特集記事

'99 フリー世界選手権大特集
トルコ大遠足日記


最終回・「次も行こう!」



■ 点滴は気持ちいい

▼130kg級の表彰式が終わり、会場を引き上げる。あまりにも調子が悪いので、チームドクターの中島先生に点滴を打ってもらおうと選手宿舎になっているホテル・スタッドへ。中島先生の部屋に向かうためにエレベータに乗ると、アメリカチームの選手と乗り合わせた。世界選手権の後には、その大会に参加した人(選手、コーチ、役員、時には報道関係者も)すべてが参加する晩餐会が催される。それに参加するかどうかを話題にしているのだ。アメリカチーム来てくれないかな。具合が悪いからバンケットに出るのを止めようと思っていたけど、ステファン・ニールが来るのなら写真撮りに行く、と思っていたのに「バンケット行く?」「いや、いかない。」なんて話している。なんだぁ。アメリカチーム来ないの?そりゃ、あんなにブーイング受けたら気分悪くて行く気なくすよな。

▼点滴打ってください〜と中島先生にお願いしに行ったところ、中島先生と同室の安達コーチがバンケットへ行くためスーツに着替えているところ。とりあえずバンケットに出てから点滴を打ってもらうことになる。取材用の汚いジーンズにスニーカーなんですけど、こんな格好で行ってもいいのでしょうか?(^-^;でも、頭がボーッとしていて判断力が低下しているのでそのまま会場へ。

バンケット会場全景
▼このホテルにこんな場所があったのか、と驚くようなパーティ会場。1階の正面奥にはバンドが座っていて、その前には演台。FILA役員がコの字型に座るように白いテーブルクロスのかかった席がしつらえてあり、そのテーブルの上にはコース料理を待ちうける食器群。2階は真ん中のあいた中二階のような格好で、1階からは螺旋階段で上がる。1階も2階も、丸や四角のテーブル席がいくつもあり、それぞれの国ごとに思い思いにまとまって座っている。すべてのテーブル中央には花が飾られ、ワイングラス、いくつものフォークとナイフ、スプーンが運ばれてくる料理を待っている。

▼レスリングは格闘技で野蛮、と頭から思い込んでいる人がいるかもしれない。それでも、本部はスイスのローザンヌにあり、ヨーロッパが主導権を握る形で進行している国際レスリング連盟は、知力と体力の双方を併せ持つ優雅さを推奨する。だからって、このバンケット、アナウンスがすべてフランス語というのはきつい。通訳はあってもトルコ語で、英語に直すという発想無し。そういえば、ルールもまずフランス語で作られているなあ。どうやら今大会の最優秀選手賞が発表されて表彰されるらしい。受賞者はドイツのアレキサンダー・レイポルド。カメラの前では相変わらずポーズをとりなれている。

▼以前、協会から支給されたというそろいのシャツとスラックス姿でバンケットにのぞんだ日本チームの選手たち。次々と料理が運ばれてくるのだが、口があわないようで、川合を除いて目の前の料理があまり減っていない人が多い。私も、風邪引きでぼーっとしていて料理を食べるどころじゃない。フルーツジュースを飲むのがやっと。このままでは、次に何をしでかすか分からない。(^-^;何か動いておかねば、と、結果はどうあれ、試合が終わってリラックスしている日本選手の写真を勝手に撮り歩く。

田南部にいたずらする小幡。右端は川合 自称「犬猿の仲」の和田と小柴
▼所属が同じ小幡と田南部が仲良く並んで座っている。130kg級と54kg級。大きさがふたまわりは違うな。写真を撮ろうとしたら、小幡がまた、田南部にいたずら。小柴、和田と並んで座っているので一緒に撮ろうとしたら「犬猿の仲ですから。」と笑いながら身を反らす和田。嘘ばっかり。一緒に遅刻してくるくらい仲がいいでしょーが。3位決定戦と決勝の選手を当てる賭けは和田が二つ勝ち越しだそうで、ビール二杯を奢らねばならないのだとか。130kg級は私の一人勝ちだと主張すると「わかったよぉ。」と小柴。しかし、具合が悪かったので折角の祝杯を辞退する。食欲の衰えない川合に、石嶋が隣から「これも食えよ。」と自分の皿も渡す。すると川合、ペロリと平らげる。なんでも、このホテルの食事を朝・昼・晩と試合前から最終日まで、一食も欠かさずに平らげたのは選手では川合だけだったそうだ。

