![]() |
![]() |
![]() |
|
text/interview:井田英登・山口龍
英語には "DECADE"(ディケイド)という言葉がある。
camera:井田英登
「10年間を振り返る」という意味である。格闘界において"1990年から2000年までの10年間を"DECADE"するとするならば、さしずめそれは「革命の時代」と呼ぶことが出来るだろう。
60年代、そして70年代、格闘技はTV放送の発達とともに、実践者だけの「やる」ジャンルから、大衆の共有する「見る」ジャンルへと変貌した。ファンの欲望の代理人として活字メディアが猛威を振るい興行自体にまでも侵食した80年代を経て、90年代はCS衛星放送やインターネットという新しいメディアによって、観客の想像力がリングの上の光景にまで介入した時代だった。
その結果各個のルールによって整除されていたジャンルの垣根が微妙に崩れ、その境界線を越境する選手達が現れた。本格的な異種格闘技戦の時代の始まりである。幾つもの幻想がのもと格闘技における価値観、存在の変貌さえあった。消えていくもの、生まれてくるもの、あるいは変化し融合するものが、そこにはあった。
その嚆矢となったのが、93年11月 アメリカ・デンバーで第一回アルティメット大会である。そして、水面下で進行しつつあった格闘技総合化の流れは、世界同時革命のごとくに"NO HOLDS BARRED"(何でもあり)という観念のもと、世界を駆け巡った。
しかしそれ以前に、自らのルーツであるキックの垣根を一人で飛び越え、まだ勃興してもいなかった総合格闘技の概念を一人模索していた男がいる。
モーリス・スミス。
かつて”黒いボーイング機”と呼ばれ、K-1勃興以前のキック界にあって無敵を誇った彼が、突如UWFのリングでミックスドマッチに挑んだのが1988年のことである。一ジャンルの頂点を極めた選手がその絶頂期に、ミックスドマッチにに身を投じたと言うのはちょっとしたスキャンダルでさえある。しかし彼はそれを事もなげにやってのけた。以来、彼の歴戦したリングを数えていくと、その数、そしてバラエティにぼう然とする。全日本キック、K-1、PANCRASE、RINGS、EXTREME、UFC、PRIDE・・・彼の過ごしたこの十年間の選手生活は、同時に立ち技と総合の革命的な変化の軌跡でもあったのである。
現在、シアトルのモーリス・スミスジムには多くの格闘家が集う。
高阪剛、フランシスコ・フィリョ、藤田和之すでに現役生活を締めくくろうという段階にあるモーリスではあるが、かつての彼と同じようにルーツである競技から独立し、総合格闘技のフィールドに越境を試みる若者たちが、ひっきりなしに彼のジムのドアを叩く。それはまさに彼が個のフィールドのパイオニアであると言うことを証明しているといっていいだろう。
格闘技変革の10年間を駆け抜けたモーリス。彼の"DECADE"を通して、このジャンルの昨日、今日、そして明日を語ってもらった。時代の証言者であり、また時代の証でもあった男の声を通して、彼が開拓した言っても過言ではないこの「越境する格闘家の時代」の意義をじっくり読み取って頂きたい。
このコンテンツは有料です。購読するにはBoutReviewサポーター会員入会手続が必要です
- TABLE OF CONTENTS
- ■プロローグ:越境以前
- ■“コンプリートファイター”
- ■キックボクサーとしてのモーリス・スミスは今年で最後
- ■Alliance - アライアンス(同盟)
- ■「僕はコンプリートに近づきつつある」
[第2号 目次に戻る][BoutReviewトップページに戻る]
Copyright(c) MuscleBrain's
BoutReviewに掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。
著作権はマッスルブレインズに属します。