世界選手権代表獲得
和田貴広インタビュー


  1. 代表選考会を振り返って
  2. 減量と膝の怪我について
  3. 「もう悩み無いですよ」


−−選抜の直前はかなりナーバスになってたんですか?

「うーん、やっぱりね。これで負けたらもう終わりじゃないですか。もし、勝った人が世界選手権で8位に入ってこなくても、負けてしまったら自分は10月の国体まで試合がないわけでしょ。目標がないじゃないですか。日本のレスリングの状態を考えると、たぶん、8位には入ってこないだろうと思っていましたけど。そこでね、ずっと待って練習するというのもねえ。負けたらもう無理かなあ、て最悪のことも考えてましたけどね。」

−−計量の前日に、前回のインタビュー の最終チェックで話をしていたとき、『引退かかってますから』て言っていたでしょう。それまで、たぶん意識的にそうしてたと思うんですけど、ポジティブな発言しかしなかったじゃないですか。『優勝して、世界選手権に出て、オリンピックに出て』と何度も繰り返し繰り返し言ってたのに、初めてそういうちょっとネガティブな、消極的なことを言っているからびっくりしたんですよ。

決勝リーグ・吉本戦

「試合前、レスリングの調子はすごい良かったんで自信はあったんですよ。でも、負けたらとにかく終わりじゃないですか。そのプレッシャーがすごく強くて。だから、負けたら引退だ、ていうことを考えないように考えないように考えないようにして。そうしてたら、ああ、もうダメもとで行こう。負けてもいいや、死ぬ訳じゃないから。ていう気持ちになって。それでちょっと軽くなったなあ。根を詰めていくと、それで自分のレスリングできなくなるから。それでもすごくナーバスになりましたね。本当に引退ですから。ここでやらなきゃ、ここで頑張らなきゃ、という思いも強くなっていて。練習中に『ここでもっと頑張らなきゃ勝てないんだ』と思ったこともあったんです。でも『今日十分やったけど、やり足りないと思ってそれ以上の練習をやるとオーバーワークだから、ここでやめるのも、やめる勇気も必要だ』ということ考えたりして。それだけ集中してましたね。
試合前の練習は、特に午後練は1時間半しかしてなかったですね。1時間半はガーッと本気で、集中してやりましたね。試合みたいな形式のスパーリングをガンガンやる、ていうんじゃなくて、ポイントポイントを必ず押さえて。スパーリングは2本から3本だけやりましたね。1時間半で確実に終わって。周りは『勝てるのかな?』みたいなそんな気持ちじゃなかったんですか。でも自分の中で『これでいい』て決めてたんで。だから周りの雰囲気はあまり気にならなかったです。自分の中で自分のこと正しい、て思ってるから。だからこれで負けても、負けたら負けでしょうがないな、ていう気持ちになったし。いや、本当にダメもとの気持ちになれたんで。」

−−今まで以上に自分で予想して、プログラムを立てて、それでやって勝てたじゃないですか、今回。達成感が違うんじゃないですか?

「違いますね、本当に。正しかった、ていう感じですね。アメリカ行って、ロシア行って、韓国行って、試合前の遠征がすごく大きかったと思うんですよ。今までもいろんな海外とか経験してきて、レスリングの練習で大事なことを自分の中で分かってるんです。それを、そのときはわかっていても、日本に帰ってきて僕が正しいと思っていることと違う練習を周りがやると『自分の練習は間違っているのかな?』と思うときもあるじゃないですか。」

−−迷いますよね。

「それがあるんですよ。だからとにかく、自分の練習はこれで正しいんだ、と思うようにして。もう、人の言うこと聞かなかったです。本当に正しいと思って意見を言ってくれる人のアドバイスだけちゃんと聞いて、ちょっとわけのわかんないことは聞いているフリで。海外に行っても練習の内容だとか、考えとかがだいたい同じだったんです。それで自分の練習に確信がもてた。ホント、その点がすごく良かったですね。ロシアではメチャクチャやられましたけど。そのあと学生と一緒に行った韓国でもいい練習できました。ここで慌てる必要ないな、と思いましたよ。
 でもね、ロシアにいた時なんて、とにかく僕だと相手にならなくて。レスリング場に行くのがすごく恥ずかしい気もしましたね。『また日本のカモが来た』て思われていたんじゃないかな。毎日練習前にその日の相手を見つけないといけないんですよ。同じ階級の選手が練習疲れたりすると、自分のところに来るんです。早い者勝ちで僕を取るんですよ。まあ、バタバタやられましたけど。やられたけど一応真剣にはやってたんで、効果が無くはなかったです。
 ロシアだと18才19才ぐらいの選手がナショナルチームの合宿にザラにいます。その選手が僕らのことやっつけるんですよ。日本も、そのくらいの層の厚さが出てこないとダメですね。大学生だからまだ基本だけ教えていればいいとか、そうじゃなくてどんどん教えていかないと、経験させていかないと分からないと思うんですよ。この前も言ったと思うんですけど、ロシアはもう、20才までに経験を済ませて、24までに結果を出さなければいけないんです。だから僕なんかもう、ホントにベテラン過ぎてるんですよ。大学とか日本のシステムみたいなのを変えないと、下をどんどん変え ないと、ジュニアの強化をやってかないと。ナショナルチームに入ったから強化しましょう、じゃ時間が足りないんですよね。ナショナルチームへ上がってくる前にある程度基礎ができて海外遠征続けて、あとは準備して行け、て海外行くような感じじゃないと。」

