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kick 99・11・22 全日本キックボクシング連盟 "WAVE-XIII" 後楽園ホール

第6試合 全日本キック対世界 5vs5マッチ 中堅戦 62kg契約/5回戦
全日本ライト級王者
金沢久幸
富士魅
3R3分00秒
KO
WKAヨーロッパライト級王者
グレゴリー・トロンビニー
フランス/パンチジム
×

まさしく“女神の微笑み”



Round 1
 大会パンフレットには、金沢の身長174cmに対してトロンビニーは175cmと書かれている。ところが実際リングで対峙した両者の間にはおよそ10cmはあろうかという身長差、しかも小さいのはトロンビニーの方だ。そういったわけでライト級としては小柄なトロンビニーだが、それだけ身体には筋肉が詰まっているといった印象で、特に背中のヒットマッスルの盛り上がりはいかにもパンチがありそうな様子だ。
 伸びのある突き蹴りを持ち味とする金沢に対し、間合いの内側にまでどんどん踏み込みながら、パンチを主体に早々から突進ファイトを仕掛けるトロンビニー。金沢をコーナーに釘づけにして、顔面にパンチを集めかなりの数をクリーンヒットさせる。たまらずクリンチに来た金沢を振りほどいてリングに転がす様子もいかにもパワフルだ。


 こうしたトロンビニーの突進力に金沢は全く自分の闘い方が出来ない。
 カード発表時、金沢は「大空中戦にしたい」と語った。トロンピニーに対しては”タフな選手というのはわかっている”とコメントしたうえでの、空中戦宣言である。
 だが目の前の金沢は空中戦どころではない。踏み込んでくるトロンビニーにクリンチして、凌ぐので必死だ。

 試合後「1ラウンドの途中から記憶が飛んじゃったんですよ」と語るように、トロンビニーのパンチは既にこの段階で金沢をギリギリのところまで追いつめていた。
 ラウンド終盤には再度金沢をロープ際まで追い込んでトロンビニーがラッシュに来る。なんとか突き放そうと左の前蹴りを放った金沢だったが、その蹴りに力はなく、反対に右脚一本でバランスが悪くなったところに左フックを合わされてリング上に崩れる。ダウンだ。


Round 2
 R1の流れそのままに出てくるトロンビニーに対し、金沢は両腕で顔面を固め顎を引いてストレート主体に反撃する。この金沢のストレートがトロンビニーの踏み込み際にクリーンヒットし、よろけたトロンビニーにすかさず金沢得意の飛び膝。これはトロンビニーのステップバックで不発に終わったが、試合全体のリズムを若干呼び戻すことには成功した。
 しかしまだトロンビニーの突進が止まってしまったわけではない。距離が空けば金沢の伸びのあるストレートや回し蹴りが有効だが、そこから更に一歩距離が詰まるとトロンビニーのパンチが唸る。これをクリンチで凌ごうとする金沢をトロンビニーが腰に乗せて投げに行く。勢い余って両者共にリングサイドまで転がるが、この腰の強さもトロンビニーの基礎体力の高さを示していた。
 その後も一進一退の攻防であったが、やはり重心が低く体力のあるトロンビニーは多少攻撃を貰ってもそのままアグレッシブにどんどん前に出てくる。これに付き合ってしまうと1Rからのダメージの蓄積もあって金沢には分が悪い。


Round 3
 リズムを取り戻すために金沢が払った犠牲はやはり安くはなかった。2R後半あたりからスタミナの消耗が激しくなり、息が上がりかけている様子だ。攻めているトロンビニーの方も相当スタミナを使っているはずだが、こうした場合攻勢に立つ側と守りに回っている側とでは、精神面からもスタミナ・ロスに差が出る。
 踵落とし、組んでからの飛び膝、肘打ち、首相撲からバックに回り込んで軸足を刈って倒すなど、金沢を上回る技の多彩さを見せるトロンビニー。ムエタイとは異なるヨーロッパ特有の技術を持った、オールラウンド・プレーヤーの資質が余すところなく発揮される。
 一方金沢には最早首相撲に行っても相手を自分の正面に置いてコントロールするだけの力が残っていない。そのためトロンビニーに対して横向きになり、力任せに後方に投げ飛ばされてリングに転がる。
 このままラウンドが進み、体力を消耗していけば、金沢の勝機はますます遠のいてしまう。かなり厳しい状況になってきた、と感じていたその刹那、劇的なシーンは突然にやってきた。


 両者の攻勢がほんの少し緩んだ僅かなタイミングだった。金沢の身体がヒュン、と一回転し、そのバックハンドブローがトロンビニーの顎にこれ以上は望めないといった角度でものの見事にクリーンヒット。
 この試合、金沢は何度かバックハンドを放っていたが、それまではことごとく空振りかブロックの上からで、まさかこうした奇襲がフィニッシュ・ブローになるとは誰にも予想の付かないところだった。ところがVTRを見直してみると、それまでガードの堅かったトロンビニーがこの時だけ、緊張感の緩みにつられたかのように右腕のガードを下げていたのだ。
 一瞬の間に気を失って倒れたトロンビニーが、よろめきながら立ち上がりカウント・アウトぎりぎりで辛うじてファイティング・ポーズを取る。しかし正面からその目を見据えたレフェリーは、まだトロンビニーの意識が回復しきれていないことを確認、ここで試合をストップした。
 勝利の女神は首を傾け、微笑んだ。金沢のほうへ。

 


 
 金沢はリングに倒れ込み、号泣する。セコンド陣もリング上で涙をこぼす。
「勝った瞬間、それまで貰ったパンチのダメージがドッと来て」立っていることが出来なかったのだ。それほどまでにこの日の金沢は追い込まれていた。
「あんなに打たれたことはないです。まだちょっと頭が痛い。」

 しかし勝利の直後、マイクを握って金沢が語った言葉を耳にした観客は、この日の彼の悲壮なまでの闘いに対する思いを知らされることになった。

「自分の母親が、二週間前に、他界しました」

 3週間前にクモ膜下出血で倒れ、52歳の若さで急逝した母親の死を看取った直後の試合だったのだ。
「今日勝てたのは、あなたのおかげです。ありがとう、母さん」
 あまりにも劇的な試合の幕切れにこうした伏線があったことを聞いた後では、この試合にはそこはかとなく神秘的な印象すら漂っている。

(高田 敏洋)



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レポート:高田敏洋 カメラ:薮本直美 バックステージ:石渡知子

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