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“K-1 SPIRITS 2000” - JAPAN GRAND PRIX 2000決勝戦 -
2000年7月7日(金)グランディ21(宮城県総合体育館)
第7試合 スーパーファイト 3分5R・3ノックダウン制 
アンディ・フグ
(スイス/空手/チーム・アンディ)
1R 2'05"

KO
ノブ・ハヤシ
(日本/キックボクシング/ドージョー・チャクリキ)
×

「ジンクスなんか吹き飛ばせ!」

Text by井田英登


ブは怒っていた。
いつものように余裕の表情で花道を歩いてくるアンディに目もくれようともせず、虚空をにらむようにして思い詰めた表情で、一心不乱に体を動かし続ける。十分すぎるアップでいつでもトップギアにぶち込める状態になっている、自分の体温を惜しむかのような、そんな動きだ。
その目の表情からは、怒りとも苛立ちともつかない、ギラギラした精気が立ち上る。

このところ、ノブの進路は暗雲に閉ざされている。
”今年一年でJAPANは卒業する。そして去年掴みそこねた東京ドームへの切符を絶対手にする”
そう誓ったはずの2000年早々に、その野心は打ち砕かれた。

1月、長崎で当面のライバルとなると目された天田との直接対決に敗れ、3月にはフランスの新鋭シリル・アビディに逆転負け。卒業するはずのK-1 JAPANでのまさかの二連敗。昨年の快進撃がまるで嘘のように、ノブの進路が狭まっていく。まるで出過ぎた釘が打たれるように、あれだけ洋々としていたノブの進路には暗雲が垂れこめたのである。

ァイターは降り掛かる火の粉は自分で払うしかない。

東京ドーム行きのたった一つの椅子に、ノブは照準を定めた。5月の札幌大会でのJAPAN GP開幕戦はまさにそうしたノブの背水の陣であったはずなのだ。しかし、対戦した膝軍のヒット・アンド・クリンチ攻撃はあまりに執拗だった。本来なら警告物のクリンチ攻撃に業を煮やしたチャクリキ陣営は、ノブにムエタイ流のヒザ攻撃を指示。抱き付いてきた相手にそのリスクを思い知らせてやれというトム・ハーリック流の武断政策だったが、これがK-1の判定基準とは見事にかみ合わない。遠距離から突っ込んできてオーバーハンドでフックをたたき込んでくる膝軍のパンチをノブは全てガードしたはずだった。頭を下げて後頭部で受け、抱き付いてきたところにヒザをぶち込む。いかにも武骨なその戦法は、ノーダメージだが印象点において著しく良くない。判定は膝軍へと傾き、ノブは苦杯を喫した。

試合後、手数を評価したジャッジに対して、ノブは「あれを取ったらイカンでしょ?俺なんも効いてないですよ」と感情を露にした。トム・ハーリックも正式に判定への不服を申し入れたが、聞き入れられず、ノブの東京ドーム行きの夢はまたもや露と消えた。

この日のノブの怒りは手に取るように判る。なぜこの日のトーナメントに自分の名前がないのか?東京ドームへの道は閉ざされたまま、なぜスーパーファイトという“おそえもの”を戦わねばならないのか?あの日札幌での戦いが、アグレッシブでなかったというならば、それをここで証明してやる。それも、日本人選手が誰一人勝ったことの無いアンディという、絶好の物差しを相手に。

かし、アンディにすれば、そんなことは関係ない。
グリンボーイの一途な思いとは裏腹に、アンディの視線は東京ドームにぴったりと照準を合わせている。この六月に母国スイスで、K-1開闢以来綿々と続けてきた“K-1 FIGHT NIGHT”のシリーズ出場を国内最終戦とし、日本での戦いに焦点を絞ったのである。今年のGPはフグにとっては背水の陣である。この4年遠ざかった王座への最後の挑戦と考えてもいいだろう。今年、頂点が取れなければ来年はない。それぐらいの気持ちでアンディも国内引退を決めたはずだ。

逸る若武者と明鏡止水のベテラン。

本来なら昨年のGP開幕戦で実現していたはずのこの組み合わせだが、両者の立場はその時以上に、それぞれ剣が峰に差し掛かった物となっている。まさにサバイバル。お互いに後の無い二人の、緊迫したにらみ合いが展開する。

