山本喧一インタビュー:まるで蛇蝎のように、そして不死鳥のように

Interview & Photo : 矢作祐輔

 れまでUWFという物語を継承するファイター達には、“親殺し”によって、自らの存在意義を主張してきたという歴史がある。
 アントニオ猪木に対する前田日明、あるいはその前田日明に対する船木誠勝、そして高田延彦に対する田村潔司。連綿と続く若きファイター達の反逆の歴史は、常に新たに行動を起こすときの恒例行事であったとさえ言える。

 山本喧一という選手は、いわばその系譜の末裔に位置する。

 親の愛を受けずに育ち、ストリートファイトに人生の充実を見いだし、そして心ならずもプロレス界に身を投じながら、理想を求めてUWFという運動体に身を捧げたというその経歴は、まるでその神話の創始者/前田日明のリプレイかと見紛うばかりである。その彼が流浪の選手生活の果てに、リングスというUWF神話の最後の牙城にたどり着いたのは、一種の必然であったのかもしれない。そして山本もまた遺伝子に擦り込まれた本能ででもあるかのように、当時前田の後継者に据えられていた田村潔司に猛然と牙を剥き、Uインター離脱の経緯を盾に直接対決を迫った。遺恨を含んだイデオロギー対決の匂いに、ファンは期待を募らせた。だが、期待されたリングの上での直接対決は、奇妙にトーンダウンした淡泊な闘いに終始した。
 
 その姿を見て、多くのファンは“山本は王位継承に失敗した”と感じたであろう。
 いくら言葉の攻撃に長けていても、リングの上でのテロリズムに失敗した革命家をファンは認めない。その後、精彩を欠いたファイトを繰り返した山本は、一連の体制批判的な言動を残してリングスを去った。
 BoutReviewでも実はこの時期に一度、山本に単独インタビュウを試みている。しかし、その時山本から得られた回答はあまりに不明瞭であり、彼が唱える「理想と現実のギャップ」という理由の、肝心な“現実”の部分が十分説明されていないと感じたものであった。山本の行動にはそうした曖昧な理由では説明しきれない、もっと明確な確信が横たわっているはずだ。そして、それを語る山本の目に、欺瞞の影がなかった事も僕の思いに拍車を掛けた。彼は何か語るべき言葉を、今飲み込んでいるに違いない。それならば、その言葉は語られるべき時を待っているはずだ。
 そこで、僕はそのインタビュウの公開を断念した。
 去り際に彼が言った「今、言えないこともいずれお話しするときが来ると思います。俺が結果を出せた時に絶対お話ししますから」という一言を信じての断腸の決断であった。

 して、その約半年後、UFC-Jのヘビー級トーナメントを制した山本は「偽善者田村潔司、俺と真剣勝負で闘え」とぶち上げて再び渦中の人となった。しかし、この時も山本の言葉は奇妙に遠回しで、事実に肉迫しない言葉を吐くに留まった。まるでリングス時代の直接対決の時の隔靴掻痒な展開を繰り返すように、オブラートにくるんだ表現で田村批判だけを繰り返す山本の言葉は「結果を出した」その時になってもファンに革命を承認されるだけの強さを持ちえなかった。その結果、山本はリングスファンの集中砲火を受け、バッシングの対象になってしまった。この日奇しくもバックステージでの前田日明襲撃を敢行した安生洋二とともに、「U系最大の反逆者」として位置づけられた山本は、かつての支持者達から蛇蝎(だかつ)のごとく忌み嫌われる存在となったのであった。だが、その逆風を物ともせず一カ月後のリングスKOKトーナメント大阪大会の会場にも姿を現した山本は、挑戦に応じない田村の態度に業を煮やしながら「こんなしょっぱい試合しやがって、それでファンにどう言い訳するつもりですかね」と一言吐き捨てて会場を後にしている。
 
 そこまでして、山本喧一は一体何を証明しようとしていたのであろうか?
 しかし、その答えはずっと白紙のままで残された。UFC-Jでの闘いを最後に山本は再びファンの前から姿を消してしまったからだ。今年4月に開催された2回目のUFC-Jにも登場せず、熾烈だった田村追撃も尻切れトンボのまま。僕もまた「その時」を待ちながら、ただいたずらに時の経過を見過ごす他なかった。

