【コラム】RIZIN「ABEMA一本化」の背景を分析する――ポスト朝倉未来、競合の台頭、そして国内外格闘技メディアの地殻変動

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8月11日、東京・トヨタアリーナ東京で開催された『RIZIN.54』は、約1万人・超満員札止めの観衆を集め、大きな盛り上がりを見せた。クレベル・コイケ vs. 秋元強真のスリリングな好勝負、計量オーバーのパッチー・ミックスに見事な判定勝ちを収めた佐藤将光によるマイクパフォーマンス、さらにエドポロキング、伊藤裕樹、武田光司、後藤丈治らの衝撃的なフィニッシュなど、話題に事欠かない大会となった。
しかし、その余韻も冷めやらぬ翌8月12日、格闘技ファンを揺るがす大きな発表がなされた。RIZINがABEMAを「公式メディアパートナー」として迎え、9月10日の『超RIZIN.5』(京セラドーム大阪)以降、U-NEXTでのPPV配信を終了するというニュースである。
この発表に対し、SNS上では戸惑いや不満の声も多く聞かれ、RIZINにとっては一転して厳しい風向きとなった。だが、ファンが示している懸念の裏には、RIZINの長期的な成長戦略、そして国内外の格闘技メディア放映権を巡る激しい地殻変動が隠されている。
本稿では、バウトレビューの公式Xで提示した分析をベースに、発表の真意、プラットフォームごとの特性、ポスト朝倉未来時代の選手育成、そしてONE SAMURAIをはじめとする競合の動向までを網羅し、今回の「ABEMA一本化」の背景と格闘技界への波及効果を深掘りする。(文・井原芳徳)
1. 発表内容のおさらい
まず、8月12日に発表された内容を整理しておこう。
RIZINと株式会社AbemaTVは、ABEMAがRIZINの「公式メディアパートナー」に就任したことを発表した。これに伴い、『超RIZIN.5』以降、U-NEXTでのPPV配信は行われなくなる。
同日、RIZIN公式YouTubeチャンネルの『榊原社長に呼び出されました』(通称・バラ呼び)に出演したRIZINの榊原信行CEOは、次のように経緯を説明した。
「2022年の『THE MATCH 2022』でABEMAさんと初めて本格的に組み、ABEMA独占で53万件という異次元のPPV購入数を叩き出しました。そのタイミングから常にRIZINを支えてくれるパートナーでした。今回、改めてRIZINが世界に届くように大きくなるため、メディアパートナーとして9月大会からABEMAさんでPPVを配信していきます。U-NEXTで観ていただいていたファンの方々には驚かれるかもしれませんが、ぜひ気持ちよく乗り換えていただきたい。事前PR番組を含め、これまで以上にレギュラーコンテンツを整えていきます」
同番組に出演したAbemaTVの藤井琢倫バイスプレジデントも「これまでできなかったABEMAのリアリティ番組で、次世代を担うファイターを発掘するような仕掛けを作っていきたい」と意気込みを語った。
生配信中、榊原氏が「ABEMA独占」と発言したことで波紋が広がったが、番組終了後に榊原氏はX上で前言を撤回・補足した。実際には完全な「独占」ではなく、従来の『RIZIN 100 CLUB』『RIZIN LIVE』および『スカパー!』での配信は継続される。
ただし、配信プラットフォームとしての実質的な二大巨頭(U-NEXTとABEMA)のうち、U-NEXTが外れABEMAに集約される形となったため、実質的な「独占」と捉えて差し支えない。PPV売上全体の大部分を占めていた2社のうち一方を削る決断は、RIZINにとって極めて大きな転換点である。
2. なぜ今「ABEMA」なのか?――ポスト朝倉未来と「リアリティショー」
今回の戦略転換における最大のキーワードは、「次世代スターの発掘」である。
これまでRIZINの圧倒的な熱量を牽引してきたのは、朝倉未来であった。しかし現在34歳となった朝倉は、キャリアの晩年に差し掛かっている。昨年末の10周年記念大会ではフェザー級王者ラジャブアリ・シェイドゥラエフに敗れ、その後シェイドゥラエフを自身のジムに招いて練習を共にするなど、第一線の王座レースからは一歩引いた佇まいを見せている。9月10日の『超RIZIN.5』で青木真也との対戦を受け入れたのも、PRIDE・DREAMの前史から続くRIZINの歴史に区切りをつける、引退を見据えたストーリーラインと解釈できる。
