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(レポ&写真) [イノキボンバイエ] 12.31 神戸:ヒョードル、永田を余裕の粉砕

日本テレビ放送網 "アントニオ猪木プロデュース 大晦日スーパー総合格闘技イベント イノキボンバイエ2003〜馬鹿になれ夢をもて〜"
2003年12月31日(水) 兵庫・神戸ウィングスタジアム
観衆43111人(主催者発表)

レポート:井田英登 写真:矢野成治 【→大会前のカード紹介記事】

第4試合 キング・オブ・パンクラス無差別級選手権 5分3R
○ジョシュ・バーネット(米国/新日本プロレスリング/王者)
×セーム・シュルト(オランダ/ゴールデン・グローリー/2位)
3R 4'48" 腕ひしぎ十字固め
※バーネットが2度目の防衛に成功


「PRIDEセンシュ、K-1センシュ、ミンナ世界カカッテコイ」

最終的に「プロレスvs格闘技」という構図に落ち着いた今年の猪木祭り。本来なら、現在新日本プロレスに所属し、フルタイムのプロレスラーに転向したジョシュ・バーネットの試合も、当然この構図の中で語られるべき試合ではある。

しかし、格闘技専門誌である本誌的には、あくまでパンクラスの新旧無差別王者対決であり、UFC26の再戦という位置付けがもっとも相応しい気がする。特に後者は、ジョシュの王座挑戦を決定付けた出世試合であり、シュルトにとってはUFC撤退を余儀無くされたという、まさに両者の運命の分かれ道となった一戦でもある。

その後PRIDE、K-1と日本の格闘技市場に戦場を移したシュルトではあるが、空手出身者らしい無骨なファイトぶりが祟ってか、なかなかトップに上り詰められないままである。一方、ジョシュもUFC王座剥奪後は新日本プロレス所属となり、“青い目のケンシロウ”としてのキャラを確立。今年8月にはパンクラス無差別級王者に輝き、総合格闘家としての顔も取り戻した。しかし、そのベルトは元々シュルトがずっと腰に巻いていたものであり、その後のパンクラスでの闘いが途切れた事によって無敗のまま返上という形になっていた代物だ。そのベルトを保持するジョシュにとって、この一戦は避けては通れない「真の王座継承戦」を意味するといってもいい。



かくして二年半ぶりの両者の再選は、その後の二人の歩んだ道のりを象徴するような試合内容となった。

K-1のリングを経験したシュルトはスタンドの打撃に鋭さを増しており、かつてベタ足だったステップワークも、キックスタイルの軽い運びになっている。開幕早々、速い左のショートフックをジョシュの顔面にぶち込んだシュルト。しかし、ジョシュはかまわず胴タックルでロープに押し込んでいく。かつて、ぺドロ・ヒーゾとキックマッチかと見まがうような打撃戦を繰り広げた華麗なキッカーぶりは影を潜め、“レスラー”としてグラウンド勝負を挑んでいく。

コーナーでの差しあいを制して、足払いでテイクダウン。そのままサイドポジションを奪う。二年半前のシュルトはこの姿勢に入ってしまうと何もできない赤子扱いだったが、前回の対戦ではニーインザベリーで軽々と押さえ込まれ、肘で顔面をきられる屈辱的な展開を強いられたものだが、今回はジョシュのポジションチェンジをを許さない堅い防御ぶりを見せる。

膠着ブレイクを勝ち取ったシュルトは、腰を低く落としたジョシュの顔面に面白いようにパンチを浴びせ、前蹴りで距離をキープしていく。必死に食らい付いてロープに押し込んだジョシュだが、コーナーを背負いながらフロントネックロックぎみに首を抱え込んだシュルトはなかなかテイクダウンを許さない。シュルトの着実な成長ぶりが伺える展開だ。

なんとか横投げ風にテイクダウンを奪ったジョシュは、突如攻撃パターンを変えてきた。なんとハーフガードからの反転で膝十字を狙ってきたのだ。ライト級ならともかく、ヘビー選手のやる動きでは無い。身を起こして防御するシュルトに対して、さらにアキレス腱固めに切り替えての攻めを仕掛けるジョシュ。
「足が長くてポイントが違ったね」と試合後苦笑いしたジョシュだが、VTの中でもアクロバティックな見せ場を仕掛けてくるあたりが、UWFオタクの面目躍如といったところだろう。

2Rもグラウンド勝負を徹底的に仕掛けてくるジョシュに対して、シュルトはガードポジションから横に振る鉄槌で対抗。この攻めは功を奏し、グローブのエッジでジョシュは左目下を四針切る裂傷を負わされてしまう。UFCでジョシュの肘に切り裂かれた借りを、ここで返した形だ。ここで再度、アキレスを狙っていったのはやはり「プロレスラ−としての意地」だったかもしれないが、やはりリスキーに過ぎる動きだったようだ。身を起こしたシュルトのパンチをモロに浴びる結果となり、最大のピンチを迎えてしまう。

