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(レポ&写真) [Dynamite!!] 12.31 大阪:桜庭戦は無効試合に。須藤引退

FEG "FieLDS K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!"
2006年12月31日(土) 大阪・京セラドーム大阪

  Photo:矢野誠治 Text:井田英登  【→カード紹介記事】 [掲示板:K-1ヘビー/MAX/HERO'S]


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第12試合 HERO'Sルール 85kg契約 1R10分・2R5分(延長R5分)
−秋山成勲(日本/フリー/HERO'S '06 ライトヘビー級(85kg)トーナメント優勝)
−桜庭和志(日本/フリー)
ノーコンテスト

※試合直後は秋山の1R 5'37" TKO(レフェリーストップ)勝ちと発表されたが、その後の検証の結果、1月11日に「ノーコンテスト(無効試合)」に裁定が変更。

(※編集部注(1/12):変更の経緯説明は別記事を参照ください。下記のレポートは1月6日時点での内容です。上記の裁定以外の修正はありません。)


 「試合直前の直感で」胴衣を脱ぎ捨てた秋山が“世界のIQレスラー”桜庭と互角以上のパンチ合戦を展開した。

 序盤の距離の測り合いから、いきなりフェイクでリズムをズらしたジャンピングパンチで内懐に飛び込み、5連打のハイスピードパンチを繰り出してみせる桜庭。だが、きちんとステップバックで距離をキープし、フィニッシュ狙いで繰り出された危険極まりないショートアッパーの突き上げまで、すべてをきっちり躱しきった秋山の動きは、とても総合格闘技歴2年の選手とは思えないもの。逆に、桜庭の高速連打が空を切る間に、的確なカウンターパンチを一発ぶち込んでいるのだから恐れ入る。

 飛び膝を狙っても、下がりざまにショートジャブを顔面に打ち込んで来るなど、秋山の牙城は固い。焦れた桜庭は得意の低空タックルでテイクダウンを狙うも、秋山は駒のように旋回して、足を抜いてしまう。逆にパンチで桜庭をコーナーに追い込み、バックブローぶちこんでいく。これを避けながら、再度タックルを狙う桜庭だったが、がっちり受け止めた秋山は、そのまま頭部にパンチ連打。仰向けに倒れ込んで、グラウンドに逃れる桜庭に、容赦なくパウンドの嵐を浴びせて行く。ロープから首を出してはいるものの、不利な体勢でパンチをもらい続ける事になり、桜庭は絶体絶命状況に陥ってしまう。

 なんとか蹴り離そうとする桜庭だが、どうも様子がおかしい。梅木良則レフェリーを指して、何か大きな声でアピールしているのだ。タックルの際に、裸身の秋山の体の滑りに違和感を覚えたらしく、チェックを要求していたのである。しかし梅木レフェリーはこの要求を容れず、そのままアクションを命じる。
(※編集部注:初稿では梅木レフェリーが「試合前にボディをチェックした」と記述しておりましたが、ボディチェックはリングイン前の胴衣の上からのものであり、ビデオ映像で確認しても、梅木レフェリーが胴衣を脱いだ後のチェックは行ったという事実は無いようです。お詫びして訂正します。)

 桜庭と梅木レフェリーの思惑が交錯する中、上になった秋山はそのまま桜庭にパウンドを入れ続け、危険と判断した審判団はゴングを要請。秋山のTKO勝ちとなった(公式記録ではレフェリーストップだが、実際は前田日明HERO'Sスーパーバイザーらを含めた審判団の合議によるストップ)。

 チェックを容れられなかった事に抗議を続ける桜庭の様子を訝った谷川貞治FEG代表は、勝ち名乗り直後の秋山の体と試合前に脱ぎ捨てた柔道着の両方をチェックを指示。桜庭側セコンドも立ち会いの元チェックが行われたが、不正なオイル類は検出されなかったため、梅木レフェリーの判定を認めたという。

 この一連の流れは特にTV中継でも、会場でも説明がなされなかったため、試合後半レフェリーと言い争う桜庭の姿だけがファンには印象強くインプットされ、結果の因果関係が十分理解できないままという幕切れになってしまったのは、あまりに残念である。

