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'99 フリー世界選手権大特集
97kg級 小菅裕司 「一瞬でも長く」

足を取られつつもかわす小菅  スリングの場合、日本人の重量級はその階級にいるだけで厳しい現実に直面させられる。まず、練習相手の絶対的な不足である。日本人の骨格で重量級の体格になっているものは少ない。それをレスリング選手の中でとなると、さらに少ない。小菅裕司の階級、97kg級に出場していても、実際は90kgくらいの体重しかないものも珍しくない。減量をしている小菅のほうが珍しいというのが現状らしい。
 全日本の合宿でも、小菅は一階級上の小幡を相手に練習していることが多かった。しかし、小幡も膝に故障を抱えている。年齢も大ベテランの域に入っており無理はきかない。だが、練習相手が不足だからといって気軽に海外遠征できる環境にはない。自分に足りない要素が分かりながら、どうにもならない。そんな状態のまま、世界選手権を迎える。
 


 
パーテルをとられる小菅  10月7日、世界選手権初日。予選リーグ一回戦の相手はHeiko Balz (GER)。階級制で、同じくらいの体格の対戦相手のはずなのに、相手が一回り大きく見える。日本では小菅が同じ階級の中でも一回り大きい方に入るのに、この場所では逆に見える。
 小菅が先にポイントを獲得する。がぶってひっくり返し2ポイント。パーテルの位置をとり、さらにポイントの獲得を狙うが、相手の肩はびくとも動かない。外国選手は、たとえ重量級でも簡単に点をやらない。防御がしっかりできあがっている。安易に諦めたりしない。

フォールされている小菅  その後、パッシブを取られて小菅がパーテルの下を命じられる。ローリングされ、さらにボーナスポイントも奪われる。小菅の首に相手の腕が絡み付く。息苦しさに顔を顰める。体を逆に返して凌ぐのかと思った瞬間、小菅の肩はマットにつけられていた。2分23秒、無得点には終わらなかったものの、フォールを奪われた。この時点で、勝ち点で上位にいくことは厳しくなり、決勝トーナメント進出はほぼ不可能となった。

片足タックルをする小菅  予選リーグ二回戦は試合無し。そして、三回戦の相手はDries van Leeuwen (NED)。第1ピリオドから片足タックルを中心に攻める小菅。1ポイントを先取し、返し技で1ポイント取り返されるが、その後はすべて小菅のペース。第1ピリオドが終了した時点で3−1でリード。決勝トーナメント進出への望みは絶たれてはいるものの、少しでも勝ち点をあげて上位にランクされて欲しい。第2ピリオド。第1ピリオドのようには安易に攻撃できない。が、後ろに回り込み1ポイント獲得。パーテルで上になるが、やはり動かせない。スタンドから試合再開。タックルに入ってきたところをがぶり、後ろに移動する。更に1ポイント。相手にパッシブがつき、またパーテルで上のポジションを獲得する。やはり動かせない。6分終了。5−1で勝利したものの、小菅の世界選手権は10月7日、大会初日で終わってしまった。
 

 
 食事も終わり、部屋で一人、テレビを見ながらくつろいでいた小菅はコメントをとらせて欲しいという願いにすんなりとうなずいてくれた。終わったことは終わったこと、考えるのはこれから先のこと。明るくポジティブな口調で自分の世界選手権での試合を振り返った。

『まだ力の差があった、ていうことでしょうね。防御ができてなかった。ずっと、あばら痛めてたじゃないですか。(4月の全日本選抜選手権前から肋軟骨を傷めており、5月末のアジア選手権代表は辞退している)で、グランドの練習とか出来なかった。そういった点もあると思うし、あとは……我慢できなかった。(苦笑)
 一試合目のフォール、我慢できなかったですね。もう落ちそうでしたからね、首入ってたから。もう、入って、もう、落ちそう落ちそう落ちそう、てヤバイ、と思って自分から行っちゃいましたからね。返っちゃいましたからね。反対に返ってそのまままた、戻ろうかな、と思ったらそのまま決まっちゃって。はい。そうですね。
 世界選手権に行く前はまずくじ運のことを考えましたね。くじ運で勝負。で、いいとこ入って、勝ち進みたいな、と思ったんだけど、ドイツが入っちゃった、と。だけどオランダもフォール狙ったんですよね。腕も取って、そしたら、ちょっと立たれちゃって、逃げられちゃったけど。

試合前の小菅  一回戦でフォールされちゃったから、二回戦フォールしても、(勝ち点が)4−0じゃないですか。4点だと、上には上がれないんですよね。5点ないと、厳しいんですよ。やっぱり一回戦目の……悔やまれますね。最初、調子よかったんですけどね。最初、こうやって足タックル入っていったところを返して、2点。2−0で勝ってて。パッシブ取られちゃって。悔やまれるところですね。
 グランドとか防御とかあるけど、そのほかは……いやあ……まあもう、重量級はあとはもうパワーじゃないですか、力じゃないですか。タックル取ってからの処理ですね。あと、いかにタックル入らないでポイント取るかです。相手を追い込んで、差して、ポイント取る、ていう。そいうのちょっと練習してきたんですけどね。練習のようにはいかなかったですね。前に押しても、向こうの方が、ガッと、体がいいじゃないですか。で、押し切れなかったんですよね。
 まあ、小幡先輩と練習やってるんですけど……ちょっとやっぱ、タイプ違うじゃないですか、外人。細くてこう、手足長くて。だから、そういう練習相手とかみつけて、やってこうかな、と思うんですけど。
 外人対策は、相手をバテさせる。自分がバテる前に、自分がバテちゃうんですよね、体力ないぶん。ま、相手をバテさせないといけないんで。
 また全日本から、やりなおしっすね。もう一回やり直しですね。』

 小菅の口調とは裏腹に、厳しい日本人重量級の現状を語り終えた彼は、この後どの選手のコメントをとるのかと質問してきた。今日は小菅が最後で、和田は明日に繰り延べ、その後、試合が終わった順になるので小幡と川合が残っていると告げると「小幡先輩いいなあ、試合がまだあるんだ。」と漏らした。日本では考えられない華やかな雰囲気の中での試合を、一瞬でも長く味わっていたい。そのためには強くなければ、勝ち続けなければならない。それが小菅の本音なのだろう。

(10月8日、トルコ・アンカラ)


 

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レポート:横森綾