ただ下からの責めが効くのがジョシュという選手の特徴でもある。器用にガードから体を丸めての三角締め、はずされるとすかさず腕十字へと切り替えて、前回のフィニッシュ再現を狙う。しかし、だが二度同じ責めで沈むほどシュルトもイージーな相手では無い。あいた方の手で鉄槌を落とし、素早い対応で、ジョシュの仕掛けを外してみせる。なんとかカメの姿勢に戻してグラウンドタックルで上のポジションを取り戻したものの、このラウンドはシュルトに封じ込まれた印象が残った。

勝負を分けたのは3R。前ラウンド終わりに奪ったマウントの続きをくり返すように、テイクダウンから定番通りマウントへと、着実に支配的ポジションを奪う事に成功したジョシュ。2Rの凌ぎあいを制した油断もあったのか、このあたりでシュルトの防御が若干雑になった感もある。下からの鉄槌連打に、腕十字ねらいの片膝姿勢が不利とみたか、左腕を取ってチキンウィングに捻りあげるジョシュ。しかし、このコーナーポスト下での攻防は汗で滑ったか実らず。レフェリーがストップドントム−ブを指示して、両者をリング中央に戻す。

だが、ここでジョシュは罠を仕掛けた。
マウントから少し腰を上げ、わざとブリッジからのリバーサルを狙わせたのだ。

腰を跳ね上げ、片肩が浮いたシュルトの動きをそのまま利用して、浮いた左腕を取っての腕十字へ。「腕が真直ぐに延びただけなら我慢できたのだが、横に捻られたのでタップするしか無かった」と語るシュルト。二年半の歳月は、相手の一瞬の隙に罠を仕掛けるほどの老獪なファイターにジョシュを成長させていたのだった。

お得意の頸斬りポーズのあとマイクを掴んだジョシュは「ゼッコウチョウですかー」と絶叫。「オレハ王者ニナル!King of Pancrase 。PRIDEセンシュ、K-1センシュ、ミンナ世界カカッテコイ。オレハ新日本。プロレス、無敵ダ」と日本語で存在感を主張してみせた。若干たどたどしい日本語ではあったが、その思いは十分ファンに伝わっただろう。さらにもう二年半先、彼はその日本語すら流暢に使いこなしているかも知れない。

それはともかく、この日の闘いぶりを見る限り、ジョシュはヒョ−ドル、ノゲイラ、ミルコと並ぶ総合トップ陣に食い込めるだけの実力を日本のファンに示したと言えるだろう。現在、日本のマット界の勢力地図を見る限り、K-1サイドに近い新日本プロレス所属というポジションもあって、ジョシュがストレートにPRIDE勢の彼等と対決できる可能性は薄い。だが、猪木祭が、噂通り第三のメジャーマットとして定期的に興業を行うとなれば、その流れは変わるかもしれない。



第8試合 特別ルール(グラウンド制限時間20秒) 3分5R
○藤田和之(日本/猪木事務所)
×イマム・メイフィールド(米国)
2R 2'15" 肩固め


「平成15年のコブラツイスト」

かつてアントニオ猪木の出世試合となった1976年6月26日・日本武道館での「猪木vsアリ」戦。その再現を、「闘魂最後の後継者」とされた藤田に期待してマッチメイクされたこの一戦。

今でも総合格闘技の原形と言われるこの試合に、「異なった技術のぶつかり合い」の典型を見る人は多い。パンチオンリーのボクサ−とグラップリングを本領とするプロレスラ−。両者の長点を活かすためのルール設定は、いわゆる「何でもあり」を基本形とする総合格闘技のルールとは発想が違う。

27年前の猪木アリ戦でも、そのルールが争点となって、事前の攻防がマスコミを騒がせる事になった。今回も水面下で主催者と対戦相手の間では様々な攻防があったらしいが、その攻防の詳細があきらかにはされなかったことで、若干ファンの感情移入を阻んだ感がある。結局、対戦相手が最終決定したのは大会前日。ルールにいたっては、我々マスコミでさえも当日会場入りしてから聞かされる始末。(さらにそのプリントシートには、勝敗決着の方法として「サブミッションによるギブアップ」の記載がなく、一時記者席が騒然となるという裏話までがおまけについた。)

だが、この一戦が、そうしたお粗末なプロセスを補って余りある光を放ってみせたのは、一にも二にも、当事者の藤田自身が周囲の雑音に惑わされることなく、驚くべき集中力を見せた事にある。


対戦相手のイマム・メイフィールドに関しては、言い方は悪いが「誰でもいい」状態であり、実際ファンも大きな期待はしていなかったに違いない。トップ中のトップがこんなドタバタの中で試合を受ける訳も無いし、準備期間もない中で、その能力を十分発揮できるはずもない。この試合のテーマはあくまで、藤田が「寝技20秒の制約」の中で実力を発揮できるかどうかの一点に尽きる。

藤田は試合開始から、予想された通り何度もタックルをくり返し、20秒ブレイクによって立たされるという展開をくり返した。イマムはスタンド局面では低い姿勢で、藤田の接近を阻むプレッシャーをかけ続けたものの、結局一度もその武器であるパンチを見せることがなく、本領発揮とは程遠い状態ではあったが、急遽のブッキングの割にはグラウンドのディフェンス姿勢が徹底しており、このルールに対する覚悟は出来ていたようだ。