合は、ベテランが先に仕掛けに出た。

ワンツーのコンビから、ローを走らせプレッシャーをかけるアンディ。しかし、ノブも真っ向勝負で全く同じコンビネーションを打ち返す。まるでスロースターターであるという周囲の評価に対する反発のようでさえある。

対するアンディは、そんなノブの性急な思いを知ってか知らずか、ハイ、踵落とし、バックスピンといつもの大技を惜しげなく披露していく。そんなアンディの飄々とした攻めに、ふざけるな!と言わんばかりに両手で突き飛ばし、パンチをぶんぶん振り回していくノブ。アゴを引きながらずんずん前に出るノブは左右のフックをガードの上から叩き付け、早いローをたたき込む。一連の攻めを凌いで、にやりと笑うアンディだが、それは余裕というより、攻め込んできたノブの積極性に”おもわず笑みが漏れた”といった感じだろう。

だが、エンジンのかかったノブをまたもや、アクシデントが引き留めようとする。

一連のフグの攻撃の何かが引っ掛かったか、こすったかしたのだろう。
ノブの右まゆ上部がカットされていたのだ。

ヤバイ。一連の連戦でノブの眉は切れやすくなっている。安全を重視するK-1のリングではドクターストップも大きな敗因である。止められる前に仕留めてやる。逸るノブのギヤが一気にトップへ跳ね上がろうとした瞬間を鉄人は見逃さなかった。左右のフックから強烈なミドルを力いっぱいたたき込んだノブ。ガードが吹き飛んだ!と思った瞬間に、態勢建て直したアンディは天まで突き上げられたはずの左腕をまるでピストンのように引き戻してストレートが一閃。攻めに逸ってガードがガラ開きになったノブのアゴに、その1発がぐさりと突き刺さった。ぐらついたノブが、何とか立ち直ろうとした所に、再び左が襲い掛かる。

ダウン!

マットに伸ばされたノブは、まるで悪夢にうなされた子供が寝返りを打つようにぱたりぱたりと、左右に体を翻してもがく。

手を宙に差し上げて勝負あったとばかりに勝ち誇るアンディ。

しかし、カウント9で立ち上がったノブの形相が凄かった。先にカットした右眉から流血しながら、なおも左右のストレートをぶち込んでいく。早い。まるでさっきのダウンが嘘のようなスピードだ。だが鉄人アンディは動じない。ガードを固めてそれを受け止めると、またもや左ストレートを顔面にたたき込む。まるで魅入られたようにノブの状態が後ろに泳ぐ。だがそれでもまだ反撃の右を振り上げるノブ。けれど、アンディはそのモーションを完全に盗んでいる。そこへ左の短いストレート突き刺して、ジ・エンド。もんどり打って天をあおいだノブを一瞥すらせず、ガッツポーズを作ったアンディ。

攻めに出ると得意の右を振り回すモーションが大きくなる。そのくせを完璧に読まれての敗戦であった。

だが、今回の敗北は、ノブにとって決して悪い試合ではなかった。
倒れても倒れてもめげずに前に出る突進力を取り戻したノブの、試合後の表情は意外なほど明るかった。

「先にダウン取られとったからね。あそこで行かんかったら男やないでしょ」

といたずらっぽく笑うノブの表情には、既に試合前の鬱屈はなかった。
世界トップの壁は厚かった。しかし、正面突破をめざして突っ込んだノブには、決して破れない暑さではない事が、体で実感できたのだろう。ノブをルーキー扱いせず、正面からたたきつぶしに来たアンディの小気味よさも、この大きな好漢の心の暗雲を吹き飛ばす材料になったのかもしれない。

こまで、ノブの戦績は4戦4敗。
そろそろ「2年目のジンクス」といいだすマスコミもあるだろう。
しかし小さくまとまるぐらいなら、大きく散る。
その覚悟を、今日僕はノブの戦いぶりの中に、しっかりと見せてもらった気がする。

日本広しと言えども、こんな突貫小僧はどこにもいない。
世界の壁を突き破る日本人がいるとしたら、やはりこの男しかいない。

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写真:井田英登

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