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'99 フリー世界選手権大特集
トルコ大遠足日記


第六弾・サイキエフ vs レイポルドに魅了!


■トウモロコシとピンズ

トルコの国旗を振って応援する子ども
54,63,76,97kg級の3位決定戦、決勝戦が始まるので会場へ。まだ小雨が降っており、吐く息が白くなるくらい冷えている。会場入り口の一般チケット売り場には長蛇の列。会場前の屋台で売っている茹でトウモロコシを買う小柴と矢山。さっそく口にして、ちっともおいしくなさそうな顔で「うまい!」と叫ぶ。どんな味かと聞くと「なんだか弾力が強くてぐにゃぐにゃとゴムみたい」と矢山。「でも、慣れると旨いかも。」とまだ言う小柴。

▼ゲートをくぐって会場に入ると、場内には驚くほどの数のお客さんが入っている。記念Tシャツ売り場の前には黒山の人だかり。プレスルームへ行くと、3位決定戦以上に出場する選手のプロフィール、戦績がリーフレットになっておいてある。プレスルーム係のメガネをかけたおじさんが、私の顔を見ると近寄ってきて、リーフレット数種類を束ねて「これで全部だよ」と渡してくれた。その中で一番厚みのある書類のページを繰る。書式はバラバラだけれども、それぞれの選手のフルネーム、生年月日、身長体重、所属、職業、果ては趣味や民族的背景などまで書いてある。また、今までの国際大会での対戦成績も一試合ごとに記載されている。お見事。日本ではもらったことが無いほど詳細。こういうデータがあると取材する側としては非常にありがたい。

▼会場係で、プレス担当(らしい)ちょっと頭のはげたおじさんに、お昼に選手が赤石コーチからもらったJAPANと入ったピンズのおすそ分けからプレゼント。すると、お返しに大会記念ピンズとトルコレスリング協会のピンズをもらう。大会記念ピンズは昨日、おっかない顔のおじさんからもらってプレスカードにつけてあったので、それは一緒にいたT新聞のカメラマン、Hさんにプレゼント。実はこの大会記念ピンズ、日本チームの選手もまだもらっていないらしく、昼間に私のプレスパスにくっついているのを見て「あるところにはあるんだ。」と羨ましがられたという代物。(^-^)V

三位決定戦以上の入場の様子 ▼スピーカーから、エキゾチックかつ勇壮な音楽が鳴り始める。その曲にのってトルコ語の歌が流れ始めると、応えるように歓声が湧き起こる客席。3位決定戦以上の試合は、試合ごとにトルコの民族衣装を着たお姉さんが先導して入場式がある。お姉さんの後ろに赤コーナーの選手、コーチ、青コーナーの選手、コーチ。そして審判団。そのまた後ろにはもう一人トルコの民族衣装を着たきれいなお姉さん。マットの片端に一列に並び、赤、青コーナーの選手とコーチの紹介、審判団の紹介がまずトルコ語、それから英語でアナウンスされる。


■天賦の才能

サイキエフとレイポルドの入場式
▼この日一番楽しみにしていたのは、76kg級決勝、アダム・サイキエフ(ロシア)vs アレキサンダー・レイポルド(ドイツ)。アダム・サイキエフは、昨年までの同階級チャンピオン、ブバイサの実弟。サイキエフ兄弟はチェチェン出身。お兄さんはひげ面だけど、アダムはまだつるんとした顔で少年風。サイキエフ(兄)はその独創的なレスリングで有名。彼に定石という言葉はない。窮地に陥ったと思われるような場面でも、慌てず騒がず技を繰り出す。「天才」というのはサイキエフのことを言うのだろう。それは弟にも言えることらしく、「こっから河津だったっけ?」と言いながら日本チームの選手たちがアダムの試合を部屋でおさらいしていた。レスラーも憧れるレスリング。だから今日の昼だって、選手宿舎のホテルのロビーで「サイキエフのサインが欲しい」と子供が待つという人気。

サイキエフを投げるレイポルド ▼積極的に前に出るレイポルドと、それを鮮やかに捌いていくサイキエフ。闘うというのは、精神の一点をぶつけ合うこと。だが、その行為は容易ではない。自分の心を一点に集中させることがまず難しい。さらにそれを肌が触れ合っている相手にぶつけるというのは至難の技。自分がどう見られたいとか、相手をどうしようかではなくて「レスリングで勝利する」行為に集中すること。禅寺で修行している禅僧は、修行するうちに脳みその部分部分のみを使うことを憶えるという。掃除のときには掃除の、読経のときには読経の、座禅のときには座禅をするために使う脳の部分だけを効率よく使うことを憶えるという。レスリングだけに脳を使う瞬間を持つことが出来る二人の争い。トップに就くことの出来る力と技術と運を兼ね備えたものだけが見せることの出来る空間。その極限の中で現れる閃きに、凡人である観客は魅入られる。


サイキエフ(赤)とレイポルド(青)
▼そして勝利はアダムの手に。表彰台の一番上には、シニアでは初めて世界の頂点に立つアダム・サイキエフ。1位から3位の選手に賞状とメダル、そして1位の選手にはチャンピオンベルトが。2位のレイポルドは撮影慣れしており、しっかりポーズを取る。個人の公式ホームページをもっているくらいだからね。サイキエフはなんだか所在無さげ。試合のようにはいかないようだ。サイキエフの腰にはチャンピオンベルトが巻かれている。世界選手権にはチャンピオンベルトがある。五輪にはこのベルトは無い。いいなあ、やっぱり「チャンピオン」と言うからにはベルトがかっこいいなあ。



 

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レポート&写真:横森綾