「ポスト朝倉未来」の不在は、RIZINにとって文字通りの死活問題だ。榊原CEOは近年、他団体の新鋭獲得に並々ならぬ執着を見せている。
Fighting NEXUS 7月3日 後楽園ホール大会で、千春が高須将大を1Rで仕留めてフェザー級王者になると、VIP席で観戦していた榊原氏がケージに登壇。「千春、最高です。NEXUS代表してRIZIN、待っています。NEXUSからRIZIN上がって、日本を、世界を、ぜひ、いわしてください」と即答した。千春は弟の賢民もNEXUSライト級王者であり、「朝倉兄弟」のようなストーリー性の再現が期待される。
そしてその2日後のDEEP 7月5日のニューピアホール大会では、自転車事故で3月のRIZINを欠場した相本宗輝が3R TKO勝ちを収め「自分のケツは自分で拭きたいです。榊原社長、またRIZINの舞台に呼んでもらえたら光栄です」とアピール。ここでもVIP席で観戦した後、ケージに登場した榊原氏が「相本、超最高。RIZINで待ってます。自分のケツは自分で拭いてよ」と快諾してみせた。
2日間隔で同様のやり取りがあったことを事実として並べると、RIZINが若い新星の獲得へ向けていかに強い意欲を持っているかが分かる。千春・相本の醸し出す、どこか危険なムードは、長年数多くのファイターを見て来た榊原CEOのレーダーに反応したのだろう。
そして現在、ポスト朝倉未来の最右翼と評されるのが秋元強真である。朝倉未来率いるJTT(Japan Top Team)所属の秋元が脚光を浴びるきっかけとなったのは、2024年春にABEMAで放送された『格闘代理戦争 THE MAX』だった。それまでDEEPでコツコツキャリアを重ねていた秋元だが、ABEMAの同番組のストーリーラインの番外編的なワンマッチで格上のアラン・ヒロ・ヤマニハを鮮烈な打撃でKOしたことで、一気にRIZIN参戦へのスピードが増した。
『格闘代理戦争』に代表されるように、レジェンド格闘家が監督となり若い才能を育成・対決させる「格闘リアリティショー」は、ABEMAが得意とする領域で、恋愛リアリティショーでも広く若年層からの人気を集めている。感情移入を促す映像演出は、好き嫌いはあれど、ABEMAの力が発揮される分野と言える。
榊原CEOが今回の『バラ呼び』の中でABEMAの『バラさんぽ』(選手の地元やルーツを辿るロケ番組)を評価していたように、RIZINは単に「大会映像を流す場所」ではなく、「試合に至るまでのストーリーとキャラクターを立体的に構築してくれるパートナー」を求めていたのだろう。
ABEMAの新企画としていち早く発表された『超強者発掘プロジェクト』は、詳細は不明だが、おそらくその狙いを象徴したコンテンツとなるだろう。U-NEXTとのコンテンツ配分に配慮しながら遠慮がちに番組を作るくらいなら、ABEMAとガッツリ組み、制作予算と宣伝リソースを投入して「まだ見ぬモンスター」を掘り起こし、RIZINの舞台で育て、ファンと成長ストーリーを共有する ――これがRIZINの導き出した結論と言える。
3. プラットフォームのDNAが生む「ユーザー体験」の断絶
今回の発表に対してファンから上がった不満や戸惑いの多くは、価格面もさることながら、「U-NEXTとABEMAのプラットフォームとしての文化の違い」に起因している。
両者の根本的な違いは、そのルーツとメディアとしての構造にある。
【U-NEXTの文化:ストリーミング型ライブラリ】
U-NEXTの親企業の事業のルーツは有線ラジオ放送(USEN)である。DJの余計なトークを挟まず、クオリティの高い音楽をただ流し続けるサービスからスタートした。そのためか、U-NEXTの格闘技配信も「大会そのものをシンプルに高画質で流す」スタイルが基本となっている。RIZINの事前番組も、専門家や識者が静かに見どころを語る落ち着いたトーク番組が主流だ。余計な演出がないため、既存のコアな格闘技ファンにとっては「ストレスなく試合に没頭できる」環境が整っていた。画面の四隅に不要な文字テロップが入ることもない。
【ABEMAの文化:ザッピング型の「テレビ」】