となると、ますます周囲の興味は、20秒の寝技制限の中で、藤田がこの相手を仕留めるかに絞られてくる。


その課題に藤田は、面白い解答を準備していた。
なんと2R胴タックルで捕らえたものの、テイクダウンすることなく片差しにしたまま、吊り上げ状態でスタンドの肩固めに極めてみせたのだった。もしイマムが転がってしまえば、20秒ルールでのブレイクを迎える事が出来たと思うのだが、腰を落とした藤田が膝で相手の体を支えた為に、それもならず失神に追い込まれてしまったらしい。スタンドでこういう形で決まった肩固めの例は初めて見たが、僕にはこの技が、猪木の得意技の一つであったコブラツイストに見えた。

それは21世紀のリアルファイトの真っ最中に、突如姿を現した“闘魂プロレス”の亡霊だった。これが場の磁力というものか。仮にこの場がPRIDEであったとしたなら、このフィニッシュがありえたかどうか僕にはわからない。また藤田にしても、プロレス的発想で“華のある技”としてこのフィニッシュを選んだわけではあるまい。ルールと戦略、そして相手とのリアルな駆け引きの末に描き出された偶然の光景であることは十分判っている。ただ、荒れに荒れたマッチメイクの泥仕合も含めて、猪木という稀代のトリックスターを中心軸に、この二ヶ月間さまざまに描き出されたリングの上下の人間模様の数々が、まるでガラスの上の砂鉄に磁石を当てた時に描き出す見事な渦模様のように、この光景に結実したような気がしてならなかった。藤田(と、そしてイマム)は巧まずしてその全ての締めくくりとして、この場にあまりにも象徴的な稀有のシルエットを作り出してしまったのだ。

あまりにもハマりすぎるその光景に、一瞬僕は我を忘れて見入ってしまった。

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「いつ何時、どんな挑戦だって受けるし、どんな挑戦だってしに行きますから。俺はもっと試合がしたいんだよ!もっともっと強いやつとやりたいんだよ!」と試合後絶叫した気持ちが、今の藤田の本心であろう。試合後の会見でもタイソン戦の可能性を振られて「ぜひやりたい。皆さんの期待があればそこまで闘い続ける。プロレスラ−、格闘家という話じゃ無くて、自分は“ファイター”です。闘う事に変わりは無いから“ファイター”として精一杯やるだけ」と訴え続けた、その藤田自身の前のめりな姿勢こそ、今回の猪木祭の収穫であり、最大の見どころだった気がする。

確かに現在格闘技界には、多くの思惑が飛び交い、闘う場所も多岐に分岐しはじめている。夢のカードが実現する可能性も広がったが、逆に不可触領域も確実に増えているのが現状だ。そんななかひたむきに「もっと強いやつと闘いたいだけ」と叫ぶ藤田。

かつて猪木は今の彼と同じ年令(33)で自己プロデュースによるアリ戦を仕掛けたという。もし藤田がより高いステージを目指すのであれば、マッチメイクされた闘いだけを粛々とこなすだけではなく、より自分自身を高めるための自己演出、自己主張をしていく必要があるのかも知れない。

第7試合 総合ルール 5分3R
○エメリヤーエンコ・ヒョードル(ロシア/レッドデビルチーム)
×永田裕志(日本/新日本プロレスリング)
1R 1'02" TKO (レフェリーストップ:パンチ連打)


「プロレスラ−は泣かない」

インタビュールームに現れた永田が開口一番吐いた台詞は「帰ってモニター見てカッコ悪いなと思いましたね。カッコ悪いし、悔しいな、と」というストレートなものだった。僕はその様子をみながら、何故彼は泣かないのだろう、何故平静で居られるのだろう、とずっと考え続けていた。

普段から新日本キック伊原ジムに通い、打撃練習にも余念がないという永田。
二転三転した対戦相手にもかかわらず、大会直前のヒョ−ドル戦を受諾した背景には、そうした普段の自らの修練にある程度の自信があったからにちがいない。

「(作戦としては)いろんな事を考えていたんですが、こういう時に出ないというのは、パターンになってないと言う事でしょうね。普段と違う練習は特にやってません。コンディションだけ整えて、あとは普段培ったものだけで闘おうと思いました」と自ら語る通り、永田の動きにはVTのトップファイターに対するべき戦略も、作戦も見る事ができなかった。

いきなり自らの左ストレートから入った永田は、そのまま組み付いていく。しかし差し合いからグランドには執着をみせず、ショートフックを撃ち合って、自分から離れる。フットワーク自体は悪く無い。だが、距離が掴みきれないまま中間距離に入ってしまい、無用意にヒョ−ドルのパンチを浴びてしまう。対人練習の不足なのだろう。それ自体大きなダメージになるようなパンチでは無かったにも関わらず、自分から下がってしまう永田。リズムは完璧にヒョ−ドルのものだ。心の中では相当焦りが生じていたのではないだろうか。



リズムを変えるために放った顔面がら空きのローが致命傷だった。ヒョ−ドルはそれを見逃さず、完璧なカウンターの右ストレートをぶち込んできたのだ。そのまま後ろに倒れたのも、半分はショックによるだったに違い無い。そのままおおい被さってパンチを放ってくるヒョ−ドルの足に食らい付くだけの意識はキープしている。素早く足を抜いたヒョ−ドルに対して、ここでも永田はミスを犯す。通常、格闘技系の選手なら、ここでアリ猪木状態になるか、グラウンドタックルで相手を引き倒すかして、まず息を整える局面である。スタンドで適いそうにない相手に、自分から立って行くのは明らかに得策では無い。だがグラウンドに居てはいけないという意識だけで、戦略のないまま立ち上がってしまい、むざむざコーナーに追い込まれてしまったのである。

