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KICK 2000.1.21 全日本キック「LEGEND-I」 後楽園ホール
 
第7試合 メインイベント 全日本ライト級タイトルマッチ/5回戦 
× 全日本ライト級王者
金沢久幸
(富士魅)
判定3-0
47-50
46-48
47-50
全日本ライト級1位
小林聡
(藤原)
※小林が第11代全日本ライト級王者に

「クラス委員 対 番長」


 
...ふたりの雰囲気を例えればこんな感じだ。

 昨年7月、全日本ライト級トーナメントを勝ちぬき王座を手にした金沢久幸は、リング上で「私はこのベルトにふさわしい選手になったでしょうか」と観客に問いかけた。金沢はライセンスを保つために年1度試合をする自称「なんちゃってキックボクサー」から、一昨年の立嶋篤史戦をきっかけに、飛び膝蹴りやバックブローでの逆転KO劇を見せる「怪鳥」へ変身を遂げた。ベテランと呼ばれる頃になって狂い咲いた王者のたたずまいは、その試合とはまったく逆の物静かさだ。対戦相手についてもまず敬意を表し、マッチメークに対しては「自分の役割」を強く意識した発言をする。そこには所属する組織あってこそ、という彼のスタンスが見える。

 一方、挑戦者の小林聡は、フリー、他団体所属を経て昨年、全日本復帰を果たした。NJKFとK−U(キック・ユニオン)ではライト級王者の地位を得ながらも、特定の場所に落ち着かない彼のキャッチフレーズは「野良犬」。団体の縛りから自由な彼の口からは大胆な発言が飛び出す。昨年の復帰時、誰もが気にする王者との対戦について「ベルトを持っている人が人だから、あんまり興味ない」とばっさり切り捨てた。昨年11月、復帰第1戦で敗北した五十嵐ヨシユキをKOで下してこの場所にたどり着いたが、タイトル挑戦権を手に入れても「俺が負けるわけがないだろう。タイトルなんか興味ないけど、発言権が欲しいからね」とあくまで強気の発言。現在、全日本に所属しているものの、あらゆる場所を渡ってきた小林の意識は”頼れるものは自分だけ”に変わりない。

 二人は過去1度、対戦している。1997年9月。小林が文句無しのKO勝ちを納めた。 2年4ヶ月前になかった肩書きをもってリベンジ・マッチに臨む金沢は、立場だけではなく、勝ち星という実績を足元に積んでいる。
 「王者になってからの私は違います」。
 謙虚な彼が言うのだから、かえって説得力があるというものだ。

 


 
 にコールを受けた王者は、リングの対角線上にグローブを突き出した。まるで挑戦者のように。グローブの先に立つ小林は、それが見えているのかいないのか、小さくガッツポーズをしただけだった。

 先に突っ込んだのは金沢だ。ゴングの直後放たれたバックスピンを小林がかわす。追いかけてワンツーのパンチ。小林は冷静だ。肩を揺らしながら間を取り、タイミングをみてローを当てていく。小林は11月の試合でもKOを取った強烈なローを持つ。金沢とてもちろんその威力は知っているはずだ。しかし勢いは止まらない。軸足を蹴られて転ばされるシーンもあったが、慎重になるどころか絶え間なく攻撃の手を出しつづける。試合の序盤は突っ込む金沢、かわす小林、という構図だった。


 2Rに入って、小林のコンビネーションが当たりはじめる。金沢の攻撃をかわしてそのままフックからのコンビネーションに繋げていく。だが容易にガードを下げて踏み込みはしない。金沢の”飛び道具”はどんなに不利な試合でも、逆転KO劇にしてしまう起死回生の一発だ。手を出しながらも、小林のガードは固い。たびたびくりだされる金沢のバックハンドブローは、小林の腕をかすめまたは空転していった。
 小林が老獪なところを見せたのは、2R後半、組み合ってブレイクがかかった直後のことだ。レフェリーが割って入ったあと、金沢の目の横から血が流れている。小林が離れぎわ肘を入れ、カットしたのだ。このカットの意味は「今日の試合はケンカだと思っていた。判定のことなんか考えなかった」という小林のコメントに集約されている。冷静に見えながら、小林の頭の中は煮えたぎっていたようだ。

