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'99 フリー世界選手権大特集
田南部力(54kg級)
「成就しなかったリベンジ」

 りながら負けた相手だった。去年の世界選手権で、一回戦が同じ対戦相手だった。そのIvan Tzonov (BUL)と決勝トーナメント一回戦で対戦する。この試合に勝てば8位以内に入賞し、五輪出場権を確保できる。Tzonovとの力の差はないはずだ。積極的に攻めていけば必ず勝てると思っていた。
田南部の飛行機投げ 予選リーグで田南部は三試合を経験した。一回戦はStanislaw Surdyka (POL)に6分戦って9−4で判定勝ち。二回戦はLeonid Schuschunov (RUS)にやはり6分フルに戦ったが2−5で敗れた。獲得ポイント0で破れはしなかったので、次の試合で勝利すれば決勝トーナメント進出が決まる。その予選リーグ三回戦はDavid Legrand (FRA)が相手。試合終了直前、5分53秒に11−0でテクニカルフォール勝ちをおさめた。どの試合内容も悪くなかった。物怖じせず、積極的にタックルを取りに行き、得意と自負する飛行機投げも披露してみせた。


 小柄で童顔な田南部は、普段もちょっと恥ずかしそうな笑顔をよく浮かべる。そのせいか、個性の強い選手が集まる全日本チームの中では大人しい印象を受ける。静かな外見そのままに、合宿では、集中力を欠くばかりで、ときとして無意味に思えるほどの長時間に及ぶ、コーチが指示する練習にも従っていた。一年前とは違うはず。同じ相手に負けるはずが無い。去年の世界選手権から一年間の自分を、田南部はそう信じて試合にのぞむ。

堪える田南部 勝トーナメント一回戦、お互いに低い姿勢からタックルを狙う。Tzonovが田南部より先に脚をとることが出来た。片足タックルから後ろに回り、1ポイント。しかし田南部も1ポイント取り返す。グランドでは田南部がこらえきり、アップが命じられる。中間距離をとりタイミングを計るふたり。動きの無い状態が続く。第1ピリオド後半に入ってまもなく、田南部にパッシブがつき、パーテルポジションが命じられる。こらえる田南部の体が返ってしまう。1ポイント追加。さらに田南部の肩が傾けられ、ボーナスポイントがTzonovに追加される。合計3ポイント。第1ピリオド終了。テクニカルポイントは1−3、Tzonovの2ポイントリード。

 第2ピリオド冒頭、Tzonovの片足タックルが入る。後ろに回り、1ポイント追加。田南部はこのグランドもこらえきる。この後の第2ピリオドは田南部が常に攻め続けていた。片足、両足ともに何度も何度もタックルを狙う。得意と自負する飛行機投げも狙う。しかしとりきれない。Tzonovは3ポイントのノルマを達成し、3ポイントの差が開いている。そのため、敢えてテクニカルポイントを重ねるリスクを犯さず、確実に勝っていこうとしている。第1ピリオドのようにタックルを狙って来ない。攻めてくる田南部の技を防御することに全力を費やしている。第2ピリオド、3分56秒、5分と2度のパッシブがTzonovにつき、パーテルが命じられる。そのたびに肩を動かそうとする田南部の動きを防ぎきり、アップにこぎつける。

タックルを試みる田南部 しかし、田南部は試合終了まで残り1分のパーテルからポイントを取ることができなかった。アップを命じられて、すかさず田南部はタックルに入る。片足タックルが決まった。バックをとり、1ポイントをとった。ここからさらに追加点を狙う。しかし、もう時間は6分になっていた。ブザーが鳴り試合終了が告げられる。テクニカルポイントは2−4。レフェリーに腕を上げられたのは田南部ではなかった。五輪への出場権を獲得することはできなかった。

 


 
 宿舎の部屋でぼんやりと寝そべり、なにも言うことはないですよ、と田南部の口からは、なかなか言葉が出てこない。それでも、試合のことを思い出しながらポツポツと話が始まった。

『四つ試合をした中で、今日やったヤツ(Ivan Tzonov (BUL)戦)が一番憶えてる。四つとも全部違ったんだけど……四つ目は去年世界選手権でもやってるんだけど、まったく進歩がなかった。うーん。まったく……進歩がなかった。積極的にいけても、ポイントにならなかったからあんまり意味がなかった。
 決勝トーナメント進出したけど……いやあ、ホント、意味無いですよ。勝たないと。  グランドの防御が弱い、ていつも言われてるんですけど……全然……ローリングが弱い、ていうのは分かってることで……まあ、意識はしてるんですけど……思うように出来てなかったですね。

ローリングされる田南部  これから……強化……強化ていっても練習内容が変わってないから……変えたい。体力では負けてない……負けてないと思うんで……取る技が欠けてる、ていうことは技術が劣ってるわけだから。練習量増やしても、質を上げないと追いついていかないと思って……技術で負けてるから……体力だけじゃダメだ、ていうのが。
 知らない技とか、やられたら、やっぱり対策しようがないから。もう組み手の時点で、日本人と違う組み手、だからまったく……だから日本だけで強化合宿とかやっても、やっぱ、外に出ないとダメだ、ていうのがわかるし……
 日本でやってるうちは、ちょっと、勝てないような気がするから……やっぱり、思いますよ。だって、日本にいても、自分より弱い人としかやらないじゃないですか。パートナーだって、海外で切られるタックルとか、諦めちゃう。そういうのが大きい。海外のヤツだともう、諦めないですからね。それ、大きいですよ。
 11月(全日本選手権)、やる気しないですね。ほんとに。力抜けちゃった。うん。
 ……なんにもする気が起きない。
 オレが勝っとけばたぶん、矢山先輩とか、和田さんだとかまで勝ってたと思うんだけど……もしオレが決めてれば、もっと楽に出来たんだろうなあ、と思って。
 うーん……初めての体験だからね……あの、オリンピックのかかった……まあ、負けたらこんな気持ちになるんだろうな、ていうのは分かってたんだけど。
 でも、試合やる前に、負けたときのこととか思ったことない。表彰台上がったときまで、想像しちゃう。
 いいとこは、ひとつもなかった。』

 もう、これ以上話せることはないと田南部は口をつぐんでしまった。何をしたら良いのか途方に暮れている。信じていたものが役に立たないと烙印を押された人には、いったいなにをすればよいのだろう?情けないことに、どんな言葉も、どんな行為も頭に浮かばなかった。

(10月8日、トルコ・アンカラ)


 

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レポート:横森綾