<PART3 死亡事故の波紋>
今回の死亡事故は思わぬ波紋を呼びました。UFCの前マッチメーカーで、現在K-1のアメリカ進出をサポートしているアート・デイビー氏のSEG(UFCの主催会社)社長メイロウィッツ氏あての手紙(3月19日付)がその発端です。NHB
NEWS、The New Full Contactに紹介されていたその内容を要約すると、
○UFCはそもそも「至近距離での戦闘(hand-to-hand combat)」でありスポーツではない。
○今回の事故を反省してUFCの開催を考え直すべきだ。
というものです。デイビー氏によれば前者についてはメイロウィッツ社長も知っていたはずだし、後に政治家やケーブルテレビ会社からのバッシングに対して急遽「UFCはスポーツだ」と言い始めたときも、デイビー氏はSEGの放映権のためにその考え方を支持したまでだとのこと。
この手紙はデイビー氏がUFCを去り、K-1をアメリカでプロモートしようとした矢先の出来事であり、死亡事故があったとはいえちょっとタイミングが良すぎるような気もします。K-1サイドのデイビー氏がUFCの足を引っ張ろうとしたと考えるのは穿った見方でしょうか。もっともUFCとK-1がライバル関係にあるかどうか私にはそもそも疑問ですが。
「いまさら何をいいやがる!」というのがインターネット界でのもっぱらの反響でしたが、考えてみればNHB
NEWSもThe New Full ContactもUFCを始めとしたVT、NHBを支援している立場ですからデイビー氏に反発するのも当然です。さらに氏の「裏切り者」扱いを決定的にしたのは上記の手紙をアンチNHB派の代表マッケイン上院議員にも送り付けていたことです。デイビー氏がUFCを企画立案した人間のひとりとして、現実に起きた死亡事故を絡めてUFCの危険性を訴えればその説得力は非常に大きい訳です。この手紙によってますますバッシングが強まったら...。
デイビー氏はこの手紙を送った数日後、ファンへ向けての手紙を両ホームページに発表しています。そこでいわく、
○NHBがボクシングなど他の格闘技より安全であるということはない。
○SEGの人間はショービジネスの人間であり、格闘技をよく分かっていない。
として、デイビー氏が受けていたマッチメイクの失敗という批判も、最終判断は皆SEG幹部のもので、以前から視聴率重視の人選を行っていたからだとしています。
デイビー氏の発言については各方面から反論が挙がりました。
NHB NEWSにはモーリス・スミスのコーチであるカーク・ジェンセン氏が非常に強い調子で以下のようコメント(3月23日付)を寄せています。
○どんなスポーツにも危険はある。
○UFCで死亡するリスクはボクシングより少ない。
○薄いグローブしかつけないUFCでは拳を痛める危険があるためボクシングほど強いパンチが打てない。
○UFCではボクシングと違って「タップアウト」により自ら負けを選ぶことができる。
さらにデイビー氏に向かって「デッジ選手の死をもってUFC取りやめを訴えているらしいが、最近カリフォルニアでキックボクサーの試合中の死亡事故が起きたことを知ってもキックボクシング(=K-1)のプロモートを続けるのか?」と問い掛けています。
また 現UFC重量級チャンピオンのランディー・コートゥアは;
○UFCは初期には野蛮な流血テレビショーだったかもしれないが、すべてのスポーツと同様、進化してきたのだ。そして選手の安全を考慮したルールの改善により、非常に可能性のあるスポーツとなった。これはレスリング、柔道、ボクシング、テコンドーといったオリンピックスポーツの集大成ともいえるものだ。したがってUFCがスポーツでないというのは間違っている。
とのコメント(3月24日付)を寄せています。
またThe New Full Contactには外科医でリングドクターの経験も豊富なジョン・キーティング氏から「NHB大会とデイビー氏がより安全だと主張する格闘技の安全性について、デイビー氏と公開討論を行いたい」との提案が4月2日付で出ています(これは実現していない模様)。
SEG自身は3月25日に「Mixed Martial Arts(MMA=VT、NHB。「ルールなしで野蛮」というイメージを払拭すべく使われ始めた言葉。直訳すれば混合格闘技。いわゆる異種格闘技戦の意)を支持するために」と題した声明を発表しています。ここでは今回の死亡事故については触れず、「MMAの概念はヨーロッパや日本、南アメリカで何年もの間安全に行われてきたイベントに基づいたものである」とし、「きちんと運営され州のしかるべき機関により認可されたMMA大会を禁止しようとするあらゆる動きに反対する」と述べています。
4月11日付のFull Contact Fighterには残されたデッジ選手の奥さんのコメントが紹介されていました。
○デッジ選手はMMAに対して情熱を持っていた。
○デッジ選手と共にMMA大会を見ることが大好きだった。
○メディアがこのスポーツを否定的に報じていることについて非常に憤慨している。
残された家族がこの悲劇を通じてMMA自体を否定するに至っていないことがこの死亡事故の唯一の救いかもしれません。 |