−−何回か練習の様子を見に行かせてもらって面白かったのが、和田さんの場合、素人が見ても何をやりたいか分かるんですよね。

「そういう技術的な練習を中心にやってきたので。練習でできないものは試合でできないですから。スパーリングを多めにやったって、それはそれで効果出ることもありますけど、自分はポイントポイントを取った練習好きだし、そういうのは練習でできないと試合でできないと思っているから。その考え方は間違ってないと確信したし。その辺はもう左右されないで、我を通して。」

−−そこまで自分で考えられるようになったのは、いつぐらいから?最初はもう、言うなりでしょう?

決勝リーグ・勝戦

「僕は93年にナショナルチームに入ったんですよ。その頃は言われた通りに練習して、言われたことだけやって。それでもなかなか結果が出なかったんです。『そんなに簡単にうまくいくわけない。練習が足りない、気合いが足りない、試合で負けるのはスタミナがない』と言われて、その通りじゃないのかな、と思ってたんです。で、それまで通りの練習だけやってて。それでもやっぱり結果が出ないので、『ちょっとおかしいな』と思い始めたんです。それから、いろんなレスリングの雑誌を読んでいるうちにソ連のことが書いてあって。日本で僕を簡単にやっつけてしまう全日本のチャンピオンをソ連の選手が簡単にやっつけてしまう。その差はどこにあるのかな?と思ってソ連の練習にすごく興味があって。いろんな昔の雑誌を読むうちに、今までやってきたこととは違うんじゃないかな?ていう気持ちはありましたね。そう思っていたことがセルゲイコーチが来て全部解消されたようなところがあります。
 セルゲイの練習を見ているときにね、学校の授業みたいなもんだなあ、と思ったことありました。賢くなきゃダメだなあ、と思いましたね。数学がどうだこうだとかじゃなくて、ちゃんとレスリングのタイミングだとか、なんでこんなことするのかだとか、やり方みたいのをちゃんと憶えないとレスリングにならないですね。ちゃんと言うことをきいておかないと、ぜんぜんやってること違ってくるんですよ。そのときはものすごくそう思いましたね。面白かったです。
 僕、すごい先生に恵まれてるんですよ。小学校、中学校と柔道やってたんです。その先生も、すごく頭のいい、単なる熱血監督じゃない人で。なんでこういうことやるんだとか、いろんな話がすごく多くて、いろいろな話してくれて教えてくれたんで。高校の先生もそうでした。だから考えられるようになったのかもしれない。」

−−結局、セルゲイには何年くらい指導を受けたことになるんですか?

「4年ですかね。4年間のうちオーストラリアに行ってた半年があるから、3年半くらいですかね。でもね、ロシアのナショナルチームにも、よく分かってないおかしいコーチもいるんですよ。セルゲイみたいにああいう、知的で本当にわかりやすくて、なんでもできて、言ったことになんでも答えが返ってくるような人は少ないですよ。本当に勉強したんだと思います、すごく。漠然とやったんじゃなくて、よく考えて。」

−−選抜の試合が終わった後は、翌日和歌山へ帰って?

「翌日ゆっくりして、次の日帰ったのかな。」

−−不健康な生活をしばらくしたいんだ、て言ってましたけど。

「でもやっぱりねえ、一日、二日経つと『いけないな』と思うんですよ。普通に戻るんですよ。あまり飲み過ぎちゃダメだとか、今日はサウナ行こうかな、とか。やっぱり、ケアみたいのやるんですよ。」

−−練習も一週間休んだんですか?

「一週間なんーもやらなかったです。職場には3時半に上がって『練習行きます』ていうんですけどね。一応練習場には行って。でも着替えずに、ぼーっとみてて帰って。晩はちょこっとだけ飲み行ったり。無茶な生活はしないように。」

−−試合の後はいつもそんな感じになるんですか?