差しあいの局面でも相手の両手を殺していなかったために、至近距離で左のフックを浴びてダウン。がくんと腰が落ちてカメになったところへ、ボディへのサッカーボールキック。そしてパンチの雨あられ。レフェリーストップは当然であったと思う。

「最後の左フックで目が見えなくなって、避けてる自分がモニターで見ててぶざまでしたね」という言葉通り、最後は“虐殺”としか言い様のない状況であった。

正直なところ、技量が全くない選手だとは思わない。むしろこのスタイルのファイトには興味もあるだろうし、話ぶりを見ても非常に頭のいい人であると感じた。ただ、PRIDEヘビー級のチャンピオンに挑戦するには経験も、そして研究も不足し過ぎている。仮に永田がプロレスラ−としてのキャリアを持たず、アマチュアレスリングから直接このスタイルに挑戦してきていたなら、もっと慎重に準備を重ねた上でリングに上がったであろうし、いきなりヒョ−ドルと対戦することも無かっただろう。



元IWGPチャンピオンであり、新日本という大きな看板を背負った立場の永田にとって、そうしたプロセスを踏む事はおそらく立場的にも、物理的にも難しいのだろう。しかし、ミルコ戦に続いてのこの惨敗は、結果的に彼の背負ったものすべてを無意味にしてしまいかねない。

「このままでは終われないと思いました。ここまでみっともなく自分をさらけだした事で、又強くなればいい。レスラーは強いものだと言う、周囲の幻想に甘えてたのかもしれませんね。昔の人は本当に強かったと思うんですけど…」と、敗戦の直後にも関わらず、虚心坦懐に自分を分析できるこのクレバーさ、それが逆に彼を格闘技にのめり込ませない障害になっている気がする。

悔しい時に泣く事すら許されない職業、これほど辛い職業は無い。

一度でいい、この人がVTスタイルに対する徹底した修練を積んだ上で、力量にあった対戦相手とマッチメイクされた闘いを見てみたい気がする。もし、それでも負けたら、彼はこれほど冷静に自分の敗戦を認められるだろうか?

プロレスファンもむやみにバックボーンのない強さの幻想を要求するより、それぐらい“本物の馬鹿”になるチャンスを与えてあげて欲しいと感じた。


第6試合 立技ルール 3分3R
○ステファン・“ブリッツ”・レコ(クロアチア/ゴールデングローリー)
×村上和成(日本/新日本プロレスリング・魔界倶楽部)
1R 1'08" KO (右ハイキック)


「狂気のヒットマンの理性的な判断」

永田とは正反対に、“格闘技の文脈”を一切無視した形でこの日のリングに上がったのが村上だった。花道から白目を剥いて狂人のような表情を見せ、「おめえのルールで闘ってやるよ」と対戦前に収録されたビデオでは罵詈雑言を放つ。花束贈呈に表われた武蔵にその花束を投げ返し、挙げ句は対戦相手のレコに額を擦り付けての威嚇。まさにやりたい放題の傍若無人。

リアルファイトの価値観を踏みにじるプロレスラ−の乱行、と切り捨てるのは容易(たやす)い。だが元々彼は和術慧舟会で格闘技経験を積んだ柔道家である。ジョン・ディクスンとPRIDE-1のオープニングファイトを闘ったは彼だし、さらに遡ればNHB初期のイベント、エクストリームファイティングに参戦し、バート・ベイルを相手に日本人初のケージファイト勝利を収めた過去もある。言ってみれば草創期の総合を闘いぬいたパイオニア格闘家なのである。もちろんそのころは花道で白目も剥かなかったし、物腰もむしろバカ丁寧すぎるぐらい丁寧な礼儀正しい青年だった。

いわば今回の村上の態度は、格闘技の文脈を知り抜いた上で、あえて現在のプロレスラ−という職業に忠実な形で演じる「ギミック」に他ならない。まして総合スタイルでは無く、K-1のスペシャリストであるレコと闘う以上、技術の攻防をするだけの力量はあり得ない。ましてファンはちまちまとクリンチ戦で判定を奪い合う村上を見たいのではあるまい。いかにプロレスラ−のたたずまいを守りつつ、「魔界倶楽部所属の狂気のテロリスト」が意地を貫き通すかを見たいはずだ。観客論の上で、勝ち目のない勝負に、あえて「勝ちに行った」村上の姿勢は、プロとしては間違いでは無い。ただの虚勢と言われればそれまでだが。

レコのバックブローをブロックして見せた事を、両手を上げて勝ち誇り、奇声をあげて挑発する村上。だが、レコは表情一つかえず、パンチでプレッシャーをかけてコーナーに追いこみ、顎に食い込む右ハイ一発でノックアウトしてみせた。試合内容としてはそれ以上でも以下でも無い。

