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Report
pride 2000.1.30 PRIDE-GP 一回戦 東京ドーム
 第8試合 
× エンセン井上
フルタイム
判定2−0
(一者ドロ−)
マ−ク・ケァ−

氷の抱擁、再び


 
いささか陳腐な言い方をすれば、エンセンは“炎の男”である。
対戦相手と正面から激突し、死ぬまで殴り合うことを望む。
勝敗よりも、リングの中で完全燃焼するのが、自分の生き様と信じてやまない。

一方、ケァーは“氷の男”である。
有り余る体力と、霊長類最強とまで言われる強じんな肉体を持ちながら、物腰は柔らかく知的、戦いぶりも沈着冷静で我を失うことがない。

炎と氷が一つのリングでぶつかり合う時、我々は氷をも溶かしてしまう強力な炎の吹き上がり幻視する。しかし、溶けた氷は炎を吹き消し、最後に勝つのは冷徹な理性であることをケァーは証明して見せた。

 
3度目の正直とでも表現すべきか、2回にわたる対戦の見送りを経て、ようやく実現した夢のカード。コンプリートファイター vs 大和魂。昨年1年間、エンセンはただひたすらケァーとの対戦を待ち望んだ。そもそもケァーはエンセンがホームグラウンドの修斗を離れてまで対戦したいと熱望した相手であった。ケァーを倒すためだけにPRIDEのリングを選んだと言っても過言ではない。しかし、PRIDE-5での対戦はケァーの怪我で流れ、急遽ケァーの代わりに戦うことになった西田操一戦ではエンセン自身も拳に怪我を負った。捲土重来を期して再度マッチメークされたPRIDE-8での対戦も、ケァーの急病で延期。既に最初の対戦が発表されてから約1年。両者の対戦は既に“熟れすぎた果実”となった感さえある。

この日、エンセンの後頭部には「死」という文字が刻まれていた。
この試合をやることによって「どちらかが死んでもいいと思ったから」、という理由でこの文字を選んだという。
そもそもエンセンは気持ちで戦うタイプの選手である。リングで向かいあう相手に最大限の敬意と敵意の両方をぶつけずにはいられない。それがエンセンの魅力であり今日多くのファンを獲得した理由でもある。この一年の年月はエンセンの中でケァー戦への思いを破裂せんばかりに膨れ上がらせていたにちがいない。しかし、その思いが逆にエンセンを裏切ることになろうとはエンセン自身予想だにしなかったに違いない。

レフリーチェックの後、しっかりと握手を交わした両者だが、二人の表情は意外にも冷静である。ポーカーフェイスか、あるいは溢れださんばかりのエネルギーを必死に押し殺した表情なのか。開始のゴングが鳴ると同時に、いきなり距離を詰めパンチを狙ってエンセンが飛び出した。一年分の思いを込めたパンチをイメージしていたに違いない。しかし、その動きは逆に言えば打ち合いしか予想していない隙だらけのものであったとも言える。ケァーは冷静に胴タックルを仕掛け、テイクダウンを奪う。相手も全く自分と同じ思いであるに違いない、と確信したエンセンの高揚は完全に空振りであった。
下になったエンセンはガードに入らざるをえない。ここでケァーがパスガードを狙ってくればそこに寝技の攻防が生じる。しかし、ケァーはインサイドからのパンチを落とすのみで、リスキーなパスガードを狙おうとはしない。

両者の攻防は完全に千日手の状態に陥ってしまった。

純粋に勝ちを狙っていくのであれば、ケァーの作戦は完璧である。リスクを排した判定狙いの教科書のような押さえ込み。インサイドガードから間欠的にパンチを放っておけばジャッジは嫌でも上のポジションを支配したケァーにポイントを付けざるを得ない。スタンドポイントは皆無に近いので差は発生しない。それだけケァーはクレバーであり、また、エンセンの爆発力を評価したとも言えるだろう。しかし、エンセンの一年越しの思いは全く顧みられることはなかったことになる。

残り時間3分を切ったところで、距離を離し、パンチに移ろうとしたケァーをエンセンが強引に突き放すことに成功した。いわゆる猪木アリ状態となり、ケァーは上からローを数発入れるが、そもそもパスガードを考えておらずアグレッシブに攻め込むまでには至らない。ここでようやくブレイクが宣告される。エンセンにとっては千載一遇のチャンスであったが、ケァーはまたもや一発のパンチを出すこともなく、タックルでテイクダウン。スポーツアスリートとしては百点満点の試合運びであるが、格闘家としての観点から言えば今回のケァーの戦法には疑問符を付けざるを得ない。

この一年、この夢の対決を待望し続けたエンセンとファンの気持ちは、完全に裏切られた形となった。

ここで思い出されるのは昨年春のアブダビコンバット大会でのマリオ・スペーヒー戦での不幸で空虚な“抱擁マッチ”のことである。あの一戦はエンセンが世界のトップクラスの格闘家にも恐れられる存在となったことを如実に証明した。そして我々はここでも再びビデオのプレイバックのような試合展開を見ることになった。このことは何を意味するか?
勝敗が全てである格闘技の世界では、リスクは注意深く回避される。今回、霊長類最強とまで言われたケァーさえも、エンセンと正面から激突することは避けた。世界の最頂点に立つ人間は賽の目に自分の命運を託す丁半博打には手を出さない、ということなのか? とすれば今後、我々は死を賭けてハイスパートに完全燃焼するエンセンの姿を見ることはできないのかもしれない。それだけエンセンの立つポジションは高く険しい。これまでのように玉砕覚悟の特攻戦を仕掛けても、巨大戦艦であるトップバーリトゥーダー達はエンセンのバンザイアタックをかわし続けるだろうからだ。
試合後「負けは負け。男同士、パンチあたって、倒れるかどうかの試合をのぞみたかった」と語るエンセンの横顔は少し淋しげであった。

(井田英登)



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取材:藤間敦子・山口龍・横森綾  写真:井田英登

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