試合前、会場正面でパコージン氏と何事か話し合っていたミーシャ。その表情は実に険しかった。試合後のコメントでは、重度の皮膚病に懸かり、全身の血液を交換するという治療を受けていたという。勿論練習はできていない。　
　対するカステル。　
　大阪大会での糸が切れたようなＫＯ負けを見ると、カステルの方も、決して体調万全というわけではないだろう。だが、カステルの「タックルを切る巧さ」は誰もが認めるところであり、ミーシャの様なグラウンド系の選手にとって決して生やさしい相手ではない。その上、身長で14cm、体重で28.5kgの差がある。　
　
　最初はカステルのプレッシャーから始まった。　
　ゆっくりと出ていくカステル。ミーシャは、その圧力に押されるように下がり、カステルの周囲を回る。正面衝突は避ける構えである。　
　カステルの掌底。そして丸太をぶんまわすようなローキック。　
　次第にスピードが高まっていく。そこにミーシャのタックル。組止めようとするカステルだが、低く、しかもミーシャの馬力があるため、押し切られてしまう。足をミーシャの腹の下にこじいれて突き放しにいくカステル。だが、ミーシャも簡単にはあきらめずサイドに回り、そのまま腕十字に。　
　カステル最初のエスケープ。　
　
　この後、カステルは、実に「オランダ軍団」らしい試合を展開する。　
　グラウンドでは無理をせず、簡単にロープに逃げてしまうのである。勝ち負けのみが重要で、しかも、10エスケープまで許されるランキング戦のルールを最大限に活用した闘い方。　
　そうして打撃のチャンスを待つ。　
　
　対するミーシャはこつこつとエスケープをとっていく。　
　カステルの右ミドルをとってアキレス。タックルからがぶってきたカステルを持ち上げて落っことし、マウント。それを跳ね上げて上をとろうとするカステルの首をがぶって引き込みフロント・スリーパー。スタンドで再開後、再び胴タックルにいき、またカステルを持ち上げてサイドからアームロック狙い。おしくもこれはブレイク。　
　簡単にエスケープを取っているようだが、それも、ミーシャの「組む力」の強さがなせる技である。並のタックルだったら、カステルは簡単に受け止めてしまうし、首をがぶって潰してしまう。それをさせないのが、ミーシャの組み方の巧さであり、組んでからのパワーである。　
　
　だが、いつまでも掴まえられてばかりではない。　
　遂にカステルの掌底がミーシャにヒットする。額で受け止めたにも関わらず、そのまま吹っ飛び、ミーシャ、ダウン。体重差が露骨に出る。更にミーシャのタックルに併せたカステルのローがボディに食い込む。連続ダウン。　
　カステルの攻勢。ハイキック、サイドキックと打撃のバリエーションを増やしていく。だが、何とかしのぐミーシャ。またもや蹴り足をとってテイクダウンし、サイド・ポジションからいっきに足首を取り、アキレス。　
　ここでカステルが秘策に出た。　
　なんと自らタックルに出て、ミーシャをテイクダウンしたのだ。ミーシャはオープン・ガード。その足を狙うカステル。だが、場所が悪く、ロープ・ブレイクに持ち込まれてしまう。カステルは大きなチャンスを逃した。　
　
　こうなってはカステルの盛り返しは難しい。　
　ミーシャ、二連続のアキレス腱固めで、遂にタップを奪った。　
　

（山名尚志）

取材：山名尚志・岩田貴宏・薮本直美　カメラ：井田英登
HTML編集：井原芳徳