98・12・19
Tour "ADVANCE" 最終戦
東京ベイNKホール

 

メインイベント(20分1本勝負) King Of Pancrase Title Match
King Of Pancrase
ガイ・メッツァー
アメリカ
20'00"
判定2−0
×
ランキング1位
近藤 有己
横浜道場

判定 30-28,29-28,30-30 
メッツアーは2度目の王座防衛


<大会総評> ウィルスとしてのメッツアー、あるいは
ハイブリッドレスリング殲滅者としての船木の可能性

Text by 井田英登 


 盤スタンドの右ストレートで鼻を切る近藤。押さえ込みに入るとメッツアーの手固さが目立つ、サイドからのニーインザベリーからの腕狙い一本だが、押し込んでくるプレッシャーが違う。エビを使ってずり下がろうとする近藤を逃さない。ぴったり追いすがって、ターンする余裕を与えない。腕以外に狙い目のないメッツアーだが、この粘りは驚異的だ。一瞬突き放されたために開いたスペースを嫌って、メッツアーが自ら立ち上がる。立つと右ストレートをヒットさせる近藤だが、パワーに勝るメッツアーはすぐくんで組み潰しにくる。そして執拗な押さえ込み。一瞬マウントを狙うメッツアーだが、むしろこの体勢のほうがバランスが悪い。動き回り、ターンを狙う近藤に対しては分が悪い。


 うやくブレイクがかかり、再度スタート。しかし時間が半分となりスタミナの残存量は近藤の方が有利か。胴タックルで組倒すメッツアー。ここらあたりの展開を指して、テレビ解説を努めていた富宅が面白い指摘をした。「近藤は下になったら抵抗せずに動くのをやめれば、レフェリーがブレイクをかける」というのだ。確かにレフェリーはグラウンドで近藤が動き続けるためにブレイクをかけにくい。


 レイクから立った所で、近藤はスタンドに勝機アリと見て面白い仕掛けを見せる。まず、タックルで組み付きにこられるのを避けて、顔面を下げて低い位置からの掌底を打ってみる。誘われたメッツアーは打撃戦にモードを切り替える。そこで、今度はノーガードで顔面を開け、じっと打ち気を誘ってみる。このとき、近藤の目付きは、きっちりメッツアーの動きをフォローしている。やみくもに挑発してかき回しにいっているのではなく、メッツアーが先手で打ち込んでくるのをじっと待っているわけだ。


 ッツアーは、おいしすぎる餌におもわずハイを放ってしまう。しかし、ここで前に出て打ちあってしまえば、また組み付かれるのは目に見えている。メッツアーが続いて放ったワンツーに、バックステップで一瞬溜めを作って、逆に飛び込んでいったのだった。打撃戦に誘い込んでのカウンター狙いだったのである。しかし、キックボクサーであるメッツアーはやはりこうした接近戦に強い。左右のストレートをいずれもスウェイで躱して、一機に抱きついてテイクダウンしてしまう。


「敵の光を吹き消してしまう戦い」

 それが今のメッツアーのスタイルだ。相手の持ち味をことごとく封じて、ただ有利な姿勢を維持し続ける存在。全てのエネルギーをことごとく無化してしまう反物質のようなファイトスタイルである。しかし、この戦いができる背景には、こうした近藤の仕掛けた罠をことごとくかわしてしまえる力量が間違えなく存在する。

 ァンの目には地味で眠気を誘う戦いかもしれないが、アルティメットという危険地帯の砲火をくぐり抜けて来たがゆえに身についたこのファイトスタイルは、パンクラスマットを侵食しようとする目に見えないもう一つの外界からの脅威なのである。船木・柳沢と連続して仕留めてしまったスタンドコーナー戦法に続いて、グラウンドで無尽蔵とも思えるスタミナを持つ近藤をも封じ込めたメッツアー。絶対的なまでにディフェンシブなスタイルは、まさに完成の領域にまで高められつつあるといえるだろう。彼のスタイルは、時間制限と押さえ込みに対して優勢を付ける判定というシステムを武器にして、パンクラスルールを内部から空洞化させる強みを持っているのだ。

 来アクティブにそしてスピーディーに、技術の攻防を観客に提供すべく工夫されてきたロープエスケイプというシステムが、こうした侵食者によって無化され、今やパンクラスマットから消え去ろうとしているのは、いわばこうしたファイトスタイルに抗う事が出来なかった結果でもあるのだ。蹂躙されているのは王座ばかりではなく、ルールの根本にあったイズムでもあるのだ。パンクラスルールを作り上げてきた日本人選手たちが、アルティメットからやって来て、突然変異的にこのルールに過剰適合してしまったメッツアーによって、鍛え上げてきた技術をことごとく無化されて破れさっていくという風景。彼の存在はまさにパンクラスルールを、そしてイズム自体おも侵食するウィルスのような存在なのであろう。

 つて船木は「アルティメットは目障りだ、たたきつぶしたい」と明言した。ノールール戦に打って出て、その存在に直接異議申し立てをしていくのも一つの手段だろう。しかし、その一方でパンクラスマットの中央をメッツアーが確実に空洞化させていっているという事実。今の船木の戦いが、ノールール壊滅というかつての方向軸とは微妙にベクトルを変えているのは、言うまでもない。一格闘技選手としての力量試しであり、ノールール世界における技術の探求がその大きな軸になっている気配が濃厚なのだ。

 とすれば、船木がノールール世界での探求を終えて、パンクラスに帰ってきたとき、再びパンクラスのかつての方向軸、かつてのイズムに同調するという保証はどこにもない。船木がその世界に染まり、変質する可能性の方がずっと高い。それほど、ノールールマッチの持つ世界の闇の奥行きは濃く、深い。とするならば、船木の帰還こそが旧来のパンクラス世界、パンクラスイズムの絶対的終末になるのではないか。そうなったときパンクラスという商標、ワールドパンクラスクリエイトという興行会社はともかく、5年前船木と鈴木たちパンクラス第1世代が夢想した“ハイブリッドレスリング”という競技は地上から消え去る。

 メッツアーの長期政権はまさにその崩壊の序曲に過ぎない。

 るべき船木の再降臨のショックに耐える力を蓄えるためには、残されたパンクラシスト達は、まずメッツアーの壁を打ち倒すしかないのだ。ラスト1分、奇跡のようなブレイクによって近藤は死命を制するスタンドのチャンスを得た。しかし、バックステップでさがる余地を与えず打撃を畳み込み、組み付いて即押し倒しに入るメッツアー。近藤にはその嵐のようなパワーに抗う術もない。


 やはりパンクラス世界の命運は、風前の灯火なのだろうか?

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(取材:誉田徹也・岩瀬俊・川島智治 カメラ:大場和正)