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PANCRASE 1999 BREAKTHROUGH TOUR 99.9.4 仙台市泉総合体育館
第5試合(10分1本勝負)
○ セーム・シュルト vs 稲垣克臣 ×
(オランダ)         (横浜)
8分23秒 KO

「ダウンカウント・ゼロの危険な誘惑」
 
 の日から、「ダウンカウント廃止」という新ルールが施行された。ただ、第4試合まではグラウンドの展開がほとんどで、新ルールを意識させるような局面はほとんどなかった。しかし、このメインイベントでは、改正ルールの過酷さが初めて浮き彫りとなった。

 この試合、シュルトは打撃にこだわった。
 タックルに来る稲垣を潰しはするのだが、グラウンドで上のポジションを取っても、自ら離れてスタンドに戻る。グラウンドには一切付きあわず、掌底とロ−で間合いを詰めて膝蹴りを見舞う。自らの長所を完全に理解した戦法である。

 だが稲垣としてはグラウンドに持ち込む以外に勝機はない。シュルトの打撃に合わせて何回も組み付いていく。ただ仕掛けが単調だったため、ほとんどシュルトに読まれてしまう。4月の王者決定戦では、近藤のタックルにテイクダウンを奪われるばかりで、なすすべもなく判定負けを喫したシュルトだったが、この日の戦いぶりには成長の跡が見られた。

 こうなると、後はシュルトがいかにスタンドの打撃で稲垣を倒すかが勝負所となる。3分過ぎ、コーナーにつめての膝蹴りが稲垣の顔面を直撃し、早くもファ−ストダウン。今までの試合であれば、これでTKO勝利となるところだが、新ルールではそのまま試合が続く。ただ、シュルトは稲垣がダウンした場合でも、グラウンドに行かない。ダウンを三味線にグラウンドに呼び込む事すら出来ないのである。あくまで勝ちに徹したシュルトは、打撃勝負を要求する。このため、稲垣はダウンを繰り返し、大きなダメージを蓄積することになる。もしシュルトがグラウンドで極めを狙う選手なら、もっと早く決着が付いていたかもしれない。事実試合後のコメントでシュルトはこう語っている。

「立ち技が多くなったのは、試合前からの作戦。稲垣は精神的にも肉体的にもタフだった。膝蹴りを特に出そうと思っていたが、稲垣は打撃を出そうとするたびにタックルで組み付いてきてうまく戦っていた。ダウンを奪った後グラウンドで攻めればもっと早く勝てていたかもしれないが、勝ちを急がずに打撃で勝機を見いだそうと思っていた。いままでのルールなら、ダウンするとそこでカウントが数えられるが、新ルールではそのまま試合が続行するので、その後も打撃を入れられるように練習してきた」
 試合を決めたのも、やはり膝蹴り。これは完全にアゴをヒットして、稲垣が脳しんとうに陥り、そのままレフェリ−ストップ。試合後担架で運ばれるほどの強烈な一撃であった。ファイトスタイルを完全に確立したシュルトの隙のない強さが印象に残る一戦であった。

 また、この試合は、フリ−ノックダウン、なおかつカウント廃止という、格闘技史上類を見ない斬新なこの新ルールの、秘められた危険性が一機に露呈した試合でもあった。従来の10カウントダウンは、競技の優劣判定だけではなく、ダウンを喫した選手の安全保護という側面も持つ。カウント10という時間が選手の回復時間になり、また同時にダメ−ジの測定基準にもなるからだ。前者の効用はもちろんだが、後者のダメ−ジを計る基準が無くなった今、選手の受けたダメ−ジが競技続行可能範囲のものかどうかを計測するのは、レフェリ−の主観に全てがゆだねられる事になった。この事実をもって即「人命軽視の殺人ル−ル」だと糾弾するのは早計としても、ひとたび運用を誤れば選手の生命に危険を及ぼす可能性があることも本誌は指摘しておきたい。このル−ルを遂行していく上でレフェリ−ストップのタイミングや、その他想定されうる危険に対する シミュレ−ションの徹底を、ル−ルを管理するパンクラス審判部には強く望みたい。スリリングな格闘技を実現する事と、選手を死の危険に晒すことは全く違う事なのだから。


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レポート:慈村弓太