世界選手権代表獲得
和田貴広インタビュー


試合前の和田 フェリーが大きくマットを一回叩き、試合終了を告げるブザーが鳴った。突然仮面を奪われて戸惑ったかのように一瞬、顔から表情が消えた。マットの周りの様子を確かめ、自分の勝利を再確認すると一転して感情豊かな素顔が現れた。達成感と疲労と喜びを包み隠さず表に出しながら寝転がり、マットを大きく手で叩いた。1999年世界選手権大会代表選考会プレーオフ。フリースタイル69kg級、和田貴広(和歌山県教育庁)と勝龍三郎 (日本文理大附高教諭)の試合は4分36秒、和田貴広のフォール勝ちで終了した。

 直接話を聞くようになって以来、和田の口からは「選抜で勝って、世界選手権で8位以内に入ってオリンピックへ行きます。」と何度も繰り返された。階級アップをして不利な状況にあるはずなのに、いつも、シドニー五輪へ行くことが自明の理であるかのような口調だった。その言い方も、勢い込んだものではなく「明日は日直の当番だから」と子供が言うように決まりきったことを説明するような口調だった。アトランタ五輪でメダルに届かなかったことでついてしまった評判、「精神的に弱い」という形容とはかけ離れた印象を与えた。それでも、「当番」だから当然のはずの仕事、選抜で勝って世界選手権へ行くことに緊張しているのが窺えた。当たり前のこととしているはずの五輪への道すじのことばかり話すのは、その証拠のように思えた。

 何度も繰り返された言葉のうち、3分の1だけ実現した予定通りのはずのその道筋で、いま、その先の風景はどんな風に映っているのか。アジア選手権へ向けてのナショナルチームの合宿の合間にゆっくりと話をしてもらった。



  1. 代表選考会を振り返って
  2. 減量と膝の怪我について
  3. 「もう悩み無いですよ」


−−おめでとうございます

「ありがとうございます」

−−もう1ヶ月前になりますね。

「そんなになりますかね。」

−−なりますよ。4月の17,18ですから。

「あ、そうだ。…まだその余韻に浸ってますね。」

−−初日はまず予選トーナメントが三試合あって。一試合目、二試合目は フォールで、三試合目はちょっとくたびれたかなー、と見えましたけど。

「そんな感じでした?一、二回戦はタイプ的にすごくやりやすい人だったんですよ。あんまり恐くなかったんで。だから、三回戦はレスリングに癖のある…川鍋 ですよね、三回戦は癖のある選手だから。前半のうちはよく見ていこうと思って。」

−−最初ポンポンとポイントとれたな、と思ったらその後でとまっちゃったんですよね。

「そうですね。8−3だったかな?1点は、いや2点は自分の技の失敗と、あとは後半、自分がタックル入って逆に相手にやった得点で、自分のホントの失点みたいのはないですね。」

−−この試合でしたっけ?回そうとして逆に取られちゃったの?

「だから本当に向こうの攻撃で自分から取られた、ていう技はないんで。」

vs. 織山−−決勝リーグがその日のうちに二試合。織山 さんと。これは、エビ固めを普通とは逆にきゅっと。記者席で『ワダスペシャル99と名付けよう』と話題になっていたフォールですね。

「やめてください。」

−−断られちゃった。Hさん張り切ってネーミングしようとしてたのに。決勝リーグもう一つの天谷さん はやりにくかったんじゃないですか?

「あー、天谷。一番恐いのが…恐いっていうか、八試合やって川鍋選手と、天谷と、織山と…勝先輩ももちろん強いですけども、そこに行くまでに天谷と川鍋と織山は警戒していました。無理な攻め合いはせずに集中していこうと思って。あと、吉本先輩 と。」

−−天谷さんとの試合は、相手の得点にもならないんだけど自分も動けない、というように見えて、やりづらそうだな、と思ったんですけど。最後の最後に1個取られて、それまでなかなかポイントにならなかったですね。

「まあでも、最初様子見ながらでしたけどずっと自分の組み手というか、自分が優勢に立っていたと思うので。流れ自体は僕の流れだと思いますけどね。1点差でもいいから勝てばいいと思ってたから。」

−−翌日の勝選手との決勝リーグでの試合は3−2でしたね。最初かなりお互いに様子見合いでしたよね。パッシブをお互いにとられましたが…

「やっぱり最初様子見過ぎましたね。様子見はいいんですけど、本来の自分の動きをしないと自分のレスリングが出てこないから。一試合目はそれで勝ったから良かったですけど、二試合目のプレーオフは本当に…最後の一試合で代表を取れるかどうか決まるんですけども、あんまり勝ちは意識しないで、ダメでもともと、ていう気持ちで行こうと思ってましたね。」

表彰式−−プレーオフの前にあった表彰式の間、落ち着かなかったんじゃないですか?