 8月のHERO'S初参戦の際にも、桜庭はストップタイミングを巡る騒動に巻き込まれている。したがってHERO'Sレフェリー陣に対して不信感を抱く心理は理解できなくもないが、今回はどうやらレフェリングの問題というより、インプレー状態であるにも関わらず、感情的な抗議に走った桜庭の態度自体にも問題があったようだ。一時ストップを要求するにしても、せめてお互いがスタンドで距離を取ったイーブン状況でなければ、レフェリーも割って入りにくいという心理の綾をもう少し理解すべきであっただろう。
(“滑り”問題に関しては、かつて柔道時代の秋山には胴衣が滑るという疑惑を持たれて、試合中にチェックを受けるという問題が発生しているのも事実。また、この大会の翌日会見でこの問題に関して、秋山自身からは「自律神経失調症で異常発汗の傾向があるので、それじゃないかと思う」というコメントが出ている。)

 いずれにせよ公式結果として桜庭に完勝した形となった秋山と、移籍後の2試合がいずれもモヤモヤ感を残す結果に終わった桜庭。両者の明暗はこの一戦で大きく別れる形となった。奇しくもトーナメント一回戦で、ミスジャッジにより秋山戦の結果に黒星を付けられた形となった金泰泳は、第2試合で石澤を一蹴、復権を果している。2007年シーズンのHERO'Sライトヘビー戦線は、独走態勢に入りつつある王者・秋山追撃を巡って、金、桜庭の功名争いが最初の焦点となりそうだ。
 

第11試合 K-1ルール 73kg契約 3分5R
○魔裟斗(日本/シルバーウルフ/K-1 WORLD MAX '03 優勝)
×鈴木 悟(日本/フリー/ボクシング元日本ミドル級王者)
2R 2'22" KO (右ローキック)


 大会前の予告通り“蹴って蹴って蹴りまくる”攻めに出た魔裟斗だったが、鈴木は若干ぎこちない動きながら、キックの基本であるスネでのカットを身につけており、従来の転向ボクサー組より適応力のあるところをみせた。加えて、リーチの長い鈴木のストレートが、魔裟斗の顔面を捉える展開があり、客席のどよめきを呼ぶ。

 だが、2Rからは「ガードしてるけど構わないから上から蹴りつぶしてやろうと思った」という魔裟斗の居直りが功を奏し、右ストレートのカウンターに徹底した右ローを浴びせて、鈴木をぐらつかせる事に成功する。盾代わりの左スネを破壊された鈴木は連続して2ダウンを喫し、ついには自分のパンチの踏み込みに耐えられず頽れる状況に。かろうじて立ち上がったところを、ダメ押しの右ロー。非情の攻めに、なすすべなくマットに這わされることとなった。
 

第10試合 HERO'Sルール 5分3R
○チェ・ホンマン(韓国/フリー)
×ボビー・オロゴン(ナイジェリア/チーム・オロゴン)
1R 0'16" TKO (レフェリーストップ:グラウンドパンチ)


 奇襲の飛び膝を狙ったボビーだったが、あっさり撃ち落とされて、そのままパウンドを浴びてしまう。パンチを浴びながらも足関節を狙っていた様子のボビーだったが、両者の体格差も鑑みてか、和田良覚レフェリーはあっさり試合をストップ。

 試合後のコメントルームでは「やりたい事、何もできなかった。これからだったのに」と目を赤く泣きはらし嘆くばかりのボビーだったが、反面レフェリーストップという結果には不満は無いらしく「止めてもらってありがたいことです。ただのフリーターとしてこれからもガンバります」と不思議な従順さを見せて席を立った。
 

第9試合 HERO'Sルール 65kg契約 5分3R
×イストバン・マヨロッシュ(ハンガリー/FSPUデプレツェン/アテネ五輪グレコローマン55kg級優勝)
○山本“KID”徳郁(日本/KILLER BEE/HERO'S '05 ミドル級(70kg)トーナメント優勝)
1R 3'46" KO (ボディへの膝蹴り)


 マヨロッシュが総合の練習に費やした時間は、結局大会前のわずか1ヶ月半ほどだったということもあってか、試合はレスリングベースに進行するのみ。KIDが試合開始直後に様子見程度に出したパンチキックによって、すっかり距離が遠くなったマヨロッシュは、その間合いからタックルを繰り出しては、切られてガブられる展開を繰り返す。

