「タカボー！！」。地元の友達の声援を受けて、伊藤がリングに向かって駈ける。印象は非常に地味ではあるものの、ここのところ伊藤は負けていない。レスリングを下地とし、常にそれを大切にして闘い続ける伊藤だが、試合前の練習生を相手にしたスパーリングなどでは、オープン・ガードを練習する姿が見られる。自分のポリシーは大切にしながらも、実はその他の技の研究も全く怠ってはいない。その時すでにリング上にいた、対する渋谷は４月にNHB戦を控えている。今日は、それ用の闘いを見せてくるのか？　それとも、いつも通りの渋谷なのか？　会場はある種の期待感を持って、試合開始のゴングを待つ。

　軽い打撃の交換の後、渋谷は伊藤を捕まえ、首相撲から膝を出していく。余り効果的には見えなかったが、普段の渋谷とは少し違う動きである。そして、そのまま二人は差し合いへ。今度は伊藤が引き込みからグラウンドへ誘う。それを嫌った渋谷は離れて立つ。ブレイク。仕切直し後も、両者共にタックルへ行かず組み付いても差し合いに。再び伊藤が引き込んだところでグラウンドの展開へ。NHB戦を想定してだろうか、この日の渋谷は差し合いになっても安易に引き込みに行かず、粘り腰を見せる。

　しかし、グラウンドになってからはいつもの渋谷だ。上になっても打撃をみせるでもなく、関節を取りに行く。本道と外道を完全に分けているのか、以前から公言するようにNHBでもテクニックで勝ちたいのかは定かではないが、いつもと変わらない渋谷がそこにいる。サイドから腕十字を取りに行くが、巧く伊藤はターンしてこれを凌ぐ。二人の上下が逆転し、渋谷がクロス・ガードを取るも、１分近くそこからの展開を見せない。渋谷が脚のフックを外したのを見計らって、伊藤が脚を取りに行く。ここで極め合いになるも、あっさりとそれを放棄した渋谷は再び上のポジションへ。まずは脚を絡めていた伊藤だが、すぐさまオープン・ガードへ移行。クロスが外れたようなものでなく、片方、もしくは両方の脚を相手の内股に入れてコントロールし、容易な攻めを許さない。伊藤の脚を越えられない渋谷は、脚を取りに行く。そのまま取り合いに誘ったところを、再び放棄して上のポジションを奪う。しかし、今度も上からの打撃をみせるでもなく、脚を越えるでもなく離れてブレイク。

　このあと一度、足技で伊藤をこかしてテイクダウンを奪うが、ブレイクを挟んだその後からは、待っていたかのようにタックルを見せる。その後も似たような展開が続くのだが、よくよく見ると渋谷はほとんど全ての場面で上のポジションをキープ。ガードからの攻めも積極的でない割に、引き込みを多用するようになっていた渋谷だが、この日は上になることに努めていたようだ。ただ、上になった場面でも、この日の他の選手が見せたように、ガンガンと掌底を打ち込んでいく訳でもなく、かといって積極的に相手の脚を越えるでもない。いつも通り脚関節を取りに行くだけだ。むしろ、下になっていたはずの伊藤の動きが印象に残っている。はっきり言って、中途半端な印象は拭えない。意識してそうしてるのかどうかは定かではないが、そこにNHB戦を想定した、普段通りではない渋谷の姿を見ることは出来ない。そんな中、渋谷が上を取った状態で本戦終了。どちらにも決め手なく、判定はドロー。３分間の延長戦へ。

　延長戦にはいると、伊藤がシュート。渋谷はがぶるが、伊藤は後ろに倒れ込んでオープン・ガードの体勢。しかし、ここでも展開無くブレイクが入る。仕切直し後も伊藤からタックルを仕掛けて行くが、同じ様な展開。もう一度ブレイクを挟んだ後、渋谷がこの日何度も見せている膝蹴りを出して行くが、密着して引き込まれたりと、伊藤に巧くすかされる。その後、両者スタンドで対峙した場面で時間切れ。ここでも両者ともに決め手なく、ジャッジは0-0のドロー。妥当な裁定だろう。

　かくして、この日の渋谷は、ポジション取りへの気遣いを見せたものの、結果的にはいつもの渋谷だった。NHB仕様の彼を見に来たオーディエンスは肩すかしを喰らった形になったが、その分だけ、本番では目の覚めるようなビッグ・サプライズがあることを期待したい。

（眞砂嘉明）

↑全試合結果に戻る