一方、ABEMAのキャッチコピーは「新しい未来のテレビ」である。サイバーエージェントとテレビ朝日が出資して2015年4月に設立されたABEMAのの根本にあるのは、従来の地上波テレビ局的な思想だ。アプリ内に多様な「チャンネル」が並び、視聴者は画面をザッピングしながら偶然目にしたコンテンツに留まることもある。
そのため、ABEMAは「たまたまチャンネルを合わせたライト層」を逃さない工夫を凝らす。画面隅には時折「○○対●●まであと◆時間◆分」といったカウントダウンが表示される。アイキャッチ画像も独自のデザインへと加工される。格闘技のコアファンからすれば、これらの演出が「過剰で煩わしい」と感じられることがある。また、過去の『格闘代理戦争』等における煽り演出に対する抵抗感や、かつてONE Championshipをメインで扱っていた時期のRIZINとの対立イメージが、一部のRIZINファンの中に残っている点も否めない。PPV中継における入場曲の著作権処理(音消し問題)など、改善すべき運用上の課題も存在するのは確かだ。
【価格構造の違い】
料金面についても整理しておきたい。
U-NEXTは月額2,189円(税込)で毎月1,200ポイントが付与されるため、実質989円で利用でき、ポイントをPPV購入に充当できた。しかし、ポイントをPPV料金に充てるのは「事前にある程度の金額を支払っている」ということでもある。映画や電子書籍を使わない格闘技単体ユーザーにとっては、ポイントの使い道に悩むことになる。
一方のABEMAは、無料でもRISEやK-1などの生配信を視聴できる強みがある(ただし追っかけ再生ができないなどの機能制限はある)。有料プランの「ABEMAプレミアム」は、月額1,180円(広告なし)/月額680円(広告つき)の二段階構成となっている。U-NEXTのポイント制度に慣れていた層からは不満の声も出るが、全体的な月額コストとして見れば極端な高騰とは言い難い。
むしろRIZINにとって大きいのは、「オープン型メディア」としての集客力だ。U-NEXTが「最初から見る気があるユーザー」が集まるクローズドな空間であるのに対し、ABEMAは麻雀、競輪、恋愛リアリティショーなど多岐にわたるチャンネルや番組を擁する。RIZINファイターがこれらの異ジャンル番組に出演することで、従来の格闘技ファン以外の層を引き込む導線ができる。今年冬、RISEの白鳥大珠がABEMAの恋愛リアリティショー出演をきっかけに新しいファン層を獲得したが、今後RIZINファイターにおいても同じパターンが十分起こりうるだろう。
4. 競合「ONE SAMURAI」の台頭と国内格闘技のパワーバランス
RIZINがABEMAに傾斜したもう一つの背景として考えられるのが、ONE Championship(ONE)とU-NEXTの関係性である。
ONEは毎週金曜日に『ONE Friday Fights』を開催し、U-NEXTで全大会が生中継されてきた。さらに8月からは、日本市場に特化した新ブランド『ONE SAMURAI』の定期開催(月1回ペース)をスタートさせた。
この『ONE SAMURAI』の動きは、日本の格闘技界の構図に変化を与えつつある。ONE SAMURAIは、RISE、KNOCK OUT、シュートボクシング、パンクラス、修斗という国内の老舗・主要プロモーションとパートナーシップを結んだ。RISEと修斗以外はU-NEXTで放送されている。8月大会の前から、U-NEXTとONE JAPANは共同で大会紹介番組や深堀りインタビュー番組を制作し、YouTube等で積極的に発信するようになった。8月大会においても知名度の低い若手選手を登用し、鮮やかなKO・一本劇には即座にボーナスを支給した。
これまでU-NEXTは「RIZINもONEもUFCも観られる格闘技のメガプラットフォーム」として機能していたが、ONEが日本国内で『ONE SAMURAI』を本格稼働させたことで、U-NEXT内におけるONEの存在感が高まった。その結果、RIZINの相対的な露出度や優先順位が変化する可能性をRIZIN側が意識したとしても不思議ではない。
