「第5回岡山ジム主催興行」は3つのムエタイ世界タイトルマッチと大波乱の59kg賞金トーナメントが主軸の伝説的な神イベントとなったが、その第1試合、壱・センチャイジム×平松侑は、初回から互いに6度のダウンを奪い合う凄まじい激戦となり(3ラウンドTKOで壱の勝利)、これ以上ないオープニングマッチとなった。以下は、試合レポートと写真付きの公式結果。
http://okayamakickboxing.blog.jp/archives/30070123.html
※2 「はじめの一歩」 リアルな試合描写で人気の週刊少年マガジン看板連載で主人公・幕之内一歩は、強敵の攻撃で意識朦朧となりながらも老トレーナーのミットを思い出し、無意識でも身体に染み込んだ反撃で相手を倒してのけるといった熱い展開が幾度もあったが、その実写版のような試合こそが壱×平松である。
※3 馬木愛里 2014年9月28日より年1回ペースで開催されていた岡山ジム主催興行の第1回より参戦し続け、長らく岡山ジムを牽引してきたエース、愛称“ピンクダイヤモンド”は、MuayThaiOpenウェルター級王者となり、本場タイでルンピニースタジアム認定スーパーライト級7位にまで上り詰めたが、2017年秋の交通事故による大怪我により長期欠場を余儀なくされ、その後、2019年11月17日の第6回興行で約2年ぶりの復帰戦は勝利したものの、その後、リングに上がることなく現在に至っている。
リングネーム:平松 侑
フリガナ:ヒラマツ・ユウ
所属:岡山ジム/Japan Kickboxing Innovation
生年月日:2002年5月25日(18歳)
出身地;岡山県倉敷市
身長:170cm
戦型:サウスポー
プロデビュー:2018年3月25日
戦績:13戦4勝(2KO)6敗3分
ステータス:INNOVATIOフライ級8位、SMASHERS45kg級王者などアマ6冠王
Twitter:https://twitter.com/5025you
Instagram:https://www.instagram.com/_5025_y/
吉田英司インタビュー
――今回、JAPAN KICKBOXING INNOVATION(以下略:INNOVATION)のオフィシャルでは初のインタビューになるので、まずはキックを始めたきっかけを教えて下さい。
元々、21か22歳の時に和術慧舟會HEARTSで総合格闘技を2年間ぐらいやっていて今と比べても全然練習していなかったのですが、時間が経つうちに打撃だけの方が面白いなと。6年前に強い選手が集まっているのでクロスポイント吉祥寺に入会し、アマチュアでは10戦ぐらいやって1~2戦ぐらい負けました。
――プロでも10戦して1敗しかしていませんが、素質はあるなと感じたことはありますか?
アマチュアで勝って当たり前だと思っていたので全くそう考えたことはなく、山口(元気)代表からも褒められた記憶がありません。でも自分は身長188cm、リーチがあるので体格的には恵まれているのかなとは思います。ちなみにオヤジは176cmと背が高い方なのでそういう家系なのかなと。
――プロ2戦目(2017年11月24日、瑞慶覧長風戦)で唯一の黒星がありますね。
調子は凄く良かったのですが、負けて何がダメだったのかを凄く反省しました。
――プロデビューして僅か10戦でタイトル(2019年10月6日、REBELS-REDスーパーウェルター級王座決定戦)に挑戦してチャンピオンになりましたが、それも当然の結果でした?
プロ7戦目でタイトルの懸かったリーグ戦のメンバーに選ばれたのですが、獲るのは当たり前だと思っていて、そこでポカしないでしっかり獲れたので良かったと思います。でもここからがスタートだと思います。
――今回、岡山での試合が決まりましたが、岡山に行ったことはありますか?
初めて行く場所なので楽しみですね。70kg級の選手で自分のような身長の選手はなかなかいないので、長身から出される打撃を楽しみにしてもらいたいです。
――2019年10月のタイトルマッチで津崎善郎選手に勝利して以降、約1年間、試合から遠ざかっています。昨年は試合をしていませんが、その理由を教えて下さい。
コロナの影響で何度か試合が流れたのもそうですけど、昨年7月に原因不明の膵炎(すいえん/※1)になってしまい10日間入院して、医者に言われて昨年12月になってやっと普通の食事に戻せるようになりました。
――ではその期間は全然練習できず?
