バウトレビュー編集部 井原芳徳の雑文ラジオ(1)このコラムを始めるに至った経緯。そして大晦日のvsベラトールでのRIZIN勢全敗について
MARTIAL WORLD PRESENTS GYM VILLAGE
神楽坂 江戸川橋 クラミツムエタイジム
立ち技最強、ムエタイを究める!16周年、選手コース開設。ジュニア、女子クラスも。今ならスタート月会費0円!
「井原さん、その話面白いですねえ。それYouTubeやって話してくださいよ」
とある大会の会場で、試合までの待ち時間、近くにいた知り合いの男性フォトグラファーと、最近格闘技界で起こったできごとについて雑談し、一段落ついたところでそう言われた。
彼はフリーランスで、この業界での仕事歴は僕より短いから、処世術としてのヨイショも多少混ざっていたかもしれない。その場では「僕がYouTubeやったら言っちゃいけないことも言っちゃうと思うからやりませんよ」とかわしたが、数日経つと「言っちゃいけないことさえ言わなければYouTubeもやれるかもなあ」「そういうことを言ったとしても編集で切ればいい」とか、まんざらではないものに変化しつつあった。
格闘技は、Youtube界で今や人気のコンテンツだ。試合映像、大会までのプロモーション、試合後の談話、選手個人による芸能的な活動や技術紹介が主体だが、識者による試合の予想や試合後の評論も話題になる。この業界に限らず、政治社会・最新ガジェット・お笑い等などの分野で、そういった評論は人気で、自分もリスナーとして参考にすることがある。
そう、「リスナー」という書き方をしたが、テレビの「視聴者」というより、映像よりもトーク主体で、ラジオの「リスナー」的な感覚で楽しめるコンテンツが多いのもYouTubeの魅力だ。僕はもうすぐ48歳になる年男で、子供のころからテレビを見まくった世代ではあるが、ラジオの熱心なリスナーでもあった。今の人気芸能人のラジオもそうだが、テレビで見せるキャラクターとは一味違う部分をラジオ番組では見せることで、コアな人気を集める人たちが当時も多かった。テレビでは表面的で紋切り型の言葉でしか語られないことも、ラジオだとじっくりと重層的に説明できる。何かの事件の原因や経緯も、多面的な要素を含んでおり、白黒はっきりつかないことも多い。青年時代、音楽や文学や映画からそういうことを学ぶこともあったが、それらの芸術作品を手に取るきっかけを一番与えてくれたのもラジオだった。もう30年近く昔の話だがら、今からすれば間違った思想や差別的な表現も少なくなかったが、根幹になるモノの見方や思考法に関しては、当時のラジオから学んだものが多く、それは今のバウトレビューにおける自分の評論にも多大な影響を及ぼしている。
ただ、そういった根幹の考えについて、ことさら語ることはなかった。日々のカード紹介、試合レポートの中で、プロモーターの売り出す方向性や、審判団が示すジャッジや、多数のファンが好む論調に、懐疑的なスタンスで記事を書くことはよくある。だがそういったスタンスは「わかる人にはわかる」といった、マニアの内輪受けに留まってしまってはいないか? 正味のこの業界の環境改善に貢献できていないのでは? そういう焦燥感もあった。いちいち説明するのも野暮だとも思っていたが、「違うんだよなあ」と思うような論調が広がることも近年少なくなく、そろそろそういう状況を転換したいなあと思っていた。そんな矢先、冒頭の「YouTubeやって話してくださいよ」という軽い提案があったことに後押しされ、「じゃあいっちょ何かやってみよう」と思って取り組んでみることにしたのが、このコーナーである。
