特集記事

'99 フリー世界選手権大特集
トルコ大遠足日記


第七弾・「レスリングは国民的行事」


■ 二日酔いと風邪薬

▼今日(10月10日)も昨日に引き続き寒い。雨は降っていないものの、上着は必携。一昨日まで半袖のTシャツで平気だったのが嘘のようだ。前夜、モンゴルチームと一緒に飲んだ「チンギスハン」というモンゴル・ウォッカが体力の低下のせいもあってちょっと残っている。朝、バス待ちのときにグルジアチームのコーチに「昨日の夜ウォッカを飲んだら、ちょっと頭痛い。」と言ったところ、「え?ウォッカ飲んだの?」と驚かれる。バスが時間になってもなかなか来なくて、待ちぼうけをさせられる。そうしたら、グルジアチームが借りてきたレンタカーに乗せてくれた。乗ったらBMWだった。(^-^)V

ローリングされる川合川合の決勝トーナメント二回戦。気分はもう、決勝戦まで行っている感じ。私も、T新聞のカメラマンのHさんも、川合がトルコの民族衣装を着たお姉さんに先導されて歩いてくるものだとばかり思っている。川合の二回戦の相手はトルコ。昨日以上に午前中からヒートしている客席は当然トルコの応援。そうか、日本でバレーボールの試合のとき、アメリカやロシアはこんな気分で試合をさせられているのか。と、自分たちが敵役にされた心境を感じ入ったりする。

▼健闘するのだが、3ポイントに追いつかず川合は惜敗。でも、ベスト8取れてるし、シドニー五輪枠が一つだけだけど取れたし、となんだかホッとしている自分が意外。世界選手権前は、選手が厳しい予測を自ら立てていたにもかかわらず、取らぬ狸の皮算用よろしく、ベスト8に巧く行けば3階級くらいは……なんて思っていたくせに。日本チームのほかの選手たちも「よかったよなあ、ゼロにならなくて。」と少し気分が楽になったみたい。それでも、悔しそうだけどね。

▼お昼前にT新聞さんと一緒に高田強化委員長の話を聞きにいく。部屋についたら強化委員の土方さんが高田さんのゴルフスイングをチェック中。それを見て腰が砕ける。(^-^;椅子が足りないし場所が無いから、とマッサージ用の台を片付けてくれて、座る場所を作ってくれた高田さん。堰を切ったように喋り出す。高田さんもやはりストレスが溜まっていたのが、川合の最終結果5位入賞で、ちょっとガス抜きになったのか、こちらで促さなくてもどんどんことばが、ぼやきが出てくる。(^-^;「俺だって、フレンドリーにしたいよ。でも、ずーっとこれでやってきて、イメージチェンジは簡単にやれないよ。」立場は違えど、苦悩しているのにはかわりないようで。

▼宿舎から引き上げるときに中島ドクターに風邪薬を下さい、とお願い。どうやら、急激な気温の変化と体力の低下、その他もろもろで疲弊した結果、風邪をひいたらしい。なんだか頭がボーッとする。風邪薬と、胃をいためないための薬を出しながら「なんだったら点滴打ちますか?(選手が使ったのと同じものが)まだ残ってますよ。荷物が減るから使ってもらってかまわないですが。」と言ってもらう。とりあえず、その時点ではそこまで具合悪くなかろう、と思い込んでいたので薬だけをもらう。


■ 腰周りの金塊

▼ T新聞のお二人と一緒に食事と観光へ。よく考えたら、観光らしい観光してないよ<自分(^-^;ファミリーレストランのようなところでお昼を食べる。当たり前だけど豚肉料理はなし。開放的で、ビールも普通に飲めるから忘れがちだが、ここはイスラム教の国。それからスポーツショップで買い物。高木さん、上下そろいのウェアを買う。日本で買うと2万くらい。でも2000円くらいで買えちゃう。こっちは判断力が極端に鈍っているため、何も買う気が起こらなかった。

町中いたるところに体重計がある。ヘルスメーターを置いて、おじさんにお金を渡して測るものと、コインを入れて上から覗く自動のタイプがある。自動のタイプのものにTさん乗ってみる。「腰のまわりの10kgの金塊が…。」と呟きながら乗ると、上からは「90」という数値が見えたらしいが、目の錯覚ということにしていた。ちなみに、Tさん、学生時代は69kg級のレスリング選手だった。