 結局、フィニッシュも首をガブられたところ、ボディに膝を一発もらって悶絶、自らマットに這うというお粗末な展開であった。
 

第8試合 HERO'Sルール 70kg契約 5分3R
○須藤元気(日本/ビバリーヒルズ柔術クラブ)
×ジャクソン・ページ(アメリカ/ジャクソンズ・サブミッション・ファイティング/WEFウェルター級(70kg)王者)
1R 3'05" タップアウト (三角絞め)


 「これまで応援ありがとうございました、僕は本日を持ってリングの上での戦いを終わりにします。どんな形であれ、これからもみなさんと一緒にすばらしい世界、そして未来を築き上げて行きたいと思います。本当にすばらしい格闘技人生でした」

 試合後、マイクを取った須藤は、その場で引退を発表した。客席からは、予想しなかったこのフィニッシュに悲鳴が上がる。だが、須藤自身はこのリングに上がる以前から、引退の決意を固めていたようだ。

 彼は3月のオーレ・ローセン戦以来、MMAマッチから半年近く遠ざかっている。首の故障の回復が思わしくなかったためだ。9月に2年ぶりのMAX出場を選んだのも、総合の試合には耐え得ない体調故の選択だった。打たせなければなんとか試合をこなせるのではないか、という儚い希望も結局シャファーのバックキックを顎に受けてのKO負けという結果で打ち砕かれた。今大会前にも首の故障が完治していないことを公言しており、引退という決断は「時間の問題」となっていたのだろう。Dynamite!!という大舞台で現役生活にピリオドを打とうと考えたのは、当然と言えば当然の判断かもしれない。

 「大会前から、須藤選手の決断に関しては聞いていました」と谷川Pが試合後漏らした通り、この試合は須藤の“花道”となるべく組まれたものであったようだ。
 相手のページは、今年春に別名でパンクラスで初来日し、志田幹に判定負け。その後11月、12月とシュートボクシングに連続来日したものの緒形、宍戸に連敗しており、“全米総合格闘技王者(WEFウェルター王者)”という肩書きで飾られてはいるものの、世界トップクラスの強豪とは言いがたい選手。
 したがって、試合内容は非常に淡白そのもの。須藤お得意のケツ向けスタイルからのソバットで幕を開けたが、その蹴り足を取ったジャクソンがそのまま胴タックルを仕掛け、横投げ気味にテイクダウン。パウンドを浴びせて来るジャクソンの隙をうかがって、ガードからの三角絞めを狙い続けた須藤が、3三度目のトライでタップを奪取。途中、ページが肘で須藤の首を押さえ込む戦法をとったため、首の爆弾への影響が懸念されたが、終わってみれば典型的な“須藤スタイル”で危なげなく逃げ切ることに成功した試合であった。

 正統的な打撃技術を習得しないままキック中量級の頂点決戦であるMAXに登場。トリッキーなスタイルで相手を幻惑するスタイルは、派手な入場パフォーマンスとも相まってTVを通じて広く一般の支持を受けた。
 だが、一方で正面突破を意図しないファイトスタイルは、前田日明HERO'Sスーパーバイザーの批判を受ける事にもなった。彼に冠せられた“だまし討ちのトリックスター”というキャッチフレーズは、まさに言い得て妙。多くの格闘技選手が「最強」というマッチョ的な概念に振り回されるなか、「世界平和」を説く逆説的手法で存在感を深めていったのも象徴的であった。常に他人の死角と意表を突く事で突出し、時代の空隙を駆け抜けたつむじ風のような存在であったと言えるだろう。

 最後となるであろう試合後の記者会見では、シャファー戦で破れた後、進路を迷う中で公衆便所で見た「一歩前へ」という注意書きに、“天の啓示”を見て引退を決意したというエピソードで笑いを誘った須藤。最後まで、真意とも、韜晦ともつかないコメントではあった。
 一方で「僕は最近、勝ち負けというものの捉え方とか意識の仕方が変わってきたんです。勝った負けたを続けているのがこの世界ですが、最近の宗教戦争を見てても、きりがないじゃないですか。闘争本能は誰にでもありますけど、敵は内側にいるんです。100万人の敵を倒すより、自分の内側の敵を倒す方が強い。僕は格闘技を始めて、フィジカルは強くなっていても、内面があまり成長していなかったんです。それに勝たないと本当の幸せはありえない、と思ったんです」という言葉に、格闘技フィールドで戦う自分にリアリティを感じなくなりつつある彼の本音の漏出を感じた。仮に首に怪我が無かった場合でも、彼は早期に引退を決めていたのではあるまいか。