「今回はまあ、賭けてたんで、精神的にちょっとしばらくは練習はいいかな、て感じで。」

−−試合の前後で口調が変わってましたからね。

「そうですか?口数少なかったですか?」

−−少なかった、ていうか、ピリピリしてましたよ。試合が終わったら憑き物が落ちた感じになってましたからね。顔つきも喋り方も。それから、試合の時だから仕方ないんですけど、ある新聞社の人が『やっぱり恐い顔してる人は強いねえ』て言ってましたよ。

「自分のことですか?恐い顔してますか?」

−−うーん、恐いというのとは違うと思いますが…その人はレスリングを見たのは初めてで、いろいろ聞かれたんですよ。選手の過去の戦績だとか、特徴だとかを話していたらちょうど和田さんが記者席の前を通ったときに『恐い顔している人は強そうだね』て。

「言われたの初めてですよ。大学の部長が『この和田コーチはね、黙っていればうちの大学のバスケット部の3軍の選手みたいな顔をしてるけどね』て言うんですよ。大学4年の時なんて、僕、キャプテンでそこそこリーグ戦でも結構勝ってたんですよ。なのに周りの人は『え?レスだったの?剣道部だと思ってた』とか、そんなこと言われたり。レスリングてやっぱり、ずんぐりの筋肉質、てイメージみたいなものがあるでしょ?試合終わってから『先輩なんで、あんなしれっと勝てるんですか』とか『しれっとした顔して緊張しないんですか?』とか言われるんですけど。緊張してるんですけどねえ、そういわれるんですよ。」

−−今回は、顔つきが違っているように見えましたよ。

「今回はそうでしょうね。試合が終わるまであんまり人と喋れなかった し、喋りたくなかったんで。自分の世界に入ってましたね。」

−−今は世界選手権しか頭にない状態?

「そんなこともないですね。今、アジア選手権のことがちょっと頭にあるかな、て感じですかね。そんなにたくさんはないです。どうせ負けてもいいんで。というか、勝てると思わないんで。」

−−それを思うと、63とか62でやってたときよりかなり余裕を持っていろいろ考えられるようになっているのかな。

「ありますあります。それはあります、すごく。頭の中がすごくクリアです。こうなったらこう、てイメージ通り行きますからね。63だともう無理です、それは。余裕がないですね。あの時は息が詰まってましたね。精神的に息が詰まってた、ていうか。」

−−それはやっぱり、周りからの期待もあるし、自分でもそう思いこんでいたんですね。大変ですね、強い人は強い人で悩みがあるから。

「いや、もう悩み無いですよ、僕は。今はないですよ、前はありましたけど。(笑)そういうもう、必然的に勝たなきゃいけない、て自分で自分を追い込んでましたけどね。今はもう、メシたくさん食えるわ、酒飲めるわ、バカ話して、どうせダメもとだし、まあ、でもちょっと、やるだけやってみようかな、てみたいな気持ちがあるんで、自然、といったら自然ですよね。」

−−やっぱり、リラックスした状態で行った方が試合の結果はいいと思います?

「それで負けてもショックが少ないし。いいですよ。(笑)」

−−ゼロからじゃないわけだけれど、69に階級を上げて初心者の状態から積み上げていくしんどさ、というのはないんですか?

「いや、69で劣っているのは筋力だけだから。あとはいろんな選手を憶えたり、69の世界を知らなきゃいけないとかありますけど。その辺までも余裕があるというか、負けていいんだから、ていう気持ちがありますね。63の頃までの自分で追い込んで行くところはないですよ。過剰に自分をあれしてたんで。勝たなきゃいけない、てなってたんで。その辺がすごくネックになってましたね。
大会後の和田・コメント中 大学の時もそうだったんですよ。たとえば団体戦とかでリーグ戦あるじゃないですか。ああいう大会で『48の佐藤が取って、52はうちが日体とやったら負けて、57入江が勝って、和田が取るだろ』とそういう計算されるのがね、すごく嫌なんですよ。わかんないじゃないですか、試合で何があるか。星勘定を勝手にされて、和田が勝つからとか、そんなのが一番嫌なんですよ。メダル候補ナンバーワンだとか、そんなの一番嫌じゃないですか。わかんないじゃないですか、試合で何が起こるか。こう、両肩ついたらそこで終わりなんで。だからもうねえ、僕の性格的に『和田なんか話になんねー』みたいな感じでみててくれた方がすごい楽なんですよ。まあ、負けず嫌いだし、レスリング好きだから勝ちたい、ていう気持ちは絶対にあるんで。でも、期待はされない方がね。こう言うと『プレッシャーなんて当たり前だし、そんなこと言ってたら勝てないよ』て言われるんですけど、もういいんです、そんなの。そこら辺は自分の気持ちの通りにやった方がいいと思うんで。」

−−すごく緊張させられたりとか、そういうのじゃなくて普通の状態で出ていった方がいいですよ。

「もし、オリンピックがもし決まったら、今回のアジア選手権に臨むような感じで臨んだ方がいいと思うんですよ。単なる一つの大会みたいに。もう、レスリングなんて趣味みたいに考えた方がいいんですよ。命かかってるわけでもないしね。」


(1999年5月16日 池袋にてインタビュー:横森 綾

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