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Report
 
パンクラス 99.12.18 横浜文化体育館
"PANCRASE BREAKING THROUGH PANKRATION"

 
メインイベント 鈴木みのる復帰戦!! 10分1本勝負 
×
横浜
鈴木 みのる
 
2'39"
レフェリーストップ
(肩固め)
東京
菊田 早苗
 
 

「そして一つの扉が閉じた」


 
 の日一年ぶりに白のガウンに袖を通した鈴木は、バックステ−ジでも落着かなげな風情だった。

 最初の長期欠場からの復帰戦とは明らかにどこかが違う。
 肉体的にまだ万全ではないのか、それとも精神のどこかで、リングに戻るだけの準備が整わなかったのか? かつての鈴木の全身から放射されていたオ−ラのようなものが全く感じられない。懐かしいテーマ曲「風になれ」が場内に流れる。しかし花道に現れた鈴木の視線にはまだ迷いが感じられる。
 かつて客席を睥睨し、その反応を楽しむように入場してきたチャンピオン時代のそれでもなければ、黒いタオルで顔面を隠してリングに飛び込んでいった弾丸小僧時代のそれでもない。その足取りは自分にまとわり付く観客の視線と対峙しきれていない。
 どこかはかなげな風情を感じさせる背中には「風」の一文字。本当に進軍の風は吹いたのか?鈴木。リング前で一心に祈る姿さえも、何故か胸に痛い。


 1993年9月、東京ベイNKホ−ルでの旗揚げ戦、鈴木みのるは第一試合登場を志願した。第一試合=前座という構図がまだまだ支配的であった時代のことである。本来であれば、船木と二枚看板である鈴木が第一試合に登場することなど考えられない。しかし

「パンクラスの最初の扉を開けるのは俺だ!」

 という鈴木の強い主張に、周囲はこの破天荒な提案を受け入れた。
 一見、スタ−選手のスタンドプレイとも見られかねない主張ではある。だが、一方でパンクラスという新しい団体がこれから打ちだそうとしていた「完全実力主義・序列排除」というイズムが強く打ちだされたマッチメイクでもある。

 こうして鈴木みのるは、パンクラスル−ルを体験した最初の選手となった。


 かし、その後の鈴木の選手生活は決して平坦なものではなかった。一度は王座奪取してパンクラスの頂点に立ったものの、その後、相次ぐ怪我に泣かされ、現在はランキングからも転落。昨年12月の東京ベイNKホール大会での渋谷修身戦では試合中股関節を亜脱臼、約1年間休場を強いられることになった。その間にパンクラスマット全体の流れはエスケ−プ、ダウンポイントを排除、グロ−ブ着用で顔面パンチも解禁というパンクラチオンマッチへと移行。そして鈴木が心血を注ぎ、ウェイン・シャムロック、船木誠勝、バス・ルッテンらと凌ぎを削りあった現行のパンクラスル−ルは、今回の大会をもって完全に姿を消す。

 今にして思えば、パンクラスマットに盛者必衰の論理を最初に持ち込んだ、旗揚げ戦の選択がこの後の鈴木の選手生活の変転を支配していたのではなかったろうか、とさえ思えてくる。そして、この現行パンクラスル−ルの幕引きを、またもや鈴木自身が演じる事になったのも、また運命のいたずらとしか言い様がない。


 ングでそんな鈴木を待ち受ける対戦相手は、この春パンクラスに参戦以来、鈴木への挑戦表明を繰り返してきた菊田早苗だ。パンクラスのスト−リ−にはこれまでほとんど接点の無かったストレンジャ−である菊田との一戦は、一種異種格闘技戦の風情も漂わせる。

 リング上で、対峙する二人。心なしか鈴木の表情は伏せ目がちで何かに対して耐えているようですらある。

 しかし、時の流れは非情だ。進路を見失った人間のために歩みを止める事はない。その非情さを身をもって知っているのは、鈴木自身だろう。


 ングが鳴る。リング上でお互いが様子を確かめるように軽い蹴りが交錯する。

 鈴木は素早く菊田の足を取って、グラウンドに持ち込もうとする。その瞬間、鈴木は口元をほころばせて笑った。思い通りに動かない我が身に対するシニカルな思いが漏れ出たものか、それとも今リングで闘っている自分に対する純粋な歓喜なのか? それはわからない。

 鈴木の腕が菊田の足をからめ取り、アキレス腱固めの体制に入る。しかし、鈴木の手から菊田の足が抜け落ちる。極めの強い鈴木にすれば、屈辱的な瞬間だったかもしれない。しかし、リングはあくまでリアルな場所だ。それを望み、その扉を開いた鈴木だからこそ、その痛みもなおさらだろう。


