入 場してきたアーツのいでたちを見て「おっ」と思った人も多かった筈だ。「ランバ ージャック(木こり)・スタイル」それはかつて無敵と言われていた時代のアーツの
代名詞だった。
「どうして以前のスタイルで?」という質問に「んーまあ、ちょっと昔の着てみよう かと思って」とはいつも通りのアーツらしい答えであったが、少なくとも結果的には
、このいでたちが彼がかつての自信を取り戻したことを象徴する格好になった。
対する佐竹もまた、入場時の表情といいアメリカでの科学的トレーニングの結果グッ と絞られた体型といい、申し分ない仕上がりを思わせるものだった。
佐竹とアーツの試合は非常に噛み合う。これまで2度の対戦はアーツの一勝一分だが 、いずれも正面からガチンコで打ち合うけれん味の無いファイト内容で、それだけに
佐竹自身も「もう一度アーツとはやってみたかったんですよ」と戦前から語っていた とおり、それなりの自信を持って臨んだ筈である。
しかし、既にアーツは以前のアーツではなかったようだ。
戦 前のアーツの練習風景を目にした多くのファンが我が目を疑った。禁酒禁煙女人禁 制、毎日砂浜を走り込みマシンジムで歯を剥き出しにしてウエイト・トレーニングに
滝のような汗を流す。あくまで自然体にしてエピキュリアンのピーター・アーツが、 まるで修道僧に宗旨替えしたかのようだ。評論家の中には「あんなことしてたらアー
ツは体調崩して弱くなる」と冗談だか本気だか判らないようなコメントを出す者まで 現れる始末だった。しかし実際アーツの姿をリング上で見た時、その全身の筋肉の密
度がグッと上がっているのは遠目にも明らかだった。彼は本当に宗旨替えしていたのだ。
共 に体調万全の両者による試合は、予想通り激しいガチンコの乱打戦を予想させるいい雰囲気のスタートとなった。
やや判官贔屓な書き方かも知れないが、この開始時点での動きには、決して一方的な臭いを感じさせるものではなかった。佐竹のカウンター気味の右ストレートは踏み込
んでくるアーツの顔面を何度か捉えていた。だが...
「自分より背の低い相手は接近戦を臨んでくる。そういう場合にカウンターの膝は凄 く有効なんだ。」
アーツの読みはドンぴしゃにヒットする。大阪での第一回戦でもア
ーツはこの膝でシニサ・アンドレアセビッチを悶絶させた。佐竹は特別意識しての膝 対策などは用意していなかったそうで、その点を試合後に悔いることになった。俗に
「頭打たれるのは天国行き、ボディ叩かれるのは地獄行き」と言われるが、ボディに クリーンヒット受けたときの呼吸困難や言いようの無い苦悶は経験者でないと理解し
辛い。あれだけの膝を受けながらよくぞ佐竹は立ち上がれたものだと思うが、ダメー ジを引きずった状態にはもう一発は浅くなぞるようなものでも充分な効果をもたらす。
2ダウンによるTKOというトーナメントルールを佐竹もジャッジも忘れていた節があっ て、ダウンした時点で試合は終了していたにもかかわらずカウントが取られたりして
場内にちょっとした混乱を招いた部分もあったが、いずれにしても結果だけを見れば 文句の付けようのないピーター・アーツの完勝であった。
「全ッ然違います。」
K-1本戦とK−1Japanとの差を問われて、佐竹は苦笑混じりに言下にそう答えた。 「もう、ムカツクくらいに...。」その差をもっと具体的に語ろうとして結局言葉が
見つからず「なんて言うんだろう...」と続けた佐竹から、彼が実感として世界と日 本の間に広がってしまった差をひしひしと感じ取っていることを思わせた。佐竹が日
本最強であることは先のK-1Japanでも証明済み。その佐竹をしてこう言わしめる世 界のレベル...。
しかし言葉の最後に、常にポジティブな佐竹らしい言葉が続いたのがせめてもの光明 だろうか。
それはアンディに破れた宮本正明が「ごっつい壁やけど、絶対超えられへんほどのものとも思えません」と語った言葉にも通じるものだった。こういうカラッとしたポ
ジティブな現代気質がかつて正道会館の躍進を担ったことを思って、もう一度彼らの 言葉に期待を寄せてみたいものだ。
「そんなに時間が懸かるとは思わない。差は縮めなきゃね。このままでは引き下がれん!」
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