正直、意味のある試合であるとは思わない。
ただ村上の態度が間違いであるとも思えないのだ。オファーされた仕事を粛々とこなし、華麗に散ってみせただけのことだからだ。格闘技的世界観においては、どう見ても適わない相手とは最初から闘わない。プロレスラ−を職業としながら格闘技側の価値観を知り抜いた、“狂気のヒットマンの理性的な判断”がこの日の村上の闘いぶりの全てだったのだと思う。

むしろ今年のK-1 GP優勝の最有力候補にあげられたトップファイタ−が、こういう形でしか試合ができない事自体に、悲しさと格闘技界の混乱を感じる。レコは現在ゴールデングローリーで総合の練習も重ねており、UFC参戦も表明した事のある選手だけに、村上戦が総合でマッチメイクされていれば、という思いが残った。

ただ、レコ自身はK-1への未練が拭いきれない模様で、試合後、レコは今年のGP優勝者レミ−・ボンヤスキーに「誰が本当にチャンピオンか見せてやる」と挑戦を表明している。



第5試合 立技ルール 3分3R
×天田ヒロミ(日本/TENKA510)
○マイケル・マクドナルド(カナダ/フリー)
2R 0'46" KO (右ハイキック)


「それでいいのかNo.2」

“外部のリング”を意識したのか、天田は飛び膝やハイキックといった普段のK-1では見せない派手な技にトライして場内を沸せる。しかし、2Rに入って、いきなりマクドナルドの右ハイを顎に喰って失速。ぐらついた天田にパンチ連打を畳み込んで、初ダウンを奪う。カウント4で立ち上がった天田だったが、ダメージは隠せず、嵐のようなパンチキックの連打に見る見るコーナーに追い込まれてしまう。膝蹴りからコーナー脱出を試みた天田だが、左右のフックを被せて顎を打ち抜いたマクドナルドの猛攻にダウン。

「もっと強いのかと思った」という試合後のマクドナルドの感想ではないが、武蔵と今年のJAPAN GP決勝を闘った選手とは同一人物と思えないモロさを露呈した天田。参戦の意義を十分見出せないままに上がったリング故の現象かも知れないが、同じ日本テレビで放映されているJAPANが、消滅の危機を囁かれる昨今、No2としてはあまりにふがいない試合ぶりではあった。

38才と格闘技選手としてはそれなりの高齢ながら抜群のシェイプを保ち、「来年もGP優勝を目指す。ネバーギブアップ」と言い残したマクドナルドとの、意識の違いが勝負を決めたとも言えるだろう。


第3試合 総合ルール 5分3R
×アンジェロ・アラウージョ(ブラジル/ブラジリアン・トップチーム)
○エメリヤーエンコ・アレキサンダー(ロシア/レッドデビルチーム)
2R 4'28" TKO (ドクターストップ:出血)


「怪物くん対決」

“BTTの最終兵器の初上陸”のニュースは、格闘技的にはかなりの期待感を抱かせるものであった。“兄ノゲイラからタップを奪う程の業師”というのはTVの付けたキャッチフレーズなので話し半分に聞くとしても、ニルソン・デ・カストロ、エヴァンゲリスタ・サイボ−グらを撃破した実績の持ち主と聞けば食指も動く。

対するアレキサンダーは、いわずと知れたヒョ−ドルの実弟であり、先日のPRIDE武士道での日本デビュー戦ではガス欠ファイトで若干格を落としたものの、サンボでの実績と198センチ122キロの巨体に23才と言う若さを思うと、やはり“未完の大器”と呼びたくなる期待感がある。

移籍騒ぎのごたごたで、若干実現が危く思える面もあるが、順調に行けば2月に実現するノゲイラvsヒョ−ドルの前哨戦でもあるこの一戦は、コアな格闘技ファン的には、上位に据えられた花形カードより遥かに興味深い一戦だ。

唯一問題点があるとすればアロウージョの体重が102キロしかなく(というのもおかしな表現だが)、体重差20キロ近い対戦であったということだろう。試合開始早々、バックをとったアレキサンダーがいきなりアロウージョをバックドロップで投げ飛ばしてしまったのも、致し方のない展開だったのかもしれない。

ただノゲイラにもひけを取らない寝技師と言う言う売りは伊達ではなく、そこから素早く足とりに行った動きの切れは見事なものだった。転がって難を逃れたアレキサンダーはアリ猪木状態から、きっちり上をキープ。重いパンチを落としはじめる。


2Rに入るといよいよアレキサンダーの攻撃は熾烈を極めはじめる。強烈な左右フックの連打を喰って、大慌てでタックルを打ってきたアロウージョを押しつぶすと、ショートながらいかにも効きそうなフックをぶち込んで行く。下からの三角の仕掛けも体格差であっさり押しつぶされ、アロウージョには抗う術が無い。

兄のフックは、グラウンドでのロシアンフックとでも言いたくなる独特の軌道を持ったものだが、アレキサンダーのそれはむしろ直線的で顔面に直角に突き刺さってくるもの。オープンガードでなんとか突き放しのチャンスを伺っていたアロウージョだが、結局このパンチの切れ味に右額上を切り裂かれて流血。無念のドクターストップで、日本デビュー戦を飾る事はできなかった。