そうですね。退院してからはランニングなどできることを少しずつやり始め、普通の練習は9月末ぐらいからようやくできるようになりました。
――もう本調子には戻っていますか?
体重も戻りましたし、じっかり練習はできていたので調子はいいですね。本当は12月に試合をやりたかったのですが、決まりませんでした。
――当初、対戦を予定していた高木覚清選手が昨年末の怪我で出場不能となったことで今回の試合自体も中止になった時はかなりのショックだったのでは?
欠場理由を聞いて仕方ないとは思ったのですが、ショックでしたね。
――さらに強敵の喜多村誠選手が相手になりました。喜多村選手の印象を教えて下さい。
ジムの先輩のT-98さんが喜多村選手と対戦(2018年10月21日)してヒジで斬られているのでヒジがうまい選手なのかなと。あと、自分が3度対戦している津崎選手とREBELSで対戦した試合(2020年2月29日、喜多村が延長判定勝ち)をちょうど会場で見ていて良い選手だなと思いましたが、スピードは全然自分の方がありますし、勝てるとは思いました。
――T-98選手が敗れていることで敵討ちを狙っていたり?
そうですね。いつか自分がやり返したいという想いがずっとありました。
――T-98選手から今回の試合に向けてアドバイスをもらっていますか?
T-98さんは聞けば何でも教えてくれますし、喜多村戦に向けて特別なものではなく全ての動きに関してアドバイスをいただいてます。
――どういう試合をしたいですか?
スカッと勝ちたいのですが、僕は距離感がうまくなって攻撃力、スピードが上がって強くなっている自信があるので前回のタイトルマッチのような凄く熱い試合をしたいですね。以前とは全然違う自分になっているので期待していて下さい。
――8勝のうち6KOとKO率が高いのは、毎回KOも狙っているんでしょうか。
行ける時に行ったらそういう結果になっています。70kg級の試合で倒せる試合というのは面白いと思うんですよ。攻撃力があって殴って蹴っての攻防はお客さんにとってはわかりやすいですし、面白いので倒せる試合というのは一番いいですよね。ちなみにパンチでのKOが一番多く、あとはヒジ、ローキックでのKOもありました。今回はタイミングによっては、喜多村選手はT-98さんをヒジで斬って倒しているので、僕もヒジで切って喜多村選手に斬って勝ちたいですね。
――主戦場としている『REBELS』『KNOCK OUT』ではヒジあり、ヒジなしの路線がありますが、ヒジありにこだわりはあります?
僕の場合、特にそのこだわりはないのでヒジなしの試合でもいいのですが、ヒジありの方が好きですね。
――今回、INNOVATIONスーパーウェルター級王座決定戦になりますが、T-98選手のように何本もベルトを獲りたいという欲はあります?
何本も獲りたいという欲は特にありません。70kg級戦線は選手層が厚いわけではなく、ちゃんと勝っていけばタイトルマッチのチャンスも増えていくと思っています。
――今年初戦をクリアーしてどういう1年にしたいですか?
REBELSチャンピオンになって全然試合ができていないので、とにかく今年はいっぱい試合をしたいですね。REBELS-REDスーパーウェルター級チャンピオンとして守りに入ってもしょうがないのでどんどん強い選手とやっていきたいです。クロスポイントにはT-98さんをはじめ日菜太さんと70kgでキャリアを残されている先輩方がいて、選手としてだけでなく人としても尊敬しているので、そういう先輩方のように自分の名前もどんどん売っていきたいです。
※1 膵炎 ※アルコールの多飲が原因で膵臓の機能が著しく低下する病気。吐き気や嘔吐、発熱などの症状がある。
リングネーム:吉田 英司
フリガナ:ヨシダ・エイジ
所属:クロスポイント吉祥寺/Japan Kickboxing Innovation
生年月日:1991年9月19日(29歳)
出身地;福島県東白川郡
身長:188cm
戦型:オーソドックス
プロデビュー:2017年4月16日
戦績: 10戦8勝(6KO)1敗1分
ステータス:REBELS-REDスーパーウェルター級王者
Facebook:https://www.facebook.com/zttaakyjyk/
Twitter:https://twitter.com/akundayo35
Instagram:https://www.instagram.com/eiji_0919/
所属ジム公式サイト:https://www.shibukichi.com/
喜多村誠インタビュー
——元来、INNOVATIONスーパーウェルター級王座決定戦として行われる予定だった吉田英司×高木覚清が、昨年末、高木選手の負傷により消滅危機だったところ、試合3週間前を切った直前オファーでまさか喜多村誠選手ほど実績のある大物が代打参戦されるとは驚きました。
元旦のオファーでした(笑)。
——それを受けることのできる喜多村選手の胆力とコンディションに驚きます。
岡山ジム主催興行、毎年でっかい規模でやられていて凄いなって憧れがあったんです。T-98選手が世界戦(※1)されたりしていましたよね?