 30歳を前に現役のピークで引退するという点では、今年サッカー界から身を引いた中田英寿や水泳のイアン・ソープらを連想させる部分がある。「引退はしますが、これは退却ではなく、違うところに進軍だと思っています」という言葉からも判る通り、スポーツで一般社会に広がった知名度をベースに、今後文化、芸能のフィールドに広がった自らの可能性をさらに推し進めたいという欲望が強まった結果であると受け取れる。

 今後、「まず、世界を巡っていろいろな物を自分の目で見てみたい」と語る須藤。この部分でも、先に述べた同世代の中田との生き様の類似が浮上する。果たして、今後一般社会のフィールドで始まる彼の“進軍”が、いかなる方向に広がりを見せるのか、興味深く見守りたい。
 

第7試合 K-1ルール 3分5R
○セーム・シュルト(オランダ/正道会館/K-1 WORLD GP '05 '06優勝)
×ピーター・グラハム(オーストラリア/ムンダインズ・ジム)
判定3-0(御座岡50-45/黒住50-46/朝武50-45)


 両者共に、欧米では多くの人がクリスマス休暇に入った後である25日前後に、緊急オファーがあって決まったという、この一戦。パンフレット表紙の写真には、シュルトでもなければ、グラハムでもない、ジェロム・レ・バンナの姿がコラージュされていることから見ても、このカード自体、消滅したバンナ参戦の代替カードだったようだ(大会前日会見でも、谷川Pのコメントにその痕跡がある)。アメリカの新興総合格闘技団体・IFLからコーチ就任が発表されたバンナだけに、若干プロモーターサイドの政治的配慮が働いてカード編成が左右されたのかもしれない。

 それはともかく、両者ともに準備不足のこの試合。シュルトの膝、グラハムの胴回し蹴りといった必殺技が冴えなかった。ともに仕留めるまでに積み重ねられるべきプロセスが、スピードとスタミナを欠いたために十分でなく、ただ根性で打ち合う試合になってしまったからだ。特にシュルトはグラハムの出足を止める事に失敗して、ボディ打ちや、若干肱打うちの匂いのする微妙にラフなフックをもらって無駄にスタミナを消耗。クリンチも多く、攻めもテンポを欠いた単調な物に終わってしまい、ほんの1ヶ月前にバンナ、ホースト、アーツを連破してみせた勢いが、この日はすっかり火を消されてしまった感がある。

 直前のオファーに答える男気もプロとしては買いたいところだが、こうした内容に終わるなら「断る勇気」もプロとして持っても良いのではないかという気がした一戦。せっかくの興味深い組み合わせが、一本決着の多かったこの大会の中で、ワーストの方から数えた方がいい内容に終わった事を嘆きたい。
 

第6試合 K-1ルール 3分5R
○武蔵(日本/正道会館)
×ランディ・キム(韓国/フリー)
3R 0'33" KO (右ストレート)

 
 韓国では砲丸投げのトップアスリートとして、多大な知名度を誇るといわれるランディ・キム。日本で言えば、まさにハンマー投げ競技のエースである室伏広治が格闘技に転身したようなものだろう。昨今、チェ・ホンマンの活躍もあって韓国マーケットでの人気が著しいというK-1の、“次の一手”として投入されたという構図が浮上して来る。

 8月から大阪の正道会館本部道場でチェ・ホンマン、金泰泳らに指導を受けたという打撃は、それなりに形にはなっており、特に前職を活かした右のパンチに関しては、威力が感じられたが、やはりコンビネーションやフットワークなどは全く形になっていない。ドタバタした印象だけが残る物で、正面から行けば武蔵の対戦相手にふさわしい技量には全く達していないものだった。

