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Report
k1 99.12.5 K-1 GP'99 決勝 東京ド−ム
第5試合 トーナメント準々決勝 3分3R 
× ピーター・アーツ
(オランダ/キック)
1R 1'11"
KO (左フック)
ジェロム・レ・バンナ
(フランス/キック)

 


王者、壮絶に散る


試合写真 界の頂点を極める立ち技格闘技者の集うK-1において、都合3度の優勝を飾った男。佐竹雅昭、マイク・ベルナルド、アンディ・フグという錚々たるメンバーを、全てR1の内にKOしてのけた男。K-1王者は1年ごとに変わるとはいえ、やはり王の中の王という称号を与えられるのは、ピーター・アーツをおいて他にいない。
 しかも王としての立場は、アーツのひととなりまで変えてしまった。ナチュラルな才能を頼みに驀進していたヤンチャ坊主のような性格は、いまやリング上での成果の為に日常生活を節制し弛まぬ練習に取り組む落ち着いた大人のそれへと変貌している。
 こうした現在のアーツを知る者には、やはり今年のK-1でもアーツを止められる相手はいないのではないか、と考える者が多かった。だが、、、

 その予想が一変するような「事件」が起こったのは大阪でのK-1開幕戦だった。K-1界最大のパワーヒッターにして、不沈艦の異名を持つマット・スケルトンを、まるで子供扱いに一方的に沈めた男の出現。体重を120kgまで増量し、そうでなくても力強かった肉体を更に筋肉の塊のように変貌させて帰ってきた「バトル・サイボーグ」ジェロム・レ・バンナの登場である。
 この1年余りK-1戦線から離脱してボクシング・マッチを闘っていたバンナは、その間かつてイベンダー・ホリフィールドのトレーナーを務めたこともある一流トレーナーらによって根本的な肉体改造とパンチ技術のブラッシュ・アップに務めてきた。更に一年ぶりのK-1復帰で並々ならぬやる気を見せていたのも確かだ。
 しかし、まさかここまでになっているとは、というのが彼のファイトを見た大方の印象だった。そしてそのバンナが望んでいたとおり、組合せ抽選の運命の女神はこの日初戦でのバンナと王者アーツの対戦を所望した。
「もう遠回りは御免だ。最強といわれるピーターを倒して、一気に全てを手に入れるんだ。」と子供のようにはしゃぐバンナ。

 間違いなくこの2回戦最大の注目カード。そしてそれは予想に違わぬ、いや予想を上回る戦慄的な内容となった。


Round 1
試合写真 「遠回りしたくない」という言葉通り血気にはやっていたのか、ラウンド開始と同時にパンチで積極的に出ていくバンナ。その気持ちの高揚を諫めるような、王者のカウンターの右ハイが炸裂したのは、まだ試合開始から20秒も経っていない頃だった。
 実際このアーツの右ハイは破壊力の点でも技術的にも素晴らしいものだった。確かにサウスポーのバンナはある意味右ハイキックを得意とするアーツにとっては狙いやすい相手だ。(サウスポー構えの選手には、右の攻撃が正面から入る。)とはいえ、あの肉体で前進してくる相手の顎に、カウンターでハイキックを打ち込むというのは並大抵ではない。アーツは腰を引き気味にして突進してくるバンナとの距離を保ちながら(そのため蹴った瞬間はロープにもたれるような体勢になっている)、脛で相手の頸動脈を捉えている。またこのハイキックの前に、同じ軌跡で右のミドルを蹴っており、これがバンナの左腕のガードを下げさせる伏線にもなっていた。

 立ち上がったバンナは完全に脚に来ていた。いや、あのカウンターのハイを貰って立てたこと自体が驚異的とも言える。太い首が脳震盪を辛うじて妨げたのは間違いあるまいが、顔面へのダメージは必ずしも筋力だけで支えきれるものではないのだ。(ボクシング選手にも隆々とした筋肉を誇りながら、グラス・ジョー(ガラスの顎)というありがたくない評価を頂戴する選手は少なくない。)この後アーツの攻撃に晒されたバンナの動きには、まだダメージの余韻を引きずっている危うさが残り続けていた。
 パンチから右ハイ、と明らかにフィニッシュを狙うアーツの動き。やはりバランス感覚が戻りきっていないバンナはアーツとの揉み合いで体勢を崩してマットに両手を付く。しかしこうした時間の推移の中で、徐々にバンナの感覚は回復してきたのかも知れない。
 頭から入っていくバンナを引き込もうとしたアーツが体勢を崩してロープに詰まる。バンナの肉体のパワーがこの状況を生みだしたわけだ。おそらくアーツにはこの距離が自分にとって危険な距離であるという認識はあったに違いない。膝蹴り等を使って、距離を作り直そうという動作も見せた。しかし、ポジションを入れ替えるゆとりは、ついぞやってこなかった。

試合写真 試合写真
 左右のパンチを振るって突進するバンナのプレッシャーに、パンチで対抗しようとしたアーツ。その顔面にバンナの左フックがグシャリと命中する。アーツの身体が真横に折れ曲がるように崩れていった。焦点の合わない目で立ち上がろうともがくアーツの姿が衝撃的な印象を伴って場内のワイド・スクリーンに映し出される。神経が麻痺しているのだ。まるで金縛りにあったように、ままならぬアーツの肉体。
 一撃で沈みかけたバンナが、一撃で逆転、公約通りに王者アーツを沈めてしまった瞬間であった。

 


 
試合写真 ーツは敗戦の言い訳をしない選手である。しかしさすがにこの敗戦はよほど悔しかったと見え、「最初のバンナのダウンの後、レフェリーが自分にニュートラル・コーナーに行け、と指示してる間カウントは止まってた。あれが無ければあの時点で終わっていたんじゃ...」と何度となく繰り返す。「でもいいんだ、負けてしまったことは確かだし、だからといって『バンナは大したこと無かった』とか、そんなふうなことを言うつもりはない。(優勝に向けて、)彼にはがんばって欲しいと思ってるよ。」
 最後のシーン、バンナのパンチにパンチで対抗しようとし過ぎていた面は無かったですか?「そういうミスを犯した可能性はある。でも正直よく覚えていないんだ。VTRを見直して研究し直さないと。」
 「負けるということは問題じゃない。勝ち続ける中にこういうことが起こると、自分の気持ちを引き締めるいい機会にもなるから。この前マイク・ベルナルドに負けたときも、その後彼を2度倒してるしね。」
 つまりこの発言は「バンナにも同様にリベンジするぞ」という次へ向けてのアーツの前向きな決意表明と取ることもできる。またしてもここにK-1流のドラマが始まりそうな予感が漲っている。

 勝ったバンナは王者アーツを倒した興奮と高揚を引きずったまま、準決勝のホースト戦に向かうことになった。そしてまさしくそのヒートアップした精神が彼の足許をすくうことになる。トーナメント戦の難しさを象徴するようなもう一つのドラマが、この1時間後に幕を開けることになるのである。

(高田 敏洋)

 

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取材:高田敏洋、中村直子  写真:井田英登

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