——喜多村選手は、2018年10月21日、新日本キックボクシング協会の後楽園ホール興行においてT-98選手を飛び肘下ろし打ちの大技で4ラウンドTKO勝利を収めています。
「自分に負けたすぐ後の試合で世界戦のチャンスがあるっていいなー」って羨ましく思っていただけに、その岡山ジム主催興行から声がかかった時は、とっても嬉しかったです。
——吉田×高木は、INNOVATION(JAPAN KICKBOXING INNOVATION)認定の王座決定戦だったので、(INNOVATION団体加盟ジムのみ対象のタイトル故)吉田選手が勝てば同王者となりますが、喜多村選手が勝利してもそうとはなりません。
それは当然心得ています。けど、うちのジム(ホライズン・キックボクシングジム)が、昨年、長年お世話になった新日本キックボクシング協会を脱退してフリーとなって、自由に試合ができるようになった今、REBELSチャンピオンの吉田選手と戦うことができるのは望むところなので、元旦だろうがなんだろうが喜んで受けさせていただきました。
——年末年始、緩みきって飲み食いだっていつも以上にされるのが普通でしょうに、このレベルの試合をすぐに受諾できる心身の在り方に驚きます。しかも喜多村選手は、新日本時代、ミドル級(72.57kg)王者だったわけで、今回はスーパーウェルター級(69.85kg)契約ですから。
毎日鍛錬は欠かしていませんからね。ウェルター級(66.68kg)に落とすのは時間もかかりますが、70kgくらいでしたら怪我でもない限り問題ありません。
——プロの凄みを感じます。昨夏までホライズン・キックボクシングジムは、新日本キックボクシング協会加盟ジムで伊原道場新潟支部だったとは聞き及んでおりますが、フリーとなって第一弾の試合が昨年11月28日、シュートボクシングの後楽園ホール興行で、70kgでは国内最強が確実視されているエースの海人選手と試合で、結果は3ラウンドKO負けと残念ながら、慣れないルール(投げやスタンディング状態での関節技や絞め技あり)に初挑戦で前方への投げを見せるなど善戦されたことにも驚きました。
自分でも「決まった!」と思ったんですが、三方向のジャッジが認めないとシュートポイント(SBルールの投げ技に与えられるアドバンテージ)はもらえないんですね。1名は支持してくれたから惜しかったです。
——柔道やレスリングをされていた?
いえ、自分は空手です。小学校ではソフトボール、中学は野球で格闘技を始めたのは高校の空手道部が最初でした。
——高校はどちらに?
九州産業高等学校です。その空手道部活動のおかげで九州産業大学に推薦入学されましたので、そのまま大学も空手道部です。年代はかなり離れていますが、同じ福岡出身の石井一成選手が大学の後輩に当たるらしいですね。
——九産大の空手道部は、国体競技の全日本空手道連盟で有名な名門校です。
全国大会は常連でナショナルチームメンバーもいますからね。
——喜多村選手もご活躍を?
自分は、高校から始めて個人でも団体戦でも県大会入賞はしましたけど、少年時からやられておられた先輩方ほどではないです。元々、格闘技を見るのが大好きで入った空手道部でしたが、試合は寸止めでしたし、K-1全盛期をテレビで見ながら「やりたいことと違う」とはずっと思っていました(笑)。
——それでキックボクシングに?