 ただ、その振り回すパンチを、武蔵が冷静にガードして受け止めてくれたために、さすがにスタミナ切れの目立ちはじめた2R中盤までは、なんとか試合の態にはなっていた感じがする。ことDynamite!!では、技量の低いパワー・ファイターが相手になる事の多い武蔵(2005年ボブ・サップ、2004年ショーン・オヘア)だけに、変に打ち合うのではなく、攻め込むだけ攻め込ませてスタミナを奪ってから仕留める戦法はお手の物。良く言えば、武蔵がよく口にする“蝶のように舞い、ハチのように刺す”戦法の実践が、この日も見られた。散々キムの打ち気を誘いながら、パンチは確実なガードとステップバックで殺して2Rを乗り切り、最後はたった2発のパンチ連打で吹き飛ばしてしまったのだ。

 残念なのは、そのプロセスに何の“けれん味”も見られなかったこと。端的に言えば、武蔵の“いなし”があまりに危なげがなかった為に、表面上、観客が感情移入できない平板な戦いになってしまった。

 武蔵もここまで実力差のあるカードを組んでもらったのだから、それこそモハメド・アリ流にもう少し“遊び”(あるいは“冒険”)の要素を取り入れても構わなかったのではないか。プロレス流の極端なパフォーマンスをする必要は無いにしても、今自分が披露している技量が実は非常に研ぎすまされた凄い物であることをもっと誇ってもいい。技の切れや試合運びをもう少し整理するだけで、魔裟斗やKIDと変わらない支持を受ける要素があるだけに、本当に惜しい。
 

第5試合 K-1ルール 3分5R
○バダ・ハリ(モロッコ/ショータイム)
×ニコラス・ペタス(デンマーク/ザ・スピリット・ジム)
2R 1'28" TKO (タオル投入:左腕損傷)

 
 かつてのJAPANチャンピオンのK-1復帰であり、もう少し騒がれてもおかしくないペタスの参戦だったが、やはり4年というブランクは長過ぎたようだ。ペタスは引退後、俳優転向ということでテレビなどにも姿を見せたこともあったが、今は芸能方面の仕事はしていないようだ。その後も後進の指導者として格闘技の現場には常に身を置いていたものの、選手としてはキック戦を断続的に2戦をこなしたのみ。その状態で緊急オファーに応えて、いきなり世界ベスト16クラスの選手との対戦というのはやはり無理があったのかもしれない。

 対するハリは、このところポテンシャルに満たない試合が続いており、周囲の期待に応えられない結果が続いていたが、この日は入場パフォーマンスで歌い踊る事もせず、非常に締まった表情で入場してきたのが印象的だった。実は体調不良で、そこまでの気持ちの余裕が無かったとも言うが、当人も“悪童キャラ”でもてはやされるばかりの自分の精神の脆さに気づいた部分があったのだろう。この日の試合ぶりには浮ついた部分が感じられず、逆に体調不良が良い方に作用したのかもしれない。

 序盤からハリは長いリーチを活かしてローと前蹴りを多用し、なかなかペタスを近い距離に入れない、隙のない試合運びをみせる。後手に回るペタスは、踵落としや上段後ろ回し蹴りを繰り出してリズムを分断しようとするが、実質遠い距離からの威嚇以上の意味が見いだせない動き。積極性でもラウンド終盤に飛び前蹴りを見舞うなど、ハリが上回る。2Rに入っては、ガードの真ん中を突き抜く左ストレート、左右構えをスイッチしての左フックと、どんどん前に出るハリの攻勢が目立ち始める。
 
 勝負を分けたのは、ペタスの左ミドルのカウンターに放った右ボディへのストレート。おそらくペタスはそれを左前腕部で受けてしまったのだろう。露骨に痛そうな表情を浮かべて後退したペタスに、レフェリーはスタンディングダウンを宣告する。試合再開直後、ハイキックが空を切って蹴り足がロープに引っ掛かって背を向けたままのハリに対して、ペタスがそのまま頭部にハイキックを放ったのは故意ではないと思うが、既に相当余裕が無くなっていたのは事実だろう。

 畳み掛けるハリの膝やパンチが左腕に当たるたびに、声を上げて痛みを表現するペタス。しかし容赦なくそこに強烈な右ミドルぶちこむハリ。この一発は左腕肘辺りにモロに入ったようで、ペタスもその場で背中を向けてしまい、セコンドが見かねてタオル投入せざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
 
 

第4試合 HERO'Sルール 5分3R
×曙(日本/チーム・ヨコヅナ)
○ジャイアント・シルバ(ブラジル/フリー)
1R 1'02" タップアウト (アームロック)