ABEMAを「公式メディアパートナー」と発表する前日、気になる出来事があった。8月11日の『RIZIN.54』のリング上で、RIZIN解説者を務める杉山しずかのパンクラスでの引退試合(9月23日・立川ステージガーデン)が発表された際、榊原CEO自らが「パンクラス9月23日、立川ステージガーデンで本当に杉山しずかの見納めです。全力で生き様を見せますんで、応援に来てください」とRIZINの観客に呼びかけた。これは単なる個人の壮行にとどまらず、パンクラスとの結びつきをアピールする要素も含まれていたと思うのは、考えすぎだろうか。
「ONEとの結びつきを強めるU-NEXT」に対し、「独自コンテンツを含めて集中的に後押ししてくれるABEMA」との連携を深める――確実な証拠があるわけではないが、こうした背景が今回の決断に影響を与えた可能性は十分に考えられる。
5. グローバル市場と「プロレス・格闘技再編」の未来図
視点を広げると、今回の動きは単なる配信プラットフォームの変更にとどまらず、メディア企業を巻き込んだ日本の格闘スポーツエンターテインメント界全体の再編劇とも響き合っている。
今年6月、ブシロードは保有していた新日本プロレスリングの全株式を、テレビ朝日ホールディングスおよびサイバーエージェント(ABEMAの親会社)へ譲渡した。これにより、サイバーエージェント/ABEMAの周辺には、新日本プロレス、DDTプロレスリング、プロレスリング・ノア、そしてRISEやK-1といったプロレス・格闘技コンテンツが並ぶことになった。ここにRIZINが加わることで、プロレス界も含めた格闘スポーツ全般においてABEMAが非常に強力な陣容を整えたといえる。榊原CEOは、格闘技界の中だけで考えるのではなく、プロレス界やテレビ局、大手IT資本が絡み合うエンタメ経済圏の動向を見定めた上で、サイバーエージェントグループとの強力な提携を選んだのではないだろうか。
さらに世界を見れば、RIZINと協力関係にあるPFL(Professional Fighters League)は、ジェイク・ポールのMVP(Most Valuable Promotions)と合体して「MVP MMA」という新ブランドを打ち出し、Netflix等の世界的プラットフォームとの連携を模索している。2027年に向けた海外プラットフォームの再編速度は速く、対峙する国内基盤を固めたいRIZINの経営判断を促した可能性は高い。
6. まとめ:ユーザーの試練と、その先にある業界の成長
今回のRIZINの決断は、短期的にはユーザーに一定の負担や困惑を与える部分もある。
「U-NEXTひとつで済んでいたのに、ABEMAも契約しなければならない」
「見たい番組ごとにプラットフォームがバラバラになる」
こうした不満が出るのは当然であり、RIZINおよびABEMAはPPVの価格設定やサブスクリプション(ABEMAプレミアム)との切り分け、配信クオリティの向上によってユーザーに応えていく必要がある。例えば、第1~2試合をYouTube無料生中継、中盤戦をABEMAプレミアム会員向け配信、休憩明けの後半の主力カードをPPVとするような、柔軟な料金モデルの導入などが期待されるところだ。
しかし、まとめ的な形になるが、長期的・俯瞰的な視点に立てば、この決断が格闘技界にもたらすメリットも存在する。
1. 選手発掘能力の向上: 『超強者発掘プロジェクト』などの番組を通じ、新しいスター候補がオープンな環境で露出される。
2. プラットフォーム間の健全な競争: U-NEXT(ONE/UFC/国内団体)と ABEMA(RIZIN/K-1/RISE/プロレス)という対立軸ができることで、互いのサービス内容や映像コンテンツが磨かれる。
3. 新規ファンの流入: ABEMAの他ジャンルチャンネルからのクロスプロモーションにより、既存の格闘技ファン以外の層が日常的に流入する。
かつて『THE MATCH 2022』で53万件という異次元のPPV件数を記録したRIZINとABEMAのタッグが、今度は日常的な選手育成とコンテンツ展開で再び強力に組んだ。朝倉未来の残りキャリアが見え始め、新世代へのバトンタッチがテーマとなる今、RIZINが選んだ「ABEMA一本化」という大きな賭け。それが単なる配信体制の変更に終わるのか、それとも日本格闘技界を新たなステージへ押し上げる推進力となるのか。9月10日『超RIZIN.5』から始まる新たな展開を注視したい。