空手道部に夢中になりすぎては言い訳ですけど、それ以外、勉強などもせずに就活シーズンを逃してしまって、父親が警官だったからって警察官の採用試験を受けはしましたけど落ちちゃって、そこから自棄を起こしたわけではありませんが「なら、キックボクシングで身を立ててやろう!」って、地元のFKDファイティングスポーツジムに入会しました。
——キックに就職?
まぁ、それが甘い考えだってことは、その先、嫌と言うほど思い知らされるのですが、結果的に乙川敏彦会長という最高の恩人と出会い、元々は縁も所縁もなかった新潟でジムの代表と選手をさせていただいているのですから、それがキックに身を捧げたきっかけではありました(笑)。
——FKDジムというと九州在住で活動しWKBA日本スーパーフライ級王者など複数のベルトを巻く日畑達也選手が代表を務める?
現在は日畑君がやっていますが、自分が入門したのは創設された土谷亮会長がおられた頃です。
——土谷亮というと昭和のキックボクシング黄金期、“キックの神様”藤原敏男戦の名勝負が語り継がれる元全日本ライト級王者ですね。では、土谷会長がキックの最初の師匠ということに?
はい、基礎を教えていただいたのは土谷会長で、とても可愛がっていただきました。会長が長江国政館長(治政館館長で当時は新日本協会の役員)と親しかった関係から東京まで新日本の後楽園ホール興行を見に連れて行っていただいたのも1度ではありません。その影響もあって「東京で本格的にキックを極めたい」と代官山の伊原道場に入門しました。
——長江館長と関係がおありなら“超合筋”武田幸三が全盛期で所属していた治政館に行かれるのが普通の流れのような。
とても迷ったのですが、魔裟斗選手がいた伊原道場(※2)を選びました。
——伊原道場は、数多くの名王者を輩出している新日本キックボクシング協会の基幹ジムであり、伊原信一代表とセットで超硬派の厳しい指導が目立つ虎の穴と聞いております。
確かにそうかもしれませんけど、自分は大学空手部での経験が酷過ぎて、世間からすればとんでもなく厳しい生活に慣れていたので、正直、普通でした。
——それは、泰然自若の不動心を感じさせる喜多村選手の佇まいに大いに関連していそうです。
思い返せば、本当にお世話になったし、タイ人トレーナーも強い先輩方もおられて、素晴らしい練習環境でした。特に深津さん(元日本フライ&バンタム級王者、深津飛成)の試合前のピリピリ感は記憶に刷り込まれています。
——お話を聞けば聞くほど、これまでの超硬派道の詳細に関心しか湧きません。
まぁ色々ありましたが、大学一年生時代の過酷さに耐えられたから後は大丈夫だったのだと思います。
——それはどんな?
ちょっと言えないことばかりですが、常時の鉄拳制裁で口の中がいつも血鉄の味がしていました。試合じゃ寸止めなのに(笑)。
——そうやって培われた鉄の心あってこそ、レベルが高いことに定評がある新日本で王者になられたのだと察します。それにしてもプロ選手時代の苦節は相当もののでした。
同じ階級で後藤龍治先輩がチャンピオンでしたから、仕方なくランキング万年1位状態が長かったなどありました。それと「キックで身を立てる」と勇んで上京したのはいいのですが、日本ランカーになろうともチャンピオンになっても、到底それだけで食える状態じゃなくって、そのうち結婚して子供も産まれたので、生活の安定の為、正社員待遇の働き方が必要で、満足がいく練習ができなくなっていたジレンマが強かったですね。仕事が終わるのが遅くてどうしたってジムに入るのが21時過ぎだから、スパーリングなど対人練習ができないから、タイ人トレーナーのミット打ちだけで終わるみたいな。
——そんな中、日本ミドル級王者となったわけですね。
治政館の宮本武勇志(初期のリングネームは宮本武蔵/ミヤモトタケゾウ)選手と6度戦って、結果、自分の2勝3分1NCなんですが、2007年に連戦で2度やって両方判定ドローのところ、2009年に肘で斬ってTKO勝ちしまして、その丁度1年後、武田幸三選手の引退記念興行のメインで後藤さんを破ってチャンピオンになっていた宮本選手にタイトル初挑戦したのですが、これも判定ドローで王座は奪取できず、そのまた1年後、再挑戦で今度はバッティングのアクシデントとかでノーコンテストになってしまい同じくベルトは巻けず、その約半年後の再々挑戦、石井宏樹さんがラジャダムナンスタジアム認定スーパーライト級王者になった前の試合で、肘でTKO勝ちして悲願過ぎたベルトを巻くことができました。
——同じ相手と6度も戦い、最後に王座奪取とは苦節ドラマにも程があります。
宮本選手が生涯最大の好敵手扱いと見られがちですが、自分は一度も負けていないですからね(笑)。
——そして、勝利した技はいずれも肘打ちです。
元々は、K-1に憧れて入った業界ですけど、練習と試合を繰り返すうちに肘の魅力に憑りつかれまして(笑)。
——その魅力をお聞かせください。
本当の“強さ”を感じます。グローブで保護された拳よりも硬いのに剥き身で危険で痛くって(笑)。一発ですべてをひっくり返す怖さをリングで戦う両選手が持っている緊張感は、文字通り真剣勝負そのものです。当てる技術も必要なら、その為に踏み込む勇気も持ち合わせなくてはならない。そんなスリリングさこそが格闘技が麻薬とまで言われる理由だと自分は思います。
——そんな極限技にこだわる喜多村選手は、当然、次の吉田選手にもそれを狙う?