 
 連敗に次ぐ連敗で、マッチメイクされる意味もほとんど希薄になって来た曙。今年は、実母の死という悲劇を喧伝されての登場となったが、お涙ちょうだいの人情劇ですらも感情移入が難しくなるほど、成長が見られない試合ぶりで秒殺されてしまった。
 
 胴タックルを自分から仕掛けたものの、ロープ際でもみ合う間にクラッチを外され、腕を取られたままグラウンドに引き込まれ、最後はそのまま上下を逆転されてのキムラロックでタップアウト。
 試合後「半年は試合をしないで練習だけに専念したい」と硬い表情で語った曙だったが、一所懸命で競技に向かい合えば意義があると言うのはアマチュアでの話。プロのファイターとしてリングに上がり、多額のファイトマネーを受け取るには、別の真摯さーーいわば技を研ぎすませ、常に観客にすばらしいファイトを提供できるだけの技量の蓄えが無くてはならない。
 果たして半年彼がしかるべき練習に集中したからといって、ここまでに積み重ねられた“期待の借財”を埋められるのだろうか。正直、再びこのリングに再登場させるだけのバリューがあるかは、大いに疑問だ。
 

第3試合 HERO'Sルール 70kg契約 5分3R
○所 英男(日本/チーム・ゼスト)
×ホイラー・グレイシー(ブラジル/グレイシー・ウマイタ)
判定3-0 (松本=所/豊永=所/岡林=所)

 
 またもや、所が大一番での勝負強さを見せた。

 かつてのグレイシー幻想はないとはいえ、ホイラーがアブダビ連覇を成し遂げた柔術の強豪である事には違いは無い。しかし、そのホイラーが仕掛ける寝技の攻防を真っ向から受けて立ち、下のポジションからの三角絞めやアームロックで再三ニアキャッチの状態を作り出したのはお見事だった。マウントこそ取らせてしまったものの、ポスト柔術世代である彼にとって、マウントすらも対処法を知っていれば絶対のピンチではない。ブリッジでリバースすると、サイドポジションを奪って逆にホイラーを押さえ込んでしまった。ラウンド終了のゴングが無ければ、まだ十分攻めの余地をのこした序盤戦の展開であった。

 ほぼ互角の展開が、大きく所に傾いたのは2R中盤。差し合いを狙うホイラーに押し込まれてコーナーを背負わされた所だが、右脇を固く閉ざして譲らない。ムキになって押し込むホイラーをいなして体を入れ替えると、その場飛びの膝蹴りで顔面を急襲。がくんと崩れたその頭部にパンチ連打、膝、ハイキックと畳み込んで優勢を印象づける。タックルに逃れようとしたホイラーだが、これを逆に押しつぶして上に。
 
 その後ブレイクで分断された流れだったが、スタンドでバックを取ったホイラーは、反り投げ気味のコカしに失敗して自ら下になってしまう。そのままサイドポジションを取った所は、ボディに膝をぶち込んで行き、完全にこのラウンドを制した。

 最終ラウンドも所の勢いは止まらない。胴タックルにでてきたホイラーのボディに膝をぶち込み、組つぶされはしたものの、すかさずオープンガードの足先で蹴り上げてホイラーを立たせてしまう。スタンドに戻って差し合いになると、引き回されて横に体勢の崩れたホイラーにそのままのしかかり、マウントを奪取。TKシザース気味に足を跳ね上げ、脇をコントロールしようとしたホイラーも業師の片鱗はみせたが、ポジションに拘泥しない所はそのまま立ち上がって仕掛けを外してしまう。柔術ベースの技術に捕われたベテランと、自由に“崩し”の応用が利く若手の意識の差が感じられる展開だった。人の動きを釘付けにしようとする“押さえ”をベースにしたブラジリアン柔術と、動き回る事で一点にとどまろうとしないキャッチレスリングの思想闘争の最新形。

 ラウンド終盤のホイラーの粘りもさすがだった。スタンドでバックを取ると、所がすかさず脇固めから、自ら倒れ込んでアームロックを決めようとするのだが、のしかかって腕を抜き、マウントへ。当然のようにブリッジで返しにくる所の勢いを利用して横からの三角絞めへと、最後の最後まで勝負を捨てない蛇のような執念を見せたのだった。2Rを圧倒した所に判定は傾いたが、最後の攻めなどはよもやの逆転もあり得ただけに、決して所の完全制圧とは言いがたい。最後の1秒まで両者がシーソーゲームを繰り広げた好勝負。今大会のベストバウトといってもいい内容だった。