城塞跡 ▼城塞あとへ行く。だんだん下町っぽい雰囲気に。子供の服装などあからさまに違う。途中、洗濯物を干しているところを見かけるが、全然脱水していなかった。干した洗濯物から水がぼたぼた零れている。乾燥しているからかなあ、と思って庭先においてある洗濯機をよく見ると、一層式で手動のローラーがついている洗濯機。郷土資料館でしか見たことが無い旧式の洗濯機だった。


市場の果物売り
▼城塞跡から市場を抜けて街の中心地に戻ってきたところでT新聞の二人と別れ、川合のコメントをとるためにふたたび選手宿舎へ。日本チームの選手たちが軒並み気晴らしに出かけている中、川合は一人で部屋に。ちょっと聞き始めると、次から次へと言葉が溢れてくる。人格改造((c)Tさん)された川合、まったく喋ってもらえないよりは嬉しいのだが、一方的に喋られて終わってしまう。(^-^;

■ 大統領とドガン(58kg級)

トルコ大統領 ▼コメント収録後、自分の荷物を整理するためにホテル・イチュカーレへ。とり終わったフィルムカーットリッジ、カセットテープなどを整理し、定期バスで再び会場へ。会場に入れば昨日以上の超満員の客席。最終日、10日の午後は58, 69, 85, 130kg 級の3位決定戦、決勝戦。マットサイドのカメラマン席へ行こうすると、たくさんの警官が整列している。どうしてこんなに物々しいのか?と不思議に思っていたが、その理由はのちほど判明。カメラマン席の向かいに、大会役員席があって、その中央に赤いベルベットのようなもので覆われた豪華な椅子が二つ置いてある。初日から、あれはいったい、誰のための貴賓席なんだろう?と訝しく思っていたのだが、この謎は最終日になって解けた。トルコの大統領のお出ましだったのだ。日本だと小渕さんなんだろうけど、現れただけで客席はこんなに熱狂してくれないよな、たぶん。

▼58kg級決勝戦は因縁の対決。ハルン・ドガン(トルコ)vsアリ・レザ・ダビエール(イラン)。実は、去年の世界選手権でも58kg級の決勝戦は同じ顔合わせ。ちなみに、去年の開催地はイランのテヘランだった。98年の世界選手権では延長戦まで戦ってもテクニカルポイントが2−2のまま差がつかず、パッシブの数でDabierの勝ち。今年はドガンの雪辱なるか?

▼格闘家らしい顔つきのドガンと、まだあどけなさの残るダビエール。ダビエールは97年、ジュニアの世界チャンピオンになると翌年には世界選手権でチャンピオン。彼の国際成績のデータを見ると、ほとんどが「1」という数字ばかり。一方、ドガンはカデット(ジュニアより更に低年齢の区分)のころから国際大会に出場し、ずっと世界のトップレベルにはあるのだが、なぜか世界選手権のチャンピオンには縁がない。

トルコの応援
▼ドガンの一挙手一投足に一喜一憂する観客。彼の体の一部であるかのように試合に呼応して客席が波打つ。トルコの国旗がはためく。国旗が振られ、「トゥルキエ!」と聞こえる声援があがるたびにドガンの力強さが増していく。試合時間の6分が終了したとき、ドガンは3−0で勝利した。雪辱を果たした彼は一般客席に向かって宙返り。勝者として腕を上げられた後、マットを降りるとトルコ国旗を客席に掲げてみせる。満面の笑み。


トルコ国旗を掲げるドガン 大統領に表彰されるドガン
▼58kg級表彰式。世界選手権の表彰台で、初めて一番高い位置に上がったドガンは胸に右手をあてて左右を見回しながらほほえむ。その彼に、トルコ大統領がみずからメダルをかけ、チャンピオンベルトを授ける。ドガンは花束を受け取り、再び満面の笑みをもってトルコ国旗が一番高いところに掲揚されるのを見つめる。客席もともに歓喜の面もちで国旗を見つめる。掲揚が終了すると、クィーンの「We are the champion」がかかる中、一般客席前の通路を通って退場していく。再びドガンを大いに讃える観客席。理屈じゃない。相手が憎い感情なんて無い。同じ国の人が勝つのが嬉しい。それだけのことなんだ。


 

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レポート&写真:横森綾