「なんか…あんな、優勝のメダルなんかもらってもね。世界選手権がね。うん。関係ないですね。」

−−勝選手との二回目の試合、代表を決めるプレーオフですが、先にポイント取られてますよね。

「取られましたね。あれね、僕が先に攻めたんです。それを逆に利用されてカウンターみたいな形で。僕の動きを利用されて、向こうに1ポイント取られたんです。飛行機投げに行ったのを逆に取られて、そこからタックル取られてますね。」

−−そのあとパッシブをとっていますが、このときが『最初にパーテル取ったときにいけそうだから』と試合直後のコメントで言ったときなんですか?

とれるような感覚があったんですよ。どんどん積極的に取りに行けばとれるんじゃないか、という感触はあったんで。本当に守りに強い人は隙が無くて、最初のパーテルで『この人からはとれない』というのがよくわかるんです。それとは違う、とれるような、『行けるときはあるんじゃないか』ていう感覚はありましたね。」

−−パーテルになったときに動かしやすいとかそういう感じがするんですか?

「強い人ていうのは隙が無いから寝技で唸っているときに腕一つも取らせないんですよ。たぶん、このときも腕をとれなかったと思うんですけど、完璧に切られた、ていう感じじゃなかったんで。(自分の左手で右手の甲をつかみながら)ココまでとれて、すべってとれた、という感じだったんで。」

−−1ポイント、1ポイントで並んだところで1ピリオド終わってますね。

「結局、1−1ですか。」

−−1ピリオド終わったときは1−1。そのあと、逆にリードされますね。

「されましたっけ?されましたね。(思い出しながら)あ、そうかそうか。エスケープで、その後、タックル取り返して。」

プレーオフ・勝戦−−エスケープで点を取られて、かえって気が楽になった?

「いやあ、焦りましたね。つまんないポイントやったでしょ、自分のミスで。だからもう、攻めなきゃ、と思いましたね。でも、顔に焦ってる、ていう表情、体全体が焦るような、焦りみたいなのは出さないように。ただ、冷静に攻めていこうと思ったんですよ。一試合目は3−2で見合った試合だったから二試合目は攻めようと思ったんですけど、それでもやっぱり前半の方は少し、様子見があったんで。あのポイントで、エスケープ取られた時点で却って攻めようと思って。あとは手が取れて本当に偶然に決まったんです。」

−−勝さんの方が慌てているように見えましたよ。

「得意のがぶり返しとか、首投げを失敗したからじゃないかな。大学3年のときにも国体で勝先輩とやってるんですよ。その時本当は62だったんですけど68で出て。そのときもトントンの試合が続いて、僕が1点か2点リードしてたんです。で、首投げを失敗して。あのときも焦っていたんじゃないかな。僕は地道にタックル行こうと思って待ってたんです。そうしたらがぶり返しも失敗して、もっと焦ってました。最後、僕が勝ったんですけど。」

−−プレーオフの最終ポイント数は7−2になってますね。タックルして、ローリングしてポイントが入ってそこであれ?て感じで勝さんが仰向けになっちゃったんですよ。

「2−1になって、リードされて、タックルをがぶられて、逆にこうスイッチしたときに持っていって2−2になって最後にもう一回タックル行って、そこでこう回したんだ。」

−−この試合、最初から勝選手のセコンドが『手首とらすな!』て叫んでたんですよ。

「僕の試合の時はみんなそうですよ。『手やるなー!』ですよ。みんなわかってるから。」

−−手首取ったら、もう違います?

「うん。手首ひとつとれたら違いますよ。もうね、蜘蛛の巣に引っかかったように、これが(自分の左手で右手首を取って見せながら)命取りになるんで。得意なんですよ。」


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