 試合後、ホイラーは噂されていた引退を「負けたままで引退はしたくない」とやんわりと否定。セコンドについたホイスは「私の見方ではこの試合はドローだった」と相変わらずの負けず嫌いを披露する。また一方の所は、試合直前に部屋の掃除で出たホコリを吸って体調を崩し発熱状態で試合に臨んだ事を告白。「プロ失格ですね」と首をひねる。どちらも徹頭徹尾キャラの立った“らしい”コメントを発していた。
 

第2試合 HERO'Sルール 85kg契約 1R10分・2R5分(延長R5分)
×石澤常光(日本/TEAM JAPAN)
○金泰泳(日本/正道会館)
1R 2'48" KO (左ハイキック)


 8月のHERO'Sライトヘビー級トーナメントで、突如の現役復帰した金泰泳。総合全盛の21世紀に、36歳となったかつての天才空手家がどこまで通用するか、正直な所、悲観論が先に立ったのも事実。ギャップだけを言うなら、今回K-1のシーンに戻って来たペタスよりも、さらにブランクが長いのだ(2000年7月のスタン・ザ・マン戦で引退)。前回の秋山戦はミスジャッジによって、早々に“故無き”黒星を刻まれ、実力のほどは発揮できずに終わってしまっている。今回こそがその本領が問われる一戦となるわけだ。

 しかし、やはりホンモノの切れ味は違う。
 正道会館の空手着に身を包んだ入場の時から、その全身から凛とした空気が漂っており、お祭り気分は微塵も感じられない。この人は引退してからもずっと“武人”として刀を置く事が無かったのではないかと感じさせる、非常に清澄な緊張感がその表情にはあった。正直な所、「青い目のサムライが帰ってきましたよ」と前日会見で朗々と自らを言葉で飾ったペタスへの違和感があっただけに、同じ空手家である金の静かな佇まいに逆に力強いオーラを感じてしまった。

 試合ぶりにも、その格差は歴然と見えていたように思う。

 アップライトに構えながら、タックルを狙っているのが瞭然の石沢に対して、左前に構えた膝へローを重ねていき、距離をつめることを許さない。遠い間合いからの捨て身のタックルは二度ともきちんとつぶし、テイクダウンを許さない。立ち技選手のMMA対処法が、きっちりと身になっているのが判る動きだ。決して一朝一夕の付け焼き刃ではないのは、指導者としての時間を“他人事”で過ごさなかった証拠かもしれない。

 パンチのカウンターでようやく三度目のタックルをテイクダウンに結びつけた石沢。これも金がパンチで攻め込んで来てくれたから、距離が詰まっていただけの話。だが、腰の固い金は、唯々諾々とは寝技には引きこまれてくれない。首を取られながらじわじわと腰を上げ、ブレイクの助けを借りずに自力でスタンドに戻ってしまった。

 ここからの金の攻めは見事な物だった、先の攻防で内股への左ローで伏線を引いておいて、全く同じモーションから急に角度を跳ね上げるハイキックで顎をぶち抜いたのである。朽木のように倒れる石沢。気の毒だが役者が違った。正道会館がかつて常勝軍団として破竹の勢いを見せた時代の、黄金テクニックである目線のフェイントに、石沢の意識は完全に下に引き寄せられてしまっていたのだ。

 これこそが空手家の戦いだと言いたくなる、見事なKO劇であった。
 
 歴史にIFは無いが、かつての正道軍団がそのままK-1を経ずしてMMAと対峙する事になっていても、金は粛々とこのスタイルで勝利を重ねていったのではあるまいか? そんな埒もない妄想をかき立てられてしまうほど、鮮やかな勝利ぶりだった。秋山の独走にマッタをかけるとしたら、今、金はそのトップに位置する選手である事をこの一戦で証明したのではないだろうか。
 
 

第1試合 HERO'Sルール 70kg契約 5分3R
○永田克彦(日本/新日本プロレス)
×勝村周一朗(日本/勝村道場)
1R 4'12" TKO (レフェリーストップ:グラウンドパンチ)