ご飯を食べる川合と石嶋 ▼バンケットも式典が終わり、バンド演奏が激しくなってくる。このあと、ダンスパーティのようになるのだそうだ。日本チームは二次会用に中華料理店に予約を入れているそうで、そちらへ移動するのだとか。私は体力の限界が近づいており、再度、中島先生に「点滴打ってください〜〜」と訴える。点滴を打ってもらうため、中島先生を待ってホテルのエントランスでエレベーターが来るのを待つ。日本チームの選手たちとはここでお別れ。小柴は「(日本に帰ったら)子供の人見知り始まってたらどうしよう。すっごい悲しい。ショックだよぉ。」と既に親バカ体勢に入っている。「それじゃ、また東京で。」と選手たちと挨拶をして別れる。

▼ようやく点滴を打ってもらうことになる。中島先生が点滴を打つために準備に取り掛かる。まず、部屋にかかっていた絵を取り外し、額縁を引っかけていた釘に点滴のボトルから出ている紐を引っかける。それで高さを確保し、点滴が落ちてくるようになる。次に、止血帯の代わりになるものを中島先生が探す。「レスリングの選手はみんな血管が浮き出ていて止血帯が要らないから、持ってこなかったんだよね。」かばんの中を掻き回して、包帯を取り出し腕にきつく縛る。親指を中に入れてぎゅーっとこぶしを握り、ようやく血管が浮き出てくる。体脂肪率がレスリング選手の倍は軽くあるので血管が浮き出てくるのにも道具が要る。ちなみに、レスリング選手は体脂肪率が10%もあるかないかくらい。低い人は5%切ったりするらしい。点滴が入り始め、気持ちよくなって眠りこける。私が点滴を打ってくれなんて頼むものだから、コーチ陣はみんな二次会の中華料理店に行ったのに、ホテルから出かけられなかった中島先生は(ごめんなさいm(_._)m)ホテル1階のラウンジでアメリカやドイツのチームドクターと情報交換していたらしい。どちらも、計量後に何人もの選手に点滴を打ったのだとか。点滴を打つことをあまり薦めない内科の先生もいるが、なににせよ程度の問題だから、と中島先生。

▼12時前くらいに目覚めると、もう少しで点滴が終わるところ。二次会が終了したらしく、安達コーチ、伊藤トレーナーが帰還。部屋に入って点滴を打ってもらってる私の姿を見るなり「これは写真を撮っておかねば」とカメラを構える伊藤さん。(^-^;柔道の世界選手権の中継をテレビで見て、田村亮子が優勝したのを見届けてからタクシーで自分が泊まっているホテルへ戻って荷造りをする。

■ 10月11日 アンカラ〜イスタンブール〜東京

▼ 朝7時半。T新聞さんのタクシーに便乗してアンカラ空港へ。アンカラに着いたときは真夜中だったので気づかなかったが、空港まで立派な道がでーんと貫いていて、その周りには集合住宅や大規模店舗が点々と見える、まるでどこかで見たような景色。トイザラスのお馴染みのロゴがにょきっと見えて驚いたり。空港近くなって、暇そうな検問を通過するときに警察官がタクシーの運転手のおじさんに窓を開けさせ、お金を渡していた。いったいなんだろう?と不審がると、運転手はたばこを吸う真似をする。おまわりさん、たばこを買ってきてくれと頼んできたらしい。

