「“陰”と“陽”の対峙」
レポート:井田英登 写真:飯島美奈子
今回のPRIDE.13で実は僕が最も注目していたカードは、メインの桜庭VSシウバでもなければ、コールマンVSゴエスでもなく、このヘンダーソンVSヘンゾの一戦だった。
オリンピックレスラーであるヘンダーソントップアスリートであるヘンダーソンと、グレイシーの中でももっともアグレッシブなスタイルを持つヘンゾの対決は通ごのみのいぶし銀対決であり、お互いのポテンシャルを最大限発揮した戦いになることが必至だったからである。お互いにリングスの第1回KOKトーナメント決勝大会の台風の目となった選手同士でもあり、組み合わせによっては武道館の決勝でこの対決が繰り広げられていた可能性もあったのである。ばうれびが今回事前アンケートとして集計した、注目カードでも堂々2位の
135票(投票数 646票)を集める人気カードである。そのカードを第四試合にもって来れるあたりが、今のPRIDEの勢いを感じさせる。
実際、こうした背景データもそうなのだが、この二人の選手は別の意味でも対象の妙を感じさせるたたずまいを持っている。
普遍的にスタンド、寝技にバランスよく能力を発揮するヘンゾは、その強さが非常に目に見えやすい形で伝わる“判りやすい”選手である。表情も豊かで、人間性も明快である。一方、ヘンダーソンはそのポーカーフェイスぶりも手伝ってか、強さが明確な形では外に出にくい“つかみ所のない”選手であるといった印象がある。
得意技のパンチにしても、一発の重さはあまり感じられない。むしろ的確さと切れ味でいつの間にか相手が倒れている印象があり、前回対戦したヴァンダレイ・シウヴァと比べても、ぶんぶん振り回してくる印象のシウヴァの一発一発は目に留まっても、ヘンダーソンのそれはダメージという形で損をしてしまったのではないだろうか(結果はヘンダーソンの判定負け)
だが、得意技の相手の首をホールディングしてのハンマーパンチは、そのバックボーンであるグレコのテクニックを、目立たない形で応用した技術であり、これまで誰かが考え付いていそうで、実はなかった技の一つでもある。真似をしようとしても、そこに彼のような卓越したホールディングのテクニックがなければ活かせない。そんなあたりが、またこの彼の強さを分かりにくくしていた気がする。
いわば、“陽”のヘンゾに対して初めて、“陰”のヘンダーソンの存在が際立つわけで、そのコントラストの妙がいい。
実際、試合は積極的に仕掛けるヘンゾの“陽”に対して、カウンターで引きだし開けて見せるヘンダーソンの“陰”の凄みが出た試合となった。
早いローで出足を止めようとするヘンゾに対して、ヘンダーソンは前のめりになるような大振りのパンチを繰り出す。このあたり、これまでヘンダーソンが見せなかった気迫がヘンゾというキックボードによって一気に吹き出した観がある。やはり皮膚感覚的に、両者ともお互いに強く意識するものがあったのかもしれない。そのバランスの崩れを見逃さずタックルで飛び込むヘンゾだが、オリンピックレスラーから正面のタックルでテイクダウンを奪うのはやはり難しい。がぶって潰したヘンダーソンは、水面のカエルのように両足を投げ出して、フロントネックロックでヘンゾを締め上げる。なんとか立ち上がってロックを切るヘンゾ。
スタンドに戻って距離を奪い合う両者。タックルに見せて、飛び込んだステップから右ストレートを打ち込むヘンゾ。上手い。しかし、ヘンダーソンも一発貰えば必ず二発左右を返す素早い応戦ぶりで、フットワークも軽く逃げ回るヘンゾのスピードに対応していく。
先手先手と逸るヘンゾはここで、また無謀にも正面からのタックルを仕掛けていくが、当然のようにヘンダーソンは受け止め、がぶった姿勢のままヒザを頭部に跳ばす。このときの伸びが非常にイイのも、ヘンダーソンの危険さを物語っている。腰だめからぐんと突き上げるヒザはまさにカミソリの切れ味だ。自分から腰を落として首を抜いたヘンゾだが、この強引な脱出も、ヘンダーソンのヒザを無策に受けていたら、ノックアウトされてしまう危険を察知してのものだったのだろう。
次に大振りのフックで飛び込んだヘンゾは、そのままショートジャブの左右を繰り出してヘンダーソンの牙城を崩そうと試みるが、逆に得意の首抱きに入られかけて慌てて離脱。やはりヘンダーソンの“受け”からの対応は、ヘンゾ程の選手にしても意表を突かれるものらしい。
攻め込みながら、次々にその芽を摘まれていくのは、攻撃型の選手には内心のパニックを誘発しやすいものらしい。こんなときの引き合いに出すのは失礼かもしれないが、本来引き出しの多いテクニシャンタイプの高阪剛が、しばしば同じパターンで攻撃の芽を摘まれ、打開策に出したタックルで自滅することがある。この日のヘンゾはまさにそのパターンで、手に詰まると身体が憶えたタックルが反射的に出てしまっているようだった。だがヘンダーソンにとって、敵の見えきった攻撃パターンこそが、カウンターの最大のチャンスである。がぶってタックルを潰すと同時に、その首を抱きに行く腕をそのままパンチとしてぶち込むという超高等テクニックを見せたのである。そのまま、マシンガンのように何発ものパンチがぶち込まれ、止めに頭部にヒザが飛ぶ。まさにこれは、スタンドで見せた首ホールドからのパンチのグラウンド版ではないか。恐るべき連打をかいくぐって、腰を落とし何とか立ち上がったヘンゾだが、まだそれでも首をホールドし続ける、脅威の粘りを見せるヘンダーソン。なんとか突き放して立ったものの、離れ際にもヒザを浴びて、ヘンゾは既に若干視線が怪しい。
右ローを放って、再度タックルで突っ込んだヘンゾの顎に、がぶりと同時に左のフックが浴びせられる。タックルを潰されたというより、この一発で意識が飛んでころんと仰向けになったような感じで、ヘンゾがマットに倒れ込む。しかし、ヘンダーソンの攻撃は止まらない。なおも顎に吸い込まれるように左のフックが浴びせられ、ヘンゾの首が瞬間真横にはじかれるように傾いだ。完全に目が飛んでいる。
劇的なノックアウトである。
ヘンゾは試合後のインタビュウでアクシデントを強調していたが、タックルへのヒザは立派なカウンターのテクニックにほかならない。
実に世界は広い。そして個々の選手のテクニックも、相手次第でいくらでも引きだされる奥深さを持っている。ヘンゾとヘンダーソンの短くて濃厚な世界を垣間見させてくれた。
この勝利によって、ヘンダーソンは次の桜庭の対戦相手に王手を掛けたと言えるだろう。だが、メインイベントにはそのシナリオをひっくり返すような大事件が待ち受けているのであった。
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