---

中迫地獄変、死線の彼方に何をみたのか

---

　
　大会前から「俺に負けたらそのチャラチャラした金髪を剃れ」と大石は中迫に宣戦布告していた。この挑発にも例によって馬耳東風といった印象の中迫だったが、いざ対戦が実現してみると、今日の中迫にとっては髪の毛の心配をしているどころではない切羽詰まった状況になっていた。絶好調でタケルのリベンジを返り討ちにし意気揚々と上がってきた大石に対し、まるで動いてくれない体を引きずるようにしてどうにか勝ち名乗りを受け、今までにないほど硬い表情で入場する中迫。

　この試合でも中迫の体は動かない。それどころかまるで蟻地獄のように精神状態がどんどん悪い方向に追い込まれていく感すらあった。第１ラウンド、中迫からは対戦相手を云々する以前に何とか自らの身体を動かそうと必死になっている様子が伝わってくるのだが、リング上では叩き落とすような右ローに繋げる大石のコンビネーションばかりが目を引く。終盤に放った中迫の左ミドルの連打には、大石に向かって放たれたというより自分の身体に強引な命令を突きつけて強制的に動かしていた印象が強かった。

　インターバル中のコーナーの中迫を見ても肩で息をする強ばったその表情は普通ではなかった。考えてみれば中迫はこれまで試合中に本当に精神的に追い込まれたような経験は皆無だ。勝った５試合は全てKOであり、負けた３人、佐竹雅昭、スタン・ザ・マン、アンディ・フグは（例え本人にそんな気はなかろうと）負けた責任を問われるような相手では無かった。僅かに佐竹戦で中迫のメンタル面が決して弱くないことは垣間見られたが、この日ほど中迫の精神力が問われたことは未だかつて無い。

　しかしこの試合、まさに運が中迫に味方した。第２ラウンド45秒、踏み込んだ大石に中迫が放った右フックがクリーンヒット。大石は脚をもつれさせてダウンする。これでポイントは中迫有利となった。

　だが今の中迫に大石を仕留める程の余力は無い。逆に徐々にダメージを回復させた大石が、ラウンド後半に入って再三有効打を浴びせて中迫をダウン寸前まで追い込む。ここで倒れれば中迫の負け、立っていられれば勝ちだ。まさにこれほど精神力を問われる場面は無いが、中迫は試合終了まで立ち続けた。

　それでもジャッジの内１名は、このラウンド、ダウンを取った中迫に10-9とワンポイントしか与えなかった。それだけ後半の中迫は危なかったということだ。もし他の２名のジャッジも同様の判断をしていたら、判定は１対１のドローの可能性すら残っていた。（ジャッジ、大石-中迫で、R1：10-9、10-10、10-9、R2：8-10、8-10、9-10）そして次の対戦相手はあの巨大戦艦ノブ・ハヤシ。この日の有明は中迫にとってかつて無い過酷な茨道の連続となった。

---

結果表一覧に戻る
次の試合 :14.佐竹vsグッドリッジ