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'99 フリー世界選手権大特集
小柴健二(76kg級)
「その先のレスリングへ」

試合開始前の小柴 ールなレスリング。小柴の試合は、いつもそんな印象を受ける。レスリング以外の部分で話をしているときは、喜怒哀楽がはっきりした、実に表情豊かな人だ。しかし、それがことレスリングになると過剰なほど理性的な反応を返す。突然の口調の変化にこちらが戸惑うほどだ。
 世界選手権に照準を合わせたウェイトトレーニングは順調に進んでいた。目標の体重、筋肉量はクリアしており、あとはイメージ通りのレスリングをするだけだった。


後ろを取る小柴 予選リーグ一回戦は試合無し、二回戦の相手はDaniel Gonzales(CUB)。試合が始まる。せめぎあいが続く。途中、小柴が持ち上げられ、投げられるかもしれないという恐ろしさを抱きつつマットの上の動きを見つめる。相手の体を巧くつかみ、安易に投げられないバランスを築く。お互いに一度ずつパッシブがつき、パーテルを強いられるがポイントは0−0のまま第1ピリオド終了。

 第2ピリオド。小柴からしかけた片足タックルからの攻防で1ポイントを獲得する。が、同時に2ポイント取り返されてしまう。そして、以前言っていたレスリングのプランと微妙にずれて試合が進行していく。


パーテルから腕を取りに行く小柴 「スタンドで勝負ですね。グランドそんなにたくさんの技を持ってない、ていうかやらないんで。スタンドでタックル、相手を崩して、崩して、というのが僕のイメージしたものです。」

 小柴の試合に対するプランは、スタンドから崩してポイントを重ねていくというものだった。しかし、第2ピリオドに入り、第1ピリオドよりもグランドの時間が増えていく。第2ピリオド、先にパーテルを命じられたのは小柴だった。このパーテルはこらえきり、アップを命じられた後、今度は逆に相手にパーテルが命じられる。しかし、どうしても動かすことが出来ない。そしてアップが命じられる。


 レスリングの試合は、一試合2ピリオド6分の間に3ポイントを獲得しなければ試合として成立したと認められず、延長戦になる。この試合、小柴は1、Gonzalesも2しかテクニカルポイントを獲得しておらず、このままだと延長戦になる。勝負が決まる時間は、まだ先延ばしにされている。6分という時間が近づく。小柴は2ポイント、Gonzalesは1ポイントを一つの技で獲得できれば、と願い二人とも積極的に動く。小柴がまず、片足タックルを仕掛ける。だが、このタックルはゾーン(マットの外円を縁取る赤い輪)の外へ出てしまう。もう一度マット中央へ。
 6分が刻々と迫ってくる。このまま延長戦に縺れ込んで、小柴が勝てるんじゃないか。そんな考えが頭をかすめたとき、6分終了間際、テクニカルポイントがGonzalesに追加された。3ポイントのノルマを達成。予選リーグ二回戦、小柴の腕は上げられなかった。

 


 
タックル 選リーグ三回戦。フォール勝ちをすれば上へ、決勝トーナメントへ上がれる。対戦相手はAdem Bereket (TUR)。地元トルコの選手ということもあり、客席から大きな歓声が飛ぶ。
 第1ピリオド1分を経過したところで、先に小柴へパーテルが命じられる。くるりと回される。3ポイントを先取される。が、小柴も得意の片足タックルから1ポイントを獲得。3−1。2ポイントリードされた状態で第1ピリオド終了。


 第2ピリオド。小柴の片足タックルから試合が動く。テクニカルポイントが3−3と並ぶ。二人の止まらない動きが続く。Bereketが後ろをとって1ポイントを取れば小柴も相手の肩を返してポイントを重ねる。Bereketが投げる。小柴はここで体を翻してポイントを奪われるのを防ぐが、左肘を負傷してしまう。痛み止めのためだけのタイムが入る。勢いのついたBereketはさらに投げる。肘を痛めてリズムを狂わされた小柴には、もうこらえきれない。ポイントを次々と積み重ねられ、5分21秒、フォールを奪われる。終了時のテクニカルポイントは14−5になっていた。

投げられた直後
 素人目に見ても、小柴の一試合目と二試合目には変化があった。二試合目のほうが、彼のイメージしている「スタンドでタックル、相手を崩して、崩して」というプランにより近い内容だったように思う。しかし、勝利に結びつかなかった。善戦をしても勝利しなければ、アマチュアの場合、次の試合の機会にすら恵まれない場合もある。フリー76kg級は、他の多くの階級とは違い、日本国内に力が拮抗したライバルがいる。一つのチャンスを失ったその代価は大きいのではないか。

 もうすぐ午後の試合が開始する時刻に会場に現れた小柴は、もうすっかり「一観客」としてレスリングの試合を楽しむつもりでいるようだった。抑揚たっぷりの世間話の後、一転して冷静な口調で、終わった試合のことを振り返った。

試合観戦中の小柴「一試合目、キューバ。最初のポイントはタックルで入ってる。2−1になってます。相手の返し来て。片足タックルで、最初のときのタックルで、確実に1ポイント、それはよかったんですけど、そのとき一瞬見ちゃったんですよね。相手、なにくるかなと思って。そしたら、ころって返されて。僕は返ってないと思ったんですけど、相手の背中出たからこっち3点入るかな、と思ったら、2−1だったんで。そのあとで追いつけるかな、と思ったんですけど。追いつけなくて。狙われてましたよ、最後は。

 自分のやりたいレスリングが出来ていたかというと、この試合は、そんなに……うーん……この試合は、動けてたけど、ま、いまいちだったかな、と。
 そんなにやりにくくもなかったですけどね。そんなに力も感じなかったですし。マトモに取られた点数はないんで、もうちょっと積極的に行ってもよかったかなあ、という。
 (二試合目の)トルコのほうが動き的にはよかったかなあ、と。自信あったけど。最初より。形は。一試合目と二試合目は、だいぶ、自分でも形は変えてるんで。
 一試合目終わって、で、まあ悪いとこ修正して、また上がったんで……よくはなってると思うんですけどね。
(76kg級は、現状では珍しく日本国内にもライバルがいる階級だが、の問いに)僕は、まあ普通に試合をやって、今まで通り勝てるように調整して行くだけですから。」

 次に試合を控えている選手のアップのパートナーとして小柴は呼ばれていった。
 彼のレスリングは、理念としては固まっており、一試合目と二試合目の内容を見ても方向は間違っていないように思う。ただ、「得点をする」というあざとさが足りないだけだ。イメージしたレスリングへ、さらにその先へ。そこには確実な勝利があるはずだ。

(10月8日、トルコ・アンカラ)


 

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レポート:横森綾