Interview & Photo : 井田英登


 K-1ジャパン絶対のエースであった、佐竹雅昭が戦線離脱するというあの衝撃的な離脱劇から半年が過ぎた。そして、時代は“K-1 JAPAN”と言う名の、集団レースに突入した。

 まずは先頭を切る形で武蔵がGP決勝大会に進出するが、東京ドームの一回戦で敗退。体格差と世界の壁の厚さを実感する結果となった。だが、それで試練は終わらない。2000年初戦として初の長崎大会のメインイベント、武蔵は帝王ピーター・アーツへのチャレンジマッチに挑むことになる。まさにK-1 JAPANの存亡を賭けた一戦で、武蔵はピーターのパンチを躱しまくり、そのスピードに帝王の顔色を蒼白にさせた。結果は伴わなかったものの、武蔵の可能性が大きくクローズアップされた一戦であった。

 そして3月17日。K-1 JAPANとして初の横浜アリーナ進出。
 首都圏1万人規模の会場にふさわしいカードが並んだ。

 武蔵は鉄人アンディ・フグと、そして中迫は因縁のスタン・ザ・マンというビッグネームに挑むことになった。そして、長崎でストップ・ザ・ノブを果たした天田は、若手K-1ファイターの出世頭であるミルコ・フィリポピッチと、ノブもジャパンに編入された形で、新たにシリル・アビディとの一戦を迎えた。そしてK-1軽量戦線のキーマンとなった前田憲作には、憧れのチャモアペットとのドリームマッチが準備された。

 まさにアフター佐竹を占う剣が峰となったK-1 BURNING 2000であったが、なんと結果は0勝4敗、1分けという惨憺たる結果に終わってしまった。やはり佐竹なき今、世界に戦いを挑める日本人はいないのか?
 大会翌日、石井館長にこの疑問をぶつけてみた。
 しかし、意外にも館長の答えは明快だった。
 「全部勝てる試合だったと思います」
 断崖絶壁のこの大ピンチに、石井館長はいかなる解決策を胸に秘めているのか。
 そして、風前の灯火にも見えるK-1 JAPANの明日はどうなるのか。


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TABLE OF CONTENTS
1. ナチュラルヘビー級である外人には、今のやり方では武蔵は勝てない
2. ベテラン角田に学ぶべきもの、そして子安、草津のデビューが変えるもの
3. 「もう爆発寸前ですよ!」石井館長ジャパン改造計画へ


 

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