 立ち上がって、打撃での攻防。
 鈴木は掌底を出していくが、往年のスピ−ド、力感は望むらくもない。
 まるで、引退試合を見るような、寂寞感。
 まさか? そんなアナウンスは事前に一切無かったはずだ。しかし、鈴木の発散する気配はまるで、現役選手のそれではない。

 鈴木の攻撃に菊田も応じる。しかし、打撃でバランスを崩した鈴木はこてんと腰からロープへ崩れ落ちる。一瞬ひやっとする。1年前の股関節脱臼が嫌でも思いだされる。かろうじて大丈夫のようだが、やはり足がどうやら悪いようだ。鈴木は露骨につらそうな表情を見せる。


 試合再開、菊田にテイクダウンを奪われ、あっという間に肩固めの姿勢にはいられてしまう。サイドから押さえ込みは万全だ。首に回された菊田の二の腕は、がっちりと鈴木の首に食い込んでいる。見込み一本で言えば、既に鈴木は死に体だといってもいい。

 押さえ込まれた鈴木の右手が無力に差し上げられ、宙をさまよう。
 その右手のふらふらと彷徨う姿はそのまま鈴木のサイコドラマを再現しているかのようだ。ここでタップをすれば楽になれる、してしまえ、と囁く声との闘いが、右手のかすかな揺らめきのなかに聞えてくる。


 瞬、記憶のフラッシュバックが起こった。

 かつて藤原組時代、当時SWS所属の佐野直喜と闘った鈴木の姿が急に、幻視されたからだ。泥沼のような一進一退の攻防の中で30分時間切れ直前に佐野にバックを奪われ、スリ−パ−に意識を失おうとしていた鈴木。しかしそのとき、鼻血にまみれた自分の顔面を平手で何回も叩き、涙まで流しながら「嫌なんだ、俺は負けたくないんだよお!」と泣きわめいて、落ちることを拒否した若き日の鈴木みのるの姿が。

 リングの上で感情を放射し、泣きわめきながら闘い続けた駄々っ子、それが鈴木みのるという選手だった。今、僕の目の前で菊田に組み敷かれて為す術を失った男も、またその鈴木みのるだ。


 木の右腕が泣いている。
 僕には確かにその声が聞こえたような気がした。

 佐野戦では時間切れのゴングが、鈴木のプライドを救った。しかし、今、鈴木の横たわったリングに慈悲の女神は存在しない。

 鈴木の右手がぽとりとリングに落ちる。まるで天を目指して飛び続けた鳥が力尽き、まっさかさまに落ちる様に。

 あの佐野戦の時のように。最後まで鈴木みのるは鈴木みのるであることだけを守り通す。

 精神的な自殺。

 そうして、三途の川を強引に押し渡ろうとする鈴木を引き留めたのは廣戸レフェリ−だった。

 レフェリーストップ。


 
 ぐに意識を取り戻し立ち上がる鈴木。そして勝ち名乗りを受けた菊田と抱き合い、何かをささやく。いったい菊田の耳元でささやかれた言葉はなんだったのか。リングで対峙し、命を一瞬やり取りした相手にだけ伝える事ができるメッセ−ジ。

 続いてスタンドマイクがリングに立てられる。一瞬肝が冷える。だれの目にも惨敗と判る試合の直後に選手がマイクで語る言葉はただ一つだ。まるで決定済みのセレモニ−のように進行していく段取り。だが、そのマイクは勝者菊田のものではない。

 鈴木は何かを言おうとして、しかし、静かにリングを降りた。


 鈴木は疲れきった表情で、ゆっくりと花道を歩いていく。少し左足を引きずる姿がやはり痛々しい。そこに山田が涙ぐみながら鈴木に駆け寄った。何事もなかったに振る舞っていた鈴木に、山田はかまわず抱きついていく。その途端、塞き止められていた感情のダムが決壊した。山田は辺りかまわず大声で泣き始める。そして鈴木の嗚咽は声にはならない。そこにセコンドの窪田も抱きつき、ファンの声、カメラの放列、取り囲む記者達がごちゃ混ぜになりながら大きな人垣が膨れ上がった。

 まるで瀕死の患者が、三途の川から生還したかのような歓喜の光景。あるフィナ−レ、そして幽かにのこされた希望。

 試合時間2分9秒。
 鈴木の二度目の復帰戦は終った。
 そして、一つの扉が閉じられた。

(井田英登・石渡知子)



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写真:井田英登
 

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