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Interview/Text/Camera : 井田英登
昨年3月の後楽園で行われたダニー・スティール戦は、シュート・ボクサー村浜武洋のベストバウトの呼び名が高い。ドラッカ出身のダニーは、投げの値打ちを競技の中に定着させたいと願う村浜にとって、まさに出会うべくして出会った宿命の対戦相手であった。華麗な投げと、強力な打撃が素晴らしくミックスされた、まさにシュートボクシングの理想形とでも言うべき試合を前に、観客は酔い、興奮した。この一戦に立ち会った全ての観客は、この試合の先に展開していくであろうシュートボクシングの未来に明るい希望を抱いたに違いない。しかし、この理想的な試合にも村浜は満足できなかった。
試合内容に、ではない。この試合のなかで展開されたダニーの力強い投げにジャッジはなぜか点数を与えなかった。勝利した村浜は、逆にこの結果に絶望した。投げの価値をきっちりと認め、競技の中の軸にしたい、そのために厳正な判定機純とルール設定を、というのがそれまでの村浜の主張だったからだ。
そして、村浜はこのベストバウトを置き土産にシュートボクシング協会を去った。
その行方はようとしてしれず、『故郷に帰った』あるいは『大阪で覆面をかぶってプロレスラーをやっている』などといった噂がインターネットを駆け巡った。
そして昨年冬、村浜は大阪に姿を現した。
親友スペルデルフィン率いる大阪プロレスで、異種格闘技戦に挑むという発表がなされたのである。やはり噂通りプロレスラー転向かと見た向きも少なくあるまい。
しかし村浜はそんな噂を軽く笑い飛ばした。
もう、何者にも捕らわれない。
誰の集団にも属さない。
苦悩を振りきった村浜の表情は明るく力強かった。『オファーがあればどこの団体にも上がりますよ。ギャラとルールと体重と、それさえ揃えてくれれば、K-1でも新日本プロレスでもどこでも上がりますから』
そこにはかつてシュートボクシングのエースとして、ルールや協会の未来に苦悩した”悩めるエース”の面影は微塵もない。
確かに住み慣れた故郷を捨てた一抹の寂しさはあるだろう。しかし、目の前に広がった自由と可能性を満喫する”越境者”として蘇生した今、そうした感傷すらも過去のものだ。
格闘技/プロレスを縦横無尽に住み分ける時代の風を背中に受けて、新天地に挑む村浜の声に耳を傾けて頂こう。
(収録/1999・12 大阪でのサイン会にて)
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- TABLE OF CONTENTS
- ■離脱までの経緯
- ■離脱後、大阪へ
- ■復帰に向けて
- ■越境する格闘家の時代
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- ■村浜がプロレスラ−を投げた日
- − 2000.1.4 大阪プロレス 門真なみはやド−ム
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