---

白いタオルが舞った

---

　
　「キック界の貴公子」と呼ばれ今日の格闘技ブームの走りを担った前田憲作も今年で31歳。しかも実戦のリングに上がるのは約２年ぶりだ。前田といえばかつては「ガード下の青空ジム」シンサック・ジムの所属選手としても有名だったが、今回は前田の芸能活動も含めた総合プロデュース・チーム「チーム・ドラゴン」からの参戦となる。対戦相手カリム・ナシャーの実力は不明だが、キック14戦14勝、ボクシング19戦14勝という戦歴を見ると、パンチ技術に優れたかなりの実力者といった予想が出来る。それにしてもナシャーには前田のタレント性が相当気になったようで、試合前から再三に渡って「キックが出来る芸能人なのか、芸能活動もやっているキックボクサーなのか」といった挑発の言葉を投げ続けた。

　リングに登場したナシャーは、広背筋を中心にした背中のヒットマッスルが非常に発達しており、パンチ力がありそうな選手という印象を強くしたが、実際試合が始まっても全く蹴り技は出さず、パンチだけで前へ出ていく。「第１ラウンドはパンチだけで相手の様子を見て、蹴りは２ラウンド以降に出そうと思っていた」というのがナシャーの試合後のコメントだったが、対戦相手に対してほぼ横向きに構えてリードブローを伸ばしていくスタイルからは、彼がキックやムエタイ流のファイトの出来る選手とは思えない。前田に首相撲を仕掛けられた際にも、前屈みになって両腕でボディをガードするような動きからは、殆ど首相撲に対する対処法のトレーニングはしていないと思われた。もし蹴り技を出すとしてもサイドキックを多用するアメリカン・マーシャル・アーツ的なスタイルではないかと想像される。いずれにせよ、この試合ではタダの一発もナシャーの蹴りを見ることなく試合は終了してしまったが。しかし前田の方も、ブランクによる実戦の勘に若干の鈍りがあったか。どちらかというと優勢に展開していたにも関わらず、ラウンド終了間際にナシャーの右ストレートを正面から貰ってぐらついてしまう。これをレフェリー島はスタンディング・ダウンと宣告。勿体ない２ポイントを失ってしまった。

　ラウンド開始27秒。リング上ではさほどの打ち合いが展開されていた訳でもないが、突然ナシャーのリングサイドから白いタオルが飛び込んできた。まさに場内全体が狐に摘まれたような印象。聴けばナシャーは来日直前バイク事故で右肩を負傷していたということだが、対戦相手の芸能活動を云々する以前に、プロのファイターとしてこうしたコンディションで試合に臨む自身の姿勢にもう少し厳しくあって欲しいものだ。

　個人的には「K-1に於ける中軽量級をどんどん盛り上げていきたい」という前田の弁には期待したい。現在のK-1にとって最大の懸案事項の一つが中軽量級の試合が充分に組めないという点だ。かつてヘビー級の豪快さに対して、連打とコンビネーションの交錯する高度な技術戦で通好みの好試合を数多く展開していたK-2、K-3だが、ここ数年Kの舞台に於ける軽中量級の試合数は激減している。活躍の場を求める選手は国内外に五万といるはずだ。

　

---

結果表一覧に戻る
次の試合 :10.武蔵vs長井