特集記事

'99 フリー世界選手権大特集
トルコ大遠足日記


第八弾・「フリースタイルのカレリン」



■ 暴れる客と拳銃に手をかける警官

入場してきた村本さん レフェリング中の村本さん
▼フリー69kg級3位決定戦。入場式を何の気無しに眺めていたら、目の前を日本レスリング協会理事の村本さんが通る。村本さんはFILA公式レフェリーでもある。びっくりしていると「ぼくだよぉ」と自分の顔を指差しながら通り過ぎていった。この試合、村本さんがレフェリーを努める。3位決定戦に進出している選手は二人とも和田と予選リーグ闘った選手。そのうちの一人は地元トルコ。緊張するねえ、村本さん。無事に帰れるかしらん。なんてひやひやしたのも杞憂に終わり、無事試合は終了。村本さんのレフェリングも鮮やかでした。(^-^)

▼85kg級、3位決定戦。レスリー・ガチェス(アメリカ)vsアリ・オゼン(トルコ)。オゼンは決勝トーナメント二回戦で川合に勝った選手。ガチェスはアトランタにも出ていて、その時は7位。翌年のクラスノヤルスク(ロシア)での世界選手権でのチャンピオン。この日、満員の客席を前にして、ちょっとずつ気づかされてはいたのだが、どうやら客席はアメリカ代表が嫌いらしい。(^-^;アメリカの選手と言うだけで文句無しにブーイングが飛ぶ。さらに、この試合はアメリカの対戦相手は地元トルコだ。これは荒れるな〜と危惧していたら案の定。

警官隊に取り押さえられる客 ▼6分が終了し、4−2のテクニカルポイント差で星条旗をあしらったレスリングタイツをはいたガチェスの腕が上げられると、地鳴りのようなブーイング。と同時に、カメラマン席に座っていた私の真後ろでドタドタと何かが転げ落ちてくるような気配が。振り向くと、最前列に一列に並んでいた警官がいっせいに立ちあがり、数人の客を押え込んでいる。その後ろに立つ別の警官は腰についている拳銃が入ったホルスターに手をかけて客席を睨み付けている。ぼ、暴動だぁ〜〜(*_*)

▼一人二人警官に押さえられたくらいでは、トルコ国民の気持ちは治まらない。なお執拗に判定に不服の意を表す抗議の怒号が上がる。そして、感情のほとばしりがどうしても押さえ切れず、体が動いてしまう人があちらこちらに続出。そのたび、客席最前列と中ほどあたりに一列に配備された屈強な警官に取り押さえられ、つまみ出される。サッカーで暴れる客はフーリガン。レスリングで暴れる客のことはなんと言うのか?



■ 130kg革命、フリースタイルの部

青いタイツがニール ▼130kg級決勝戦。ステファン・ニール(アメリカ・写真右)vsアンドレイ・シュミリン(ロシア)。それぞれの身長がニールが196センチ、シュミリンが190センチ。なのだが、ニールが130kg級としては珍しくアンコ型ではなく、すらりとした体型のためかそれ以上の身長差に見える。それでも二人とも本当に大きい。ゴールデンウィークのころ、全米選手権を見て帰ってきた太田章氏から「130kg急にすごい選手がいるよぉ。ものすごいスピードとパワーのタックルだよ。エリクソンがタックルされるたびに悲鳴を上げていたよ。」と話してくれた選手がいる。それが、130kg級決勝に登ってきたステファン・ニールだった。

▼1976年10月9日生まれ。世界選手権の開催中に23歳の誕生日を迎えた。今年4月にカルフォルニア州立大学ベイカーズフィールド校を卒業したばかり。サン・ディエゴ高校在学時から「将来有望な選手」とバウムガートナー(ロサンゼルス五輪100kg以下級金メダル、ソウル五輪130kg級銀メダル、バルセロナ五輪金メダル、アトランタ五輪銅メダル。世界選手権チャンピオンにも3回ついている。)からお墨付きをもらっていたのだが、戦績が安定してきたのはここ2年ほど。そして99年、全米選手権でトム・エリクソンにタックルで悲鳴を上げさせ完勝し、初めて全米代表に。パン・アメリカン大会では98年世界選手権王者のアレクシス・ロドリゲスを吹っ飛ばし、世界選手権に来てからも予選リーグ一回戦の相手を失神させて担架で運ばせるという有り様。これがすべてニールの得意技・両足タックルだけが招いた結果だ。130kg級というのは、さすがに外国人でもそれ以下の階級と比べるとスピードという点で見劣りがするのが普通だ。すぐにねっころがってゴロゴロしてひっくり返して、という試合展開ばかりというイメージが強い。そして実際にそうなってしまうことが多い。が、ニールのタックルはそんな試合を受け付けない。

シュミリンに両足タックルをかけるニール ▼長い手足が邪魔に見えるほどニールは屈んだ姿勢をとり、低い位置からタックルを狙う。踏み込むようで安易にはこない。ステップを不規則にし、フェイントをかけるようにして、微妙にタイミングをずらしたタックルがシュミリンの下半身を襲う。このタックルのために殆どのレスラーがお尻からズドン!とマットに叩きつけられて3ポイント以上のテクニカルポイントを失っている。しかし、シュミリンはさすが緻密なロシアレスリングの流れを汲む。あの速くて重いタックルを切って見せた。タックルを切りきれないときには体を翻し、失点を1ポイントのみに堪えてみせた。いつもと勝手の違う試合展開にニールも戸惑い気味のようだ。セコンドのコーチからしきりに「ステファン!」と声が飛ぶ。リラックスしろとアドバイスがされる。素直にその言葉を耳に入れている様子のニール。

シュミリンに両足タックルをかけるニール ▼第2ピリオド開始。ニールを戸惑わせたシュミリンのテクニックも第1ピリオドまでしか耐えられなかった。第2ピリオドにはそのパワーに耐えきれなくなり、次々とタックルが決まり始める。いったん、グランドになれば技が多いシュミリンが圧倒的に有利なのだが、スタンドでいる限りニールの優勢は揺るぎない。そして、タックルの回数が増えるにつれ、会場もその画期的な130kg級の姿に静まり返る。6分が終了し、初めての世界選手権でチャンピオンベルトを手に入れることが決まったニールは大きくガッツポーズ。コーチがニールに両足タックルで飛びつき、試合とは逆に、ニールがそれを受けてひっくり返った。カレリンが引退間近な今、重量級に新しいスター誕生の瞬間だ。

▼楽天家で、ふだんから笑みが絶えないというニールは、高校時代に「シドニー五輪が終わったら、NFLにチャレンジしたい。」なんて言っていたらしいが、頼む!NFLにチャレンジしてもいいから、その前にUFCに出てくれ!


 

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レポート&写真:横森綾