とはいえ、トークには自信が持てないので、日ごろ書き慣れていて、十分推敲できるコラムから始めて、まずはポリシーの伝え方のスタイルを模索してみることにした。試行錯誤しつつ、自信が持てて、なおかつ評判も良ければ、Youtubeで喋ってもいいかもしれない。また、何かについて「懐疑的なスタンス」の文章を書くことはあっても、「逆張り」的なことをして注目を集める気は無い。主流の考えでも賛同し、追従して書くこともあるだろう。ただその中でちょっと違った切り口の視点を加味したり、通常記事では書きにくい余談も挟むことで、このコーナーらしさを出していければいいなと思っている。
前置きはこれぐらいにして、そんなこのコラム第1弾では、手っ取り早く、まだ旬であり、多くの読者にとっても取っつきやすいであろう、大晦日のRIZIN.40さいたまスーパーアリーナ大会を取り上げてみることにした。既に試合レポートは載せているし、各メディアでの記事もあふれているので、このコラムでは落穂拾い的な感想文を書いて、今後に向けてのウォームアップにしたい。
(その前に1曲。その青年時代の自分のラジオ体験で、とりわけ思い出深い曲です。某番組のオープニングテーマでした。洋楽ロックですが詩については深く考えず、元気な曲なので気軽に聴いてみてください。 / Iggy Pop – Real Wild Child (Wild One)))
大晦日のRIZINの目玉はRIZINとベラトールの対抗戦5試合だった。RIZINの榊原信行CEOが15年前の07年、PRIDEをUFCに売却した際、実現できなかった対世界の対抗戦が、今夜ようやく実現するというのが、対抗戦の入場式の前のVTRのテーマだった。入場式ではPRIDEのテーマ曲が流れ、試合前後に流れるBGM等もPRIDEのものが使用された。今年はアントニオ猪木氏が亡くなったが、彼が大晦日大会を立ち上げた時から今のRIZIN大晦日大会まで受け継がれてきたテーマが「打倒紅白」だった。今年からフジテレビの中継が消滅し、「打倒紅白」は形骸化したが、逆に演出面ではかつての大晦日のフジテレビの「PRIDE男祭り」的なムードが強まるという、ねじれ現象が発生したのも面白かった。フジの中継が無くなって、PRIDEのモチーフを扱いやすくなった側面もあったのだろうか。
「打倒紅白」から「打倒世界」が主軸になった2022年大晦日。この12月、サッカーのワールドカップでは日本代表がベスト16に進み、強豪国相手にまずまずの結果を残し、進化を印象付けたが、大晦日のRIZIN勢は5戦全敗と厳しい結果に終わった。
内容を見れば、5試合とも判定決着であり、接戦もあり、ベラトールの首脳や選手たちからのRIZIN勢の評価も高く、単純に「完敗」とは評せないものだった。そもそも、うち1試合は堀口恭司対扇久保博正という本来はRIZIN勢同士のカードだ。キム・スーチョルは韓国人で、ホベルト・サトシ・ソウザとクレベル・コイケは日系ブラジル人だ。
そういった諸事情を補足説明しても、「RIZIN 5戦全敗」が「日本のMMAは弱い」という連想になってしまうのは、サトシ、クレベル、扇久保、スーチョル、武田光司が、これまで日本人の実力者を軒並み下して残ってきた選手たちだからというのもあるだろう。日本のイベントの中での切磋琢磨で生き残った彼らをして、ベラトール勢から1勝もあげることができなかったことは、日本のMMA選手・リーグの水準が世界的に見れば「低い」と評価されたとしても反論できない。また、ベラトール側に回った堀口は米国のATTに移籍してから7年も経った選手だ。