狙いますし、斬りますし、倒します。けど、それ以上に得意なのは蹴りですし、もっともっと自信がある最大の武器は“気持ち”です。
——これまでのお話を聞いても尋常じゃない精神的苦労をされてきた喜多村選手が口にされるブレイブハートは説得力が違います。普通なら同じ相手と6度試合のライバルストーリーなんて紡げるわけがありません。
どんなに劣勢でも絶対に勝負を諦めません。急な参戦で見知らぬ選手かもしれませんが、岡山の皆さんに自分の脚、肘、拳、そして、心からそれを感じていただければ嬉しいです。
——対戦相手の吉田選手への印象は?
試合のお話をいただいてすぐにVTRを見て、何度も繰り返してすでに「ここだな」って隙を見つけました。REBELSさんでチャンピオンになった若者ですから強いに決まっています。けど、勝つのは自分です。
——代打出場選手でここまで高いモチベーションを感じさせるファイターと初めて接しました。
昨年までは、大きな団体の傘の下にいさせていただいて護られた部分もあると思います。しかし、乙川会長からジムをお預かりしてフリーとなった今、自分が率先して後輩たちにも勝ち切る姿を見せなくては。自分が巻かせていただいた日本ミドル級王者のベルトは終生の誇りですけれど、40歳となったこれからでも、もう1本はベルトを増やしたいですから。今回の試合をそのきっかけにさせていただきます。
——T-98、ゲンナロン、喜入衆などの強豪王者たちに勝利し、海人、緑川創といった一流と拳を交え、ラジャダムナンスタジアム認定タイトルマッチまで経験してきた喜多村選手なら、無数のタイトルが混在するキック戦国時代の昨今、まだ何本でもベルトを増やすことは可能だと思われます。
いえ、そこにはこだわりがあります。海人選手や緑川選手のような本物から奪うタイトルこそが自分の巻くべきベルトです。それを実現させる為にもチャンピオンと肩書のついた選手との試合は大歓迎、強い奴とどこでだって何だって闘います!
——前回のシュートトボクシングルール初挑戦でその意気込みは理解できました。海人戦は、肘打ちありでしたが、K-1やRISEが大人気の中、肘打ちなしの試合はどんなものでしょう?
肘ありが嬉しいのは確かですが、RISEさんとか凄く興味があります。言ったじゃないですか。自分の最大の武器は“気持ち”だって。それがあればいつどこでどんなルールでも闘えるんです。
——地元興行のタイトルマッチが決まっていた高木選手の欠場は残念ですが、その代わり岡山ジム主催興行は、素晴らしいサムライを招き入れることとなった気がします。
まず必ず勝ちます。そこに自分の格闘技キャリア25年を込めた“気持ち”を乗せて。更に肘でも蹴りでも倒しにいきます。そんな想いを岡山のリングで燃やしますので、応援の程、よろしくお願いたします!