 ガードを下げて拳を脇辺りに漂わせながら首を振って立ち、大昔のゴーゴーガールよろしく腰を振り腕を揺らせて踊る勝村の姿は、とても真剣勝負に挑む選手の姿には見えない。そんな変則的な構えから、腰の入らない拳を振り、思い出したように飛び膝を繰り出し続ける勝村に「いったい君は誰だ?」と聞きたくなる違和感を感じてしまった。
 多少毛色は違うが、彼のそんな姿から連想したのは、異能の格闘家として“東洋の神秘”なる異名を売った矢野卓見の戦いぶりであった。しかし、あくまでヤノタクの戦いぶりには、おどけたポーズの中にも一瞬の関節技の“牙” ーー言い換えるなら勝ちへの意志がギラギラと光っていたように思う。

 勝村がZSTを主戦場にするようになって2年。総合ルールで苦戦が続く彼が今回のDynamite!!に起用されたのは、元養護施設職員という特異な経歴が、TV視聴率を重視するイベントの性格と合致しての事であるのは、誰の目に明らかだ。しかし、これまで勝村が真剣に格闘技に向かい合ってきた真摯なファイターであることもまた同じぐらい明らかな話であり、むしろそんな「飛び級」的な起用を当人が喜んでいるわけでは無い事も、言動の端々から伺える。

 だがこの日の、彼の戦いぶりは頂けなかった。体重80キロから落として来る銀メダルレスラー相手に、65キロを下回る修斗フェザー相当の勝村がパワーで劣るのは当然の事であるとしても、「正面から行ったら勝てないのは分かっていたので、かく乱しようと思いました」という姿勢で試合に臨んだという彼には、逆にその先をどうするつもりだったのかが問いたい。

 体重、技量的に適わないと感じる相手とリングに上がるのは“特攻”でしかない。本来ならオファーを受け無ければ済む話。曙や金子賢に集まる批判は、結局その理性の物差しを捨てた部分で、勝てる要素の無い戦いにのうのうと出て行ってしまう“甘え”を指摘されているのだから。彼らのような「客寄せパンダ」としてリングに上がるのではないならば、条件の悪い中で如何に自分の“一分の魂”を光らせるか、その一点に気持ちを引き絞るべきではなかったか。「勝てる訳が無い」という気持ちが、「相手と勝負する」という気持ちの放棄につながったのなら、それは単なる逃げでしかなくなってしまうのではないか。そんな気持ちのブレが僕には感じられてならなかった。

 対する永田は、逆にそうした勝村の表面的な変則性には一切目もくれず、パンチ一発に神経を研ぎすませ、相手をねじ伏せる事に集中していた。そんな愚直で、極めて原則的なファイトを徹底していたからこそ、余計に両者のコントラストは目立ったように思う。事実、勝村がその奇妙なポーズから繰り出す横なぐりのパンチは、永田の顔面を打ち赤く腫らせはしたが、正味相手にダメージを与えたのは、そんなパンチをかいくぐって、普通に打ち返した永田のカウンターのパンチ一発ではなかったか?

 試合は飛び膝を撃ち落とされた勝村が、そのままパウンドを浴びてのレフェリーストップで終わった。しかし、勝負はゴングが鳴る以前の、心理の段階でもう決着してしまっていた気がする。頑固な精神論に聞こえてしまうかもしれないが、その飛び膝がなぜ永田の顎を打ち抜けなかったか、何がそのパンチに力を与えなかったかを、勝村はもっと真剣に考えてほしい。勝負の神は迷いや浮ついた気持ちを持つ者には決して微笑まない。仮に心持ちが邪悪であろうとも、勝つ事に一直線であろうとする人間だけが、その笑顔に浴する権利を持つのだ。
 

第0試合 HERO'Sルール 72kg契約 5分3R
×金子 賢(日本/フリー)
○アンディ・オロゴン(ナイジェリア/チーム・オロゴン)
判定3-0 (松本=オロゴン/豊永=オロゴン/礒野=オロゴン)

 


 〜開会式〜

オープニングファイト HERO'Sルール 5分3R
×キム・ドンウック(韓国/チーム・ラジェンカ/165.4Kg)
○内藤征弥(日本/和術慧舟會A-3/95.7kg)
3R 1'11" タップアウト (グラウンドパンチ)

Last Update : 01/12 12:16

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