だがその「日本のMMAは弱い」といった評価は今に始まったことではない。日本のファンも選手も、痛いほどわかっている。MMAに限らずキックボクシングも含めれば、最近では11月のONEの日本勢が多数参加した大会でも、秋元皓貴、青木真也、岡見勇信、若松佑弥ら日本勢が1勝5敗という結果に終わったばかり。クリスマスのRISE+SB合同大会でも、海人が苦戦し小林愛三もダウンを奪われ判定負けし、世界の壁にぶつかっている。ここ数年、UFC・ベラトール・ONEといった世界規模の大会で順調に勝ち続けている日本人は平良達郎ぐらいだろう。堀口でさえもバンタム級で連敗し、階級をフライ級に戻して活路を見出そうとする状況だ。今回のRIZINは対ベラトールが主軸だったが、それ以外の試合では対UFCというテーマの試合が2試合あり、所英男が元UFCフライ級1位のジョン・ドッドソンに1R TKO負けし、元谷友貴は元UFCフライ級7位のホジェリオ・ボントリンに2R KO勝ちした。とはいえボントリンはこれまでより1階級上のバンタム級の戦いで、パワー差があった可能性も考慮したほうがいいだろう。
昨年2022年はABEMAが格闘家の海外武者修行を支援する企画がスタートしたことはとても良かった。とはいえ堀口も長年ATTで寝技をみっちりやった蓄積があって、今もトップで戦えているのであって、こういった育成には長い時間がかかる。日本人初のONE立ち技王座獲得の快挙を果たし、シンガポールを練習拠点とする秋元でさえも、タイのトップ選手から本気で対策されると、全く歯が立たなかったことは、日本国内が天心対武尊で盛り上がったのと同じ年の出来事として、今後も記憶されるべきだろう。まだ気は早いが、彼ら海外ガッツリ修行組が引退し、そのメソッドを日本の指導層に浸透させてから、ようやく効果が出るのかもしれない。またそのメソッドがいくら素晴らしくても、それを実現させるための設備・人員・時間・生活費を整えるための資金もある程度必要だろう。残念ながら「格闘技振興議員連盟」の議員が、最近のONEやRIZIN等での日本勢の惨状について、SNS等で悔しがったり、対応策を発信した様子は無かった模様だ。立法府の彼らが、サッカー日本代表の活躍に刺激を受け、格闘技界への支援を公約に打ち出せば、醜聞のあった議員も(少なくとも格闘技ファンの間では)悪印象をぬぐうきっかけになる気もするのだが…
選手のレベルでは苦い思いを感じることの多い昨今のの格闘技だが、大晦日のさいたまスーパーアリーナを満員にしたファンの目の肥えっぷりに関しては、世界でも最高レベルと誇れるものだったのではないだろうか。観客の大多数はカーフキック、テイクダウン、パスガード、スイープといった、試合の重要局面でちゃんとどよめく。私はRIZINの取材だと、試合の撮影のためにずっと場内の客席にいるが、特に首都圏の大会では、回を重ねるごとに競技に精通した客の比率が上がり、その「どよめき」のボリュームが増している感がある。特定選手の応援団として来ている人の比率もRIZINでは年々下がっている感もあるし、そういう人たちの大半も、目当ての選手以外の試合をしっかり見ている。コロナ禍の影響で歓声が規制されたことも、どよめきの純度が高まった一員だろう。サッカーや野球のように応援の先導役がいない状況での、観客の自発的な同時発生的などよめきの渦が聞けて、独特の連帯感が味わえるのも、RIZINの会場観戦の魅力となっている。セコンドとして初めてRIZINの会場に来たハビブ・ヌルマゴメドフや、他の数人の選手もRIZINの会場の雰囲気に驚くコメントをインタビュー等で残している。ラスベガス、ニューヨーク、シンガポール、アブダビ、世界のどこでも、このような観戦空間は、今後何年経っても作ることはできないだろう。選手の成長は時間がかかったとしても、観客の質の高さが日本のMMAのバリューを高めることで、選手を後押しし、選手の成長スピードをアップさせる可能性もあるのでは…、という、かすかながらも光明も見えた大晦日だった。
もうちょっと言及したいこともあったが、長くなってきたので、ここで打ち切り。次回更新は未定だが、今後のコラムの中でも、大晦日のRIZINの他のあれこれについて触れるかもしれない。
(感想は記事告知のツイートへのリプライや引用リツイートでお寄せいただけるとうれしいです。)