第2試合 総合ルール 5分3R
○LYOTO(ブラジル/猪木事務所)
×リッチ・フランクリン(米国/チーム・エクストリーム)
2R 1'00" TKO (レフェリーストップ:スタンドの打撃)


「秘蔵っ子から秘密兵器へ」

「猪木二世」の呼び名も高く、一切プロレスを経由しない破格の待遇でヴァ−リトゥーダー教育をうけているLYOTO。元々、父親が空手家ということもあって、幼年期から仕込まれた打撃経験が武器だ。5月のデビュー戦では、いきなり謙吾に判定勝利。9月のジャングルファイトでもステファン・ボナ−を流血TKOに沈め、着実に白星街道を歩んできている。

しかし、今回対戦相手にピックアップされたリッチ・フランクリンは、NHB歴3年で15戦全勝、うちUFCの3戦は2KO1タップアウトの一本勝ちばかり。うち1勝はあのエヴァン・タナ−をパンチでKOした正真正銘の金星。近い将来タイトル戦線に確実に絡んでくるであろう逸材だ。こんな活きのいいトップファイターを3戦目のルーキーのぶつけてしまうあたり、猪木流帝王学も相当意地が悪い。

だが、伸び盛りのLYOTOは、このマッチメイクも妥当と思われるような試合内容を見せる。

序盤からフランクリンのローにカウンターの左ストレートをヒットさせるなど、思い切りのいい打撃でフランクリンと互角に撃ち合ってみせる。ベタ足ながら、フランクリンのパンチをバックステップのスウェイで紙一重に躱していくあたり、目にも身体感覚にも天性の良さを感じさせる。

組んでも差しあいに来たフランクリンを閂に捕らえておいて、素早い外掛けでテイクダウンしてしまう。バランス、スピード共に、この動きは素晴らしかった。オープン、クローズを巧みに使い分け、隙あれば三角を狙おうとするフランクリンの粘っこい下からの攻めにも、きちんと対応してパンチを狙って行くLYOTO。ライトヘビー以上のクラスでここまでの動きを見せる日本人選手はなかなか居ないのが現状だが、さすがにブラジル人ハーフだけあって身体能力の高さが感じられる。

一瞬の隙を突いて蹴り上げてきたフランクリンの踵も素早く見切って立ち上がるなど、思った以上の大器ぶりを見せるLYOTO。アリ猪木状態を嫌って立ち上がってきたフランクリンに、左右の蹴りをぶち込んで、反撃の暇を与えないあたりもいい。

ラスト1分の立ち会いで不用意に距離をつめてきたフランクリンを左右のフックでぐらつかせ、インサイドからの連打で一気に勝負を決めに行くLYOTOだったが、これはロープ越しのパンチとなり決定打にはならなかった。



しかし、1Rの勢いを駆ったLYOTOは、1R終盤のチャンスを再現するようにフランクリンの左ストレートに右にショートフックをカウンターで合わせぐらつかせる。瞬間前に崩れたフランクリンを前蹴りでロープに飛ばすと、有無をいわさぬパンチ連打でめった打ちにしてしまう。ぐったりとマットに崩れて失神状態のフランクリンに、更にとどめのグラウンドパンチを浴びせる猛攻を見せるあたり、闘争心もただ者では無いことを伺わせる。

LYOTOの打撃は、まだまだK-1ファイターのような精緻さはなく荒いものだが、一発一発がリズムに乗っていて連打も効くし、空手家らしい踏み込みがあって、威力が違うのだろう。要するに一発一発が“効く”上に、畳み掛けてくるので、一回ツボに入ると逃れようがないらしい。

出世街道をひた走るフランクリンは、事前のスパーを見たスタッフの間でも前評判が高く、このLYOTOの勝利は正直予想できなかった。終わってみれば、圧倒的な内容だっただけに、驚きはなおさらだ。「今日は私の運が良かっただけ」と新人らしい謙虚さを見せたLYOTOだが、この勝利は内容から見てもフロックとはいいがたい。猪木の“秘蔵っ子”は着実に「星が数えられるタマ」に育ちつつある。案外、彼が猪木の世界戦略上最重要選手にのし上がって行くのは、時間の問題なのかもしれない。

第1試合 総合ルール 5分3R
×安田忠夫(日本/新日本プロレスリング・魔界倶楽部)
○レネ・ローゼ(オランダ/チーム・ピーター)
1R 0'52" TKO (レフェリーストップ:マウントパンチ)


「借りは返せず」

2001年の「INOKI BOM-BA-YE」でまさかのメインに抜擢され、ジェロム・レ・バンナ相手に、一発勝負の大博打を挑んで勝利を得た安田。ギャンブル好きで借金まみれ、挙げ句は娘とも別れて暮らしている身の上を日本全国に曝してのお涙頂戴劇で、本来格闘技に馴染まないはずのお茶の間を巻き込み、一躍時の人となった。

あれから二年。
ルーズで理不尽なキャラを我が物にした安田は、魔界倶楽部というギミックの中で順調にレスラー人生を謳歌していたはずだが、今回の猪木祭のマッチメイクの不調から、再びリアルファイトの舞台に呼び戻されてしまった。前回の親子再会劇が、ほぼノンフィクションだったとすれば、今回彼に与えられた「負ければ自己破産」という仕掛けは明らかに2001年版の成功にあやかろうとする、でっち上げ的ギミック。リングサイドに意味無く呼び寄せられた娘さんの表情が前回以上に不機嫌そうなのは、またも貧乏話で曝し物にされる事への不満に他なるまい。

