「“K-1 vs BOX”異種格闘技戦の開幕」
Text By 高田 敏洋 & 井田英登
試合は始まらなかったとすら言ってもいい。
開始早々、両者殆どパンチも出し合っていないところで、バッティングによりフォーチュンが額から出血。一旦は再開されたものの、出血が止まらないということで結局開始1分あまりでこの試合はノーコンテストとなってしまったのだ。
「非常にイライラしてます。1年ぶりに日本のリングに上がって、その間の自分の成長ぶりをみんなに見て貰おうと、しっかりトレーニングも積んできたというのに」
浮かない顔でベルナルドは、試合後のインタビューに答えるしかなかった。
「この後南アフリカで一戦、その後フィンランドのヘルシンキで(ボクシングの)タイトル防衛戦を予定してます。私がファイターとして名前が出たのはK-1の舞台ですから、K-1が何より大事な場所あるというのは変わりません。ですがそれ以外での世界でも、どんなファイティング・スタイルの世界でも、K-1ファイターはトップ・クラスで闘えるということを示したいんです。佐竹は今シュート・ファイティングの世界で闘ってるみたいですが、僕もボクシングの世界で、マイク・タイソンやレノックス・ルイスと闘える自信がある。」
この試合がベルナルドの言うように、K-1ファイターvsボクサーの異種格闘技戦であるという構図が明確になったのは、その後ジャスティン・フォーチュンのインタビューが行われた時だった。
ベルナルドはタイソンと闘っても勝てると言っているが?と質問されたフォーチュンは、思わせぶりにセコンド達と目配せしながら、一言こう吐き捨てた。
「それってマジメに言ってんのかね?」
さすがに試合が不本意な形で終わったことには謝罪したものの、フォーチュンの態度からは常に自分はボクシングという世界一のメジャー格闘技の選手である、といったプライドが見え隠れする。
「別にベルナルドに敵意があるわけじゃないがね、全然レベルの違う話だよ」
ではベルナルドの動きはまだキックの選手のそれであって、ボクシング選手にはなりきれていない?という質問にも、彼の舌鋒は峻厳なままであった。
「なってないね。」
選手は互いに軽く拳を交えただけで相手の大方の実力を感じ取れる、という話がある。だが果たしてあの実質数発にも満たない探り合いの手数だけで、本当にフォーチュンはベルナルドの実力を測定し切れたのだろうか?
身長193cmのベルナルドが自分でも語っているように“腹筋が割れるほど”キッチリとトレーニングを重ねてこの試合に臨んでいたのに対し、178cmのフォーチュンの体重は113kgとベルナルドを6kg近くも上回っていた。しかもそれは決して筋肉のビルドアップの成果とは言い難い体型である。
たしかに世界ではキックボクシングというのは、ボクシングとは比べものにならないほどマイナーな存在である。キックの本場タイであっても、名誉と金を求める選手は“国際式”と呼ばれるボクシング界へと転向していくケースが良く見られる。キックで名が上がっただけの「お山の大将」が、いとも簡単にボクシングのトップをはれるなぞおこがましい、という思いがフォーチュンには間違えなくあっただろう。
現に、ベルナルドをボクシングに駆り立てたのは、そうした差別意識が母国の南アフリカのマスコミで盛り上がり、K-1ファイターとして名声を築いてきたベルナルドの実力を揶揄するようなバッシングが合ったからだという。ボクシングのメジャータイトルを手にすることで、そうした周囲の雑音を封じ込め、K-1ファイターの実力を天下に知らしめたい。そう願ったベルナルドの思いを、石井館長が汲んだ結果が、ベルナルドのボクシングタイトル挑戦であり、今回のボクシングマッチ開催だったのである。
だが確かに、ボクシングという競技は高度に専門化された近代技術の集積であり、世界中の才能あるファイターが富と名声を求めて集まる。その大海の中で果たしてベルナルドの実力がどの程度通用するのか(ベルナルドが世界タイトルを獲得したWBFやフォーチュンがタイトルを持っているOBAといった団体は、ボクシング三大団体WBA,WBC,IBF等と比べれば、その権威は比べものにならないほど低い)、それは現段階では未知数の部分が多いと言わざるを得ない。だからこそこの試合はベルナルドのボクサーとしての地力を測る試金石となるべき試合であったのだが...。
奇しくも今年から世界に向け、より一層のメジャー化戦略を打ち出したK-1。ベルナルドの信念が正しいのか、フォーチュンの言うように幻想に過ぎないのか、試合後の舌戦という形でヒートアップしたK-1ファイターvsボクシング選手の「レベル論争」は、いずれリングの上で決着を見なくてはなるまい。この試合はまだ終わっていない。