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'99 フリー世界選手権大特集
石嶋勇次 「エリート」

 リートだと思っていた。

 同期の中でいちばん最初に全日本王者という位置についた。1989年全日本選手権。霞ヶ浦高校3年生だった石嶋勇次はフリー52kg級で優勝した。山梨学院大学に進学して階級をひとつあげてからしばらく頂点に立つことは出来なかったものの、高校生で全日本チャンピオンになった彼は、傍目には当然レスリングエリートだった。しかし、世界選手権には今まで一度も出ていない。アメリカの大学で実力をつけてきた阿部三子郎に代表の座をいつも阻まれてきた。その阿部が、今はほぼ現役を退いたに近い状態になっている。阿部がいなければ、石嶋を阻むものは日本にはいない。

 だが、彼には一つの風評がついてまわる。「世界で勝てない選手」と。日本国内では圧倒的な強さを誇るものの、自信の無さからか、外国人との試合では消極的な姿が目立つ。しかし、日本国内で確実に石嶋に勝てる選手はいない。

 朝霞の自衛隊での最終合宿で昨年度の58kg級の順位を見たとき

『みんな強いじゃん。見なきゃよかったなあ。』
 と苦笑いをしながら言っていた。いつも賑やかで、空挺団での落下傘訓練のときも元気のよい選手として目立っていた。その石嶋が、どういうわけか国際大会のマットの上では人が変わってしまう。

 


 
 10月7日。予選リーグ一回戦。相手はOtar Tushishvili (グルジア)。タックルを受けて返され、開始早々2ポイントを失う。そしてパッシブをつけられパーテルに。これはアップになるが、その後も石嶋は攻めることが出来ない。胴タックルを受け、後ろに回られて1ポイントを失う。ポイントを取り返すことが出来ぬまま第1ピリオド終了。

 第2ピリオドが始まる。石嶋の表情は冴えない。昨日の計量に合わせてかなり厳しい減量だった。計量時には立って順番を待つのを嫌い、「だるいから」と計量会場で横になって人が少なくなってから計量をしていた。その後、点滴をうとうとしたが、血管まで細くなっていて点滴が入らなかったという。

 まだ石嶋は攻めることが出来ない。相手の技を受け続ける。せめて返し技でポイントを奪わないと。パッシブを取られ、ローリングをかけられる。このローリングを返してようやく2ポイントを得る。しかし、彼の得点はここまでだった。6分戦って6−2で敗れた。予選リーグ二回戦はBYE(試合無し)。一回戦を0ポイントで負けたわけではないので、明日、8日の午前にある三回戦でフォール勝ちをすれば決勝トーナメントへ勝ち進める。しかし、相手は強豪ぞろいのロシアだ。

 


 
 8日、朝。涼しいと聞いていた10月のアンカラはTシャツでもちょうどよいくらい暑かった。石嶋の予選リーグ三回戦。相手はMiron Dzadzaev (ロシア)、昨年の世界選手権で5位に入った選手を押さえて代表になった21歳の選手。赤のシングレット姿でマットに上がった石嶋の表情は相変わらず冴えない。試合開始とともにあっという間にポイントを重ねられ、「訳が分からないうちに負けた」。第1ピリオド、2分11秒でのフォール負け。スコアは1−8だった。

 おそらく、11月の全日本選手権でも石嶋は勝つだろう。2位と接戦になりはするかもしれないが、最終的には勝利を収めるだろう。しかし、たとえ勝ったとしても彼の不安は消えないだろう。エリートだったはずの彼には、いったい何が足りないのか?

 日本チームで持ってきた電気炊飯器で炊いているご飯の様子を見ながら、初めての世界選手権で二戦二敗に終わった石嶋は、ホテルの部屋で思い切ったように口を開いた。

『終わって……感想ていうか……いやあ、悔しかったです。

 グルジア(予選リーグ一回戦の相手)一回やってるんで。マット上がって思い出しましたよ、顔見て。この前もそんな感じだったから……勝てなかったです。ロシアは……なんだかわけわかんないうちにフォールされたから。悔やんでもしょうがないんで、次、全日本で、もう一回、頑張って、トライアル頑張りますよ。
 もう、ほんとに、ロシア戦やる気なくしますよ。フォール取らなくちゃ上に上がれない、てどうする?どうすればいいのかな?て。ホントに、だってもう、運が良くて勝てる相手なのに、勝てるかどうか、ていうのに、フォール取らなきゃダメだ、てどうしたらいいのかな?て。

 これから強化するところは……気持ちかな(苦笑)。慎重になりすぎなんですかね。いつもそうですね。全部受けて、全部やられるパターンが…
 今回、減量が辛かったんで。減量、ヤバイかな、と思ったけどいっきに落とせたから、だけど体力あったな、と思って……減量で巧くやったって、試合に勝たなきゃ意味無いですからね。そんな減量のためにトレーニングしてもしょうがないから。そんな思いして二回しかやってないし、試合。
 これ以上、やりようがないですからね、あれだけ合宿やってきて一緒じゃ。技の面で、もうちょっと考えた方が……同じこと今までやってきてダメだったんで、同じことやってもダメだと思いますよ、これから先。

 でも、どうやって変えていいかわかんないですねえ。変えたい、ていうか……どう変えていいかわからないし、自分じゃ。まあ、とりあえず、次頑張りますよ、それしか言えないですよ。年輩ですからね、28にもうなるからね。スポーツ選手、それから変える、ていっても大変でしょ。もう、しょうがないですよコレばっかりは。もう頑張るの一言しか言いようがないですからね。スタイル変える、体力つけますよ、て落ちる一方ですからね。維持するのが大変じゃないですか。これだけ走ってきて、そんなに変わってないような気がする。ちょっとは、まあ、体力面ではいいほうかもしれないですけど。試合終わってみても別に、そんなに体調変わってないんで。これが、体力がダメだ、ていうわけじゃないような気がしますけど。

 しょうがないですよ。やってダメだったら。悔いがないようにやれればいいですよ、もう。精一杯やって、オリンピックいけなかったらいいです、それで。出来るようにしたいです。悔いがないように。行けなかったら行けなかったで、行けたら行けたで。それくらいですね。
 でもひどいですね。(日本人が)一人も(ベスト8に)入れないっていうのは。明日、達夫(85kg級、川合達夫)がどうか…でも、フォールをとらないとダメなら自分と一緒じゃないですか。
 ひどいな。グレコも(日本選手のベスト8)ゼロだし。何やってたんだ?て言われちゃうな。今まで何やってたんだ、て。何やってた、て言われても……』

 ご飯が炊けて、選手やトレーナーが食器を持って部屋に入ってきた。選手たちがみな、温めたレトルト食品をかけてご飯を食べ始める中、石嶋はしばらく何も食べずにいた。

 石嶋だけでなく、日本人選手は全般的に不安を抱えたまま試合に臨み、そして自信を無くしている。そして、その解消方法が分からず途方に暮れている。この悪循環はいつ断ちきられるのだろう?

(10月8日、トルコ・アンカラ)


 

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レポート&写真:横森綾