今回、安田の対戦相手は、彼の最初のVT戦でハイキック一発でKOされたレネ・ローゼ。いわば、遺恨のリマッチというわけだが、正直ギミックの使い回しと重なって新味は全くない。

安田自身もテンションの高まりを感じる要素が全くなかったのであろう。
安易きわまりないガブり寄りでのパンチを浴びながら胴タックル、という作戦もバンナ戦の時のままだが、当時のような一か八かの気迫が全く感じられない。突進の最中に喰った右が効いたらしく、体勢が崩れたままなんとかしがみつくのが精一杯の安田。ロープに押し込んでなんとか引きずり倒そうとする努力も、ローゼがロープを掴んだ事でバランスが崩れてあっさり上下逆転。そのまま簡単にマウントを奪われてしまう。老獪なローゼは安田の顎を片手で押さえて、強烈きわまりないパンチを即頭部に連打。全くなすすべなく、“自己破産”に追い込まれてしまった。

試合後のインタビュウでは開口一番「試合の感想? 見た通りですよ。へへへへ。今日は年を感じました」と照れくさそうに笑い飛ばした安田だが、その周辺に関して話が及ぶと「娘は“大丈夫?”って言ってましたけど、いい時ばかりじゃ無いよ、こんな時もあるよって言っときました。(自己破産に関しては)申請しないでいいように頑張ります」と語ったその風情は、ギミックを捨てた、リアルな父親の物だった事が唯一の救いだった。


第9試合 総合ルール 5分3R
×ディン・トーマス(米国/アメリカン・トップチーム)
○アマール・スロエフ(アルメニア/レッドレビルチーム)
1R 4'23" TKO (レフェリーストップ:顔面へのキック)


「意味不明なる無差別戦」

ここからの三試合は、TV中継のための“糊代”にあたる未中継ゾーン。
そこにこんな通好みで癖のあるのカードを持ってきてしまうのは、会場サービスなのか、それとも単なる不見識なのかは判らない。

ディン・トーマスは、御存じの方も多いように、三島☆ド根性ノ助、ジェンズ・パルヴァ−、ステファン・パーリング、ファビアノ・イハなど綺羅星のようなスターから白星を奪ってきた、ライト〜ウェルター戦線の強豪。対するスロエフはレッドデビル軍団の中でもエース格の選手。UFC進出は二連敗と失敗に終わっているが、相手に回したのがチャック・リデルにフィル・バローニだと聞けば、納得も行くだろう。最近も10月にロシアで開催されたM-1で慧舟会の岡見勇信をTKOで沈めており、ミドル戦線ではトップクラスの選手の一人だ。

序盤こそノーガードや、ステップのスイッチなどで幻惑を狙ったディンだが、思いのほかスロエフの重いパンチが効いたらしい。中盤以降、試合は、スタンドファイトを望むスロエフと、低空タックルでとにかくグラウンドに引き込もうとするディンの我慢比べとなる攻防となる。ことごとくディンのタックルを潰し続けたスロエフだが、ラウンド終了直前にようやく正面突破する瞬間が訪れる。ディンの片足タックルに、キックを合わせて撃墜することに成功したのだ。すかさず中腰のまま鬼神のパンチ三連打が浴びせられ、サッカーボールキックからさらにパンチで止めが刺された。

ただ、アラウージョの試合でも思った事だが、このイベントの主催者にとって体重制限はあまり気にならない問題らしい。このカードでも10キロの体重差があるにも関わらず、平気でマッチメイクされてしまっているあたりが、競技面からすると少し気になる。無差別の魅力は確かに“お祭り”ならではのものだが、それならば10キロちょいという格差は面白くもなんともないわけだし、観客に伝わらない。どうせなら、裏番組の「Dynamite!!」の須藤vsバタービーンぐらいないと意味が無い。(ちなみに観戦に来場したかつてのライバル三島も「ディンもなんでこんなカードうけたんですかねえ。金ないんやろか?」と不思議そうにしていた。)とはいうものの、日本のブッキング事情からすれば上陸が期待薄だったレッドデビル軍団が、ヒョ−ドルの移籍騒ぎの煽りとはいえ来日可能になったのだから、素直に喜んでおけばいいのかもしれないが。


第10試合 総合ルール 5分3R
×橋本友彦(日本/DDT)
○アリスター・オーフレイム(オランダ/ゴールデン・グローリー)
1R 0'36" TKO (レフェリーストップ)


「ぶっ壊し屋参上」


本来、総合での実績の乏しい橋本に、チャック・リデルと互角に撃ち合った“破壊トンカチ男”アリスターをマッチメイクすること自体が無茶だが、選手不足と首脳陣とのコネクションが実現させてしまった珍カード。橋本のセコンドに、何故か大阪プロレス所属のえべっさんが付くあたりも不思議な“場違い”感が伴う。