※1 T-98選手が世界戦 2018年12月16日、岡山武道館「第5回岡山ジム主催興行」にてWPMF世界スーパーウェルター級暫定王者決定戦でT-98×シンマニー・ゲーオサムリットが組まれ、T-98が判定0-3で敗れた。
※2 魔裟斗選手がいた伊原道場 魔裟斗はK-1世界王者になる以前、キックを始めた藤ジムを脱会して結成されたチーム「シルバーウルフ」がまだ自前のジムを持たなかった時期、伊原道場を練習拠点としていた。業界のボス的存在である伊原信一会長のジムでは、この他にもボブ・サップやルスラン・カラエフといった有名選手たちが練習をしていたものだった。その後、シルバーウルフは、渋谷区三軒茶屋の一等地に拠点を設け、現在は「K-1ジム三軒茶屋シルバーウルフ」に改名して運営されている。
リングネーム:喜多村 誠
フリガナ:キタムラ・マコト
所属:ホライズン・キックボクシングジム
生年月日:1980年7月22日(40歳)
出身地;福岡県太宰府市
身長:176cm
戦型:オーソドックス
プロデビュー:2005年7月17日
戦績:50戦33勝(17KO)9敗7分1NC
ステータス:元日本ミドル級王者(新日本キックボクシング協会認定)
Facebook:https://www.facebook.com/makoto.kitamura.980
Twitter:https://www.instagram.com/kitamura.makoto/
Instagram:https://www.instagram.com/yusei_kick/
所属ジム公式サイト:https://horizon-kickboxing-gym.com
対戦カード
岡山ZAIMAX MUAYTHAI 55kg賞金トーナメント準決勝(第3・4試合)、決勝(第10試合) 3分3R(延長1R)
壱・センチャイジム(センチャイムエタイジム/元ルンピニー日本(LPNJ)バンタム級王者)
岩浪悠弥(橋本道場/INNOVATIONスーパーバンタム級王者・元同バンタム級&フライ級王者、ルンピニー日本(LPNJ)&ムエタイオープン・バンタム級王者、元WBCムエタイ日本統一フライ級王者)
加藤有吾(RIKIX/WMC日本スーパーバンタム級王者)
元山祐希(武勇会/INNOVATIONスーパーバンタム級3位、国際チャクリキ協会(ICO)インターコンチネンタル・フェザー級王者)
※優勝賞金30万円、KO賞3万円。組合せは前日計量終了後に抽選で決定
第9試合 INNOVATIONバンタム級王座決定戦 3分5R
白幡裕星(橋本道場/INNOVATIONスーパーバンタム級4位、MuaythaiOpenスーパーフライ級王者)
平松 侑(岡山ジム/INNOVATIONフライ級8位)
第8試合 INNOVATIONスーパーウェルター級王座認定試合 3分5R(延長1R)
吉田英司(クロスポイント吉祥寺/INNOVATIONスーパーウェルター級2位、REBELS-RED同級王者)
喜多村誠(ホライズン・キックボクシングジム/元新日本ミドル級王者)
※吉田が勝利した場合のみ王者として認定される。
第7試合 54kg契約 3分3R
HIROYUKI(RIKIX/元新日本フライ級&バンタム級王者)
MASAKING(岡山ジム/INNOVATIONスーパーバンタム級8位)
第6試合 ライト級 3分3R
紀州のマルちゃん(武勇会/INNOVATION 5位)
翔貴(岡山ジム/INNOVATION 8位、元LPNJ(ルンピニー日本)フェザー級王者)
第5試合 75kg契約(肘無し) 3分3R
RYOTA(一神會館)
馬木樹里(岡山ジム)
第2試合 53kg契約(肘無し) 2分3R
黒田直也(ハーデスワークアウトジム)
平松 弥[わたる](岡山ジム)
第1試合 INNOVATIONフライ級新人王トーナメント一回戦(肘無し) 2分3R(延長1R)
琉聖(井上道場)
風太(岡山ジム)
概要
大会名 JAPAN KICKBOXING INNOVATION 認定 第7回岡山ジム主催興行
日時 2021年1月17日(日) 12:30開場 13:30開始予定
会場 コンベックス岡山・大展示場(岡山市北区大内田675番地)
チケット料金 全席指定8,000円(指定席が埋まり次第、立見)
チケット販売 岡山ジム、出場各ジム各選手
お問い合わせ 岡山ジム 086-441-5563 http://kick-innovation.com