「あいつが『昔は弱かった』なんて発言をするのが頭にきていた。俺はずっと必死でやってきているのに」

 2R終了間際のカットは試合を中断するほどではなかった。インターバルを挟んで3Rがスタートする。ここから後半にかけては乱打戦と言うべき激しい応酬となった。
 その中で、小林の右ストレートがヒットし、金沢がダウン。
 ダメージはあったのかなかったのか、立ちあがると再び激しい打ち合いが始まる。小林は組んでは金沢を崩し、転がす。そして肘。金沢も一歩も引かない。金沢が左ジャブから左ストレートという変則的なコンビネーションで小林をコーナーに追い詰める。小林はガードを上げて凌ぎ、ローを返す。


 金沢は小林の右ローに対しては「当たる位置をずらしてダメージを全部受けないようにしていた」という。確かに1Rからもらいつづけた割に金沢の足は衰えない。飛び膝やハイキックなど、長距離からの攻撃もちらちらと伺わせる金沢の動き。組みついて小林が膝を入れる。身体を振って倒そうとする。序盤はダッキングやスウェイでかわしていた小林の頭に、ボディーに、に金沢のパンチが入っていく。どの一発でも決まりそうな気もするし、このまま永遠に止まらないのではとも思わせる二人のやりとり。
 お互いを読み合い防御しながらも一歩も引かない王者と挑戦者の姿に、会場はヒートした。動きつづける二人に向かって「金沢!」「小林!」という応援の声が降り注ぐ。最後のラウンドは最後まで攻撃は止まなかった。


 勢い止まらない二人を5R終了のゴングが分ける。小林は「おれ、勝ったの?負けたの?」とセコンドに尋ねた。
 「大丈夫、勝ってる」。
 ジャッジの結果が読み上げられ、セコンドから言われたとおり、小林の勝利がコールされる。小林にとっては奪取というよりも、奪回というほうがふさわしいのかもしれない、ライト級で一番強い男の復活劇が”証明”された瞬間。小林は金沢に何事か声をかけると、勝利の凱歌を上げた。「金沢は最強の相手でした」。リング上で、元王者をたたえる小林の腰には今ベルトががっちりと巻かれている。住屋を持たない野良犬というキャッチフレーズにはいささか違和感のある”立場”の証明。

 


 
「今まで悪く言ってきてごめんって言ったんです」

 勝利後、金沢に告げたのは、そんな言葉だった。
 小林は放言によって自らを追いこみこの日を迎えた。
「だって俺にはなんちゃっての時代なんかなかった。ずっと必死でやってきた、覚悟が違うんだ、って。これで負けたらバカだよな、って言い合うくらい(練習を)やってきたから」
 いくぶん顔をほころばせながら語る小林の顔には昨年7月の全日本復帰から始まっていた試合を、やっと終えた安堵が見えた。復帰と同時に用意された「王者の敵役」をやりとおした、と言い換えることもできる。
「次は、賞金マッチをやりたい。一千万くらいのやつ。」
 なるほど王者にはふさわしい。しかし、小林らしくもある。

 立場を入れ替え、最強の挑戦者となった金沢は語る。
「相手のペースに合わせてしまったのがまずかったかな。でも悔いはないです。(小林と)また、何度でもやりたいですね。この試合でまた僕に仕事をしろ、って言ってくれてるんだと思いますし」

 小林とて望むところだ。
 タイトル移動だけではない、二人の間の”変化”が、どういう色合いでリングを染めていくのか。ふたりが次に合いまみえる場所を予感させて屈指の名勝負は終わった。

(薮本直美)


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取材:薮本直美、井田英登、井原芳徳  写真:茂木康子

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