とにかく組み付いて打撃を封じに行く橋本だが、跳ね馬を割り箸で押さえに行くに等しい展開となる。アリスターは情け容赦ないボディパンチに、ハイキック、膝蹴りと怒濤のフルコースを浴びせ、あっという間にタコ殴り状態となる。止めは必殺の飛び膝。たまらず橋本がグラウンドに崩れたところに、サッカーボールキックにパンチを降らせて、橋本は完全に“破壊”されてしまった。

第11試合 SGS公式ルール(グラウンド制限時間30秒) 5分3R
○辻 結花(日本/総合格闘技闇愚羅)
×カリオピ・ゲイツィドウ(ギリシャ/スポーツクラブ・バグラティオ)
判定3-0


「身長最小、知名度ゼロ、ギャラ最低。されど、試合上々」

TV中継の空き時間を埋める為の試合とは言え、なんと年越しのスタジアムイベントのトリを、スマックガールの試合が務めてしまったのだから、実行委員会に名を列ねた篠スマックガール代表にすれば笑いが止まらなかっただろう。

実際、女子の中でも身長156センチ辻と157センチのカリオピは明らかに小兵。アリーナの端から観戦していると、トップロープの上に二人の頭が来る事はほとんどなかったような気がする。

会場の雰囲気も完全に「終わってしまっている」中で、テンションを上げて試合をするのはさぞかし辛い事だっただろう。

特にカリオピは、2月の全日本キックでウィンディ智美をノックアウトしているキックボクサーだけに、辻も容易に距離をつめる訳には行かない。カリオピにしても、掴まれれば経験のないグラウンドに引きずり込まれる恐怖があって、なかなか攻め込む事ができない。両者、第1Rは完全にお見合い状態でスタートとなる。

ある意味、本編メインの藤田vsイマム戦と同様の緊張感溢れる展開だったはずなのだが、リング上にいるのはラウンドガールより背の低い二人である(今回猪木祭で採用された四人が揃いも揃って180センチ代の外人モデルさんばかりだったから、ラウンド間の違和感はなおさらであった。)果たしてこの闘いが会場のスタンドで観戦するお客さん達にまで伝わる物かどうか、当初僕には疑問だった。

しかし、辻の並々ならぬ意気込みと、カリオピの適応力はその予想を覆してしまった。

出てこないカリオピに痺れを切らしたのか、辻がローを飛ばして膠着を寸断しにかかる。この“投げ餌”に反応したカリオピがワンツーで応じたのを、辻は見逃さなかった。すかさずタックルでテイクダウンに成功する。しかしスマックルールは、グラウンド30秒制限がある。このあたりも、藤田vsイマム戦に対応する構造で面白いのだが、カリオピはイマム以上に総合の対応ができている選手だった。

サイドをキープして腕十字〜膝十字と得意のサブミッションで攻めたてる辻だったが、カリオピは悲鳴を上げながらタップだけはしない。30秒の制限が心の支えとなったのと、膝を故障しているらしい辻の締め付けも甘かったのだろう。

ブレイク→タックル→我慢(抱きつきガードで凌ぐ)→ブレイク、の展開が延々繰り返されるなか、しだいに客席の温度があがりはじめる。最初は傍観的な態度だった観客達だが、サブミッションのチャンスが巡ってくるたびに辻の名前を呼ぶ観客が現れ、展開に従って歓声をあげるようになっていくではないか。


また、総合素人のはずのカリオピが、次第に展開に適応し出したのもよかった。逆に中盤以降、組み付いてきた辻を袈裟固めやフロントチョークで押さえ込み、腕ひしぎに失敗した辻が下になると、すかさず押さえ込んでインサイドガードからパンチを落とすまでになったのだから驚きだ。

辻の攻めもカリオピの健闘に引っ張られて、多彩になっていく。バックブローから体を沈めてのタックルなど、須藤元気もびっくりのトリッキーな技術を見せる。だが、カリオピはさらにそれにも対応してくる。上四方になった辻を抱き止めて、下から頭に膝をぶち込んでくるのだ。

思わぬ熱戦は、その後も一進一退の攻防が続く。
4Rにはクロスカウンターで辻が一瞬揺らぐピンチもあったものの、基本的にはタックルで攻め込む辻のグラウンドの仕掛けが先行し、それをカリオピが30秒凌いでスタンドに戻る展開がくり返されただけなのだが、動きがあり多彩な展開のシーソーゲームに観客は十分に満足した様子だった。最初からおまけ扱いでノーテレビの試合が、名前もロクに知られていない女子の試合が、ここまで観客に受け入れられるとは思わなかった。

正直いって、技術的にはまだまだ浅い試合だったとは思う。体格的にも明らかに劣る女子の試合に見る物があるとすれば、彼女達のひたむきさだけだったかもしれない。

しかし、ビッグネームのスター選手が吃驚するような高額のギャラで買い漁られたこの大会にあって、おそらく最低ランクのギャラしか貰えなかったはずの彼女達がこれだけの反応を引き出した事実は、ビッグマッチ志向、スター最優先の現在のアリーナ格闘技界に対する痛烈なアンチテーゼになった気がする。

今後の格闘技ビジネスの方向性を考える意味でも、この試合があえて大会の最後を飾った意義は小さくない。


 

 

Last Update : 01/15

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