▼フランクフルト経由で帰国するT新聞のお二人を見送ったら、ちょうど太田章さん、安達コーチ、中島ドクターがアンカラ空港に到着。三人が荷物を預けてから空港内の売店でお土産物を物色。魔除けの目玉グッズをいくつか購入。朝、着いたときは閑散としていた空港がだんだん賑やかになってきた。私も乗るイスタンブール行きにはやっぱりたくさんの人が乗るらしい。「出国」のスタンプを押してもらい、搭乗。空港ロビーではたくさんの人がいたのに、中に入ると飛行機を待つ人があまりにも少ないのに驚く。本当にここで待っていてよいのか不安になる日本人一同。(といっても4人)しかし、飛行機に乗ってみたら村本さんを発見。通関を通らずに国内線扱いでこの便に乗ってきたのだそうだ。

▼イスタンブール空港でまたしてもお土産を物色。Turkish Delightと書かれたお菓子をいくつか購入。試食品を口に入れたところ、ボンタンアメをもっと甘くしたような、ゼリーのような不思議なお菓子。濃厚な味でたくさん食べるのはヘビーだけれど、結構おいしい。お茶やコーヒーと一緒だとちょうどいいかな。他の人たちはトルココーヒーやスパイスの詰め合わせを購入。売店のお姉さん、かわいい顔をしてものすごくキツイ商売人。コーヒーを一缶だけ買おうとする中島先生に三つ買えとしつっこく勧める。「かわいい顔してすごいなあ。」と感心する中島先生。そのころ私は、大きなリュックをしょってうろうろしていたら、空港職員らしきおにーちゃんに「ニホンジンデスカー?」と声をかけられ、びっくりすると「ハイ、ソウデス。」と返事まで言われてしまっていた。

▼村本さんが有料ラウンジを借りてくれてそのご厚意に甘えて飛行機の時間までゆっくりする。そこで村本さんの「レスリング日本応援団計画」の野望を耳にする。イランの応援団が、どこの国の大会でも「イーラーン、イラン!」とリズミカルに大合唱するのが羨ましいらしい。日本はぜひ、景気の好い阿波踊りをアレンジして対抗しよう!とぶち上げる村本さん。踊る阿呆に踊らぬ阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃソンソン!ですか。

▼何時間も待ってようやく東京行きのトルコ航空に搭乗。狭いエコノミーの二人がけの座席に、安達コーチと体の大きい太田章さんが隣り合わせになってしまう。安達コーチは普通の人サイズに近い体格だけど、太田章さんは現役時代に既に90kg級。現在は当然それより大きいわけで、とっても窮屈そう。この状態で一昼夜座り続けるのは厳しい、ということで、三人がけの座席に二人しかいない状態でゆったり座っていた私が太田さんと席を代わることに。しかしこの席、機内放送のイヤホンがすっかり壊れてしまっており、娯楽がない状態になってしまう。安達さんは「頭にきた!これで12時間もどうすりゃいいんだ。酒飲んで寝る!」と宣言。

▼宣言通り、ドリンクサービスはすべて酒を頼んで眠りこける安達コーチ。私もさすがにくたびれていたらしく、食っちゃ寝、食っちゃ寝を繰り返す。夕ご飯、夜食、おやつ、朝ご飯と食べ終わったところでもうすぐ成田に到着とのアナウンス。顔くらい洗った方が本当は良いのだろうが、もう面倒で顔すら洗わないまま成田に着陸。飛行機から降りて、入国審査。スタンプをポンと押してもらう。荷物はすべて手荷物なので、トランクが出てくる村本さん、太田さん、安達コーチ、中島先生に挨拶して一足先に京成線へ。ホームに降りて、電車待ちの間に烏龍茶を買い、一口飲む。日本チームは13日に帰国。迎えに来てあげたいけど、できないなあ。世界選手権に行ってきたから、いろいろスケジュールにしわ寄せが来ているし。この世界選手権、日本チームの結果は残念だったけど、本当に行ってきて良かった。レスリングが面白くて仕方なかったし、闘うことの真髄を見ることが出来たように思うし。いろんな意味で厳しい取材だったけど、楽しくてたまらなかった。これは病みつきになる。また次も行こう。(完)


 

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レポート&写真:横森綾