 の山本が突如、復活の火の手を上げたのは今年9月のことであった。

 今回は“素手ゴロに最も近い実戦的な大会”というコンセプトのアマチュア大会「タイタンファイト」のプロデュースと、自らの首に50万円の賞金を賭けて無名の格闘家と月一回闘うという「クラブファイト」という二つの新機軸を引っ提げての登場である。

 新しい仲間と、新しいアイディアを武器に再びファンの前に姿を現した山本の、その奇妙に吹っ切れた表情を見ても、僕には「その時」が訪れたという確信は持てなかった。ただ、それだけのバッシングや絶望に晒されながら、不死鳥のような復帰劇を演じてみせる山本の、そのバイタリティの源泉に興味を引かれて、「パワー・オブ・ドリーム」を訪れたのである。

 2度目の訪問になるそのジムの看板からは、かつて大きく掲げられていたリングスネットワークのマークも消えて久しい。既に新しい航路に漕ぎだした山本を祝福すべきであって、もういたずらに過去をひじくる必要もないだろうと僕も感じていた。そこで前回のインタビュウの不掲載をわびた僕は、これまでの沈黙期間の意味と、その期間を耐え今回の復帰に至らせたモチベーションについてのインタビュウをお願いした。案の定、山本も“「あの頃」の話については、一切語るつもりが無い。これからのことを聞いてくれ”とそう言い、それを了承した形でインタビュウが始まった。

 だがそうした前提にも関らず、インタビュウの内容はなぜか「あの頃」へと一直線につき進んでいった。山本のファイターとしての内面を掘り下げる作業を続けるうちに、おのずと彼の閉ざされた時代の記憶を刺激し、その復活へのモチベーションとは切り離す事の出来ない物語として、田村潔司、前田日明との間に繰り広げられた暗闘に言及されることになってしまったのであった。正直なところ、ここまでに壮絶な対決が行われていた事を知るファンはあるまい。僕が一回目のインタビュウの時に「曖昧で不明瞭」と感じた彼の言葉は、結局、この大きなパズルのピースを必然の空隙として欠いた物だったのである。
 
 「闘うことの意味」という特集で、あえて山本喧一という選手を取り上げるのは、本誌にとっても大きな博打である。一年間まったく試合を行っていない上に、ファンからバッシングの的になっている選手の言い分を、あえて全面的に取り上げて掲載すれば、本誌は彼と同じくファンの反発に晒されるかもしれない。だが、あえてそれをこういう形でお目に掛けようと考えたのは、これまであまりにも曲がりくねって見えていた彼のファイティングロードが、今回のインタビュウを経て、実はまっすぐな一本道でったのではないか、と感じられたからだ。

 勿論、格闘技選手である以上、発言はリングで結果を出してから、という考えがこの世界には抜き難く存在する。しかし、実はその闘いがリングの外で行われたものだったことを誰も知らない。彼のもう一つの闘いの場は、自分自身の存在を抹消しようとする組織であり権力との闘いだったのだ。山本自身がそこで根こそぎ奪われかけた自らのプライドと生きぬく気力を失わなかったのであれば、山本はその闘いで立派に勝利を収めたといえるのではないだろうか。

 批判は沢山あると思う。
 しかし、まずはこの山本喧一の言葉に耳を傾けていただきたい。
 評価はそれから、あなた自身の人生と比べあわせて下していただきたい。人は時に理不尽な運命に晒され、長いものには巻かれろ式の妥協を強要される。我々の中の何人がその誘惑と闘い勝利を収めることが出来るだろう?

 僕が彼の中にみた物が通じるならば、あるファイターの真っすぐな人生の軌跡が、あなたにも見えることだと思う。そのことこそ、彼にとっての「闘うことの意味」を理解する最大の方法であると僕は信じる。


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TABLE OF CONTENTS 
1) ド突きあいの素手ゴロに戻ろうやないか
2) キングダムが終わった時に辞めてるはずだった
3) リングスに賭けた「最後のUの夢」
4) ジムだけがどん底の俺を支えてくれた
5) オクタゴンで甦った懐かしい喧嘩の味
6) 安生さんの一発は新しい時代の序曲
7) 目立ってナンボの試合をするのはもう嫌
8) 明日のない子供たちの前で手が震えた
9) クラブファイトで俺は深く地下に潜る
10) ティトか近藤か?UFCミドルのベルトは俺が取る


 

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