この日、会場となったロサンゼルス郊外は雨に祟られ、前日の陽気から一転、気温は10度前後にまで冷え込んだ。キング・オブ・ケージは世界でも唯一屋外で行われることで知られるユニークな格闘技イベントだが、こうした悪天候には弱い。金網フェンスで囲まれたマットは吹きさらしで雨が溜まり、選手の足元をすくう。このコンディションで戦うのは、選手にも余りにリスクが大きすぎる。打撃を出しては滑りグラウンドでもサブミッションを狙う選手がすっぽ抜けを繰り返す。格闘技というよりは水泳をしてるかのような格好で、本来なら中止もやむなしの状況だが、地元TVでのペイパー・ビュウが入っている関係上プロモーターは大会は強行の姿勢を崩さない。それでも午後5時の開始時刻にはこの雨の中、傘やレインコートを身にまとった臨戦態勢の観客で仮設スタンドのほとんどが埋め尽くされてしまった。
本来ならボクシングコミッションの厳しい南海岸ではこうしたノールールイベントの開催は絶対不可能なのだが、ロス郊外のインディアン居住区に限ってはそうしたそうした規制の手が及ばない。政府のマイノリティ保護政策の為に、ここに限ってはギャンブルもノールールイベントも公認される。そうした背景の中、西海岸で勢いを延ばしてきたのがこのキング・オブ・ケージだ。すでに大会は7回を数え、観客動員も順調。今回、虎視眈々とアメリカマーケット進出を狙うPRIDEは、キング・オブ・ケージとの提携をアメリカ進出の橋頭保に選んだ。この大会ではPRIDEでめきめき売り出し中のリコ・ロドリゲスがヘビー級のチャンピオンとして活躍しており、ケン・シャムロック率いるライオンズ・デン勢も現在ここで多数活躍している。PRIDEは提携第一段として、アレクサンダー大塚を筆頭に、デビューを控えた日本人若手二人を抜てきして送り込んだ。
一般的な注目の的は、高田道場所属の元アマレスラー今村雄介。12月の全日本選手権フリースタイル130キロ級でも優勝を果たしたばかり。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの桜庭の後輩のデビュー戦とあって業界内外の注目度も高く、この日アメリカのローカル大会取材としては異例の20人近い日本人取材陣が取材に訪れた。
そんな中、第3試合に日本人選手団の先鋒として登場したのは、昨年の全日本アマチュア修斗でぶっちぎりの優勝を遂げ、PRIDEデビューが噂されていた大山峻護(冒頭写真左)だ。今村人気の前に注目度は決して高くないが、格闘技選手としての期待度では、今村よりもむしろ高い。
雨天で試合を渋る選手が多かった中、大山は一人喜色満面でケージの感触を確かめ、「早く試合したくて仕方ないっすよ、絶対やりましょうよ!」と、強心臓ぶり発揮。大物の片りんをのぞかせた。入場時には真新しい柔道着に黒帯を締めオリエンタルムードを見せた大山だったが、それを脱ぎ捨てると、この日のために準備していたという派手な銀のパンツ姿に変身してみせる。このあたりの自己演出の上手さといい、度胸のよさといいまさにプロ向きにうってつけの素材だ。
だが、プロの洗礼は厳しかった。試合開始とともにボーグが巨体を活かして突進してくる。足下のマットは先ほどの雨でプール状態。つるんと足を奪われた大山は宙に浮き、いきなりボーグに組み敷かれてしまう。だが全日本学生選手権準優勝の元柔道家はケンカ屋に過ぎないボーグがグラウンドテクニックの無いこと見きって、その巨体の下から抜け出してしまう。立ち上がったボーグが怒りに任せて大振りの右フックを繰り出してきたが、スーパールーキーの右拳はそれより早くボーグの顎をカウンターで打ち抜いていた。
勝負タイム17秒。見事な秒殺デビューであった。試合後、プロモーターはこの見事なKO劇にに特別ボーナス500ドルを追加支給したという。
「次はPRIDEに出たいです。俺ハイアンと戦いたいんですよ」
この一撃でアメリカのファンにスーパールーキーぶりを見せ付けた大山は、早くも次なる標的にグレーシー一族一番の荒くれ者ハイアンの名前をあげた。
「あいつ、なんかアグレッシブだし、バチバチに殴り合ってみたいですね」
桜庭、藤田に次ぐ日本人エースが待望されるPRIDEを舞台に、この超大型新人大山の名前が刻まれるのも時間の問題かもしれない。
一方、もう一人の新人・高田道場期待の星である今村雄介も、第7試合でアレックス・アンドラデと対戦した。滑るマットを気にして前に出られない消極的なファイトぶりに場内からブーイングが飛ぶ。こちらもプロの水は甘くないといったところか。結局、タックルを失敗して四つんばいになったところにパンチを浴びせられた今村は、ギブアップ負け。「最初のパンチを貰ったところで訳がわからなくなって気持ち良くなっちゃいました」と悪びれずに敗戦を語ったが、いいところ無しのデビュー戦にやはりうつむき気味であった。
海を渡って後輩のデビュー戦のセコンドについた桜庭和志だが、試合後はマイクを取って対戦アピールをぶち上げたアンドラデの態度には困惑気味。「あんなオイシいところだけ持っていこうとする人は相手にしません」と一蹴してみせたが、行く先々でファンに囲まれサインと写真責めにされるアメリカでの人気には少々驚いた様子。先日UFCで秒殺勝利でミドル級王座を防衛し、桜庭との対戦をアピールしたばかりのティト・オーティスとも、大会半ばのセレモニーで同席。耳元でなにやら囁かれていた内容に関しては「英語なのでよくわかりませんでした」とさらりと躱した。また後輩の敗北には「まあ若いうちはこういう環境で試合してみるのもいい経験になるんじゃないですかねえ。僕は嫌ですけど。どんどんやっていけば強くなりますよ」と気遣うそぶりをのぞかせた。
またPRIDE.12でのKO負けの遺恨の残るガイ・メッツァーとスーパーファイトで対戦したアレクサンダー大塚だが、この日は打撃の切れも悪く、メッツアーの得意なパンチと柵際での膠着攻撃に後手後手に回る展開を強いられた。セコンドにはアレクと同じくZERO―ONEに所属し、PRIDE.13での佐竹戦も決まった安田忠夫が参加。声を嗄らして盟友の戦いをサポートした。
2Rに仕掛けたタックルを受け止められ下になったところで、ヒジ打ちを受け左目の上を切られた大塚は、そのまま流血が止まらず無念のドクターストップ。リベンジはならなかった。
また高田道場の青い目の日本人リコ・ロドリゲスがメインイベントを務め、無名のブエンテロに始終上を取られるという思わぬ苦戦を強いられたが、最後は下からの三角締めを狙い、崩れた所で上になり、一気に無防備な足に飛び付いて逆転のヒザ十字を極めた。