84年。平均視聴率20％以上を誇る黄金時代に沸き返っていた新日本プロレスリング。その人気の爆発を、長州力と共に演出し、スポーツ新聞どころか一般誌にまで何度も取り上げられた不世出の天才レスラー、タイガー・マスクこと佐山聡。彼がプロレスを辞め、理想の格闘技の追求を始めたのはこの年のことだった。
　しかし、その道は平坦ではなかった。
　第一次ＵＷＦへの合流。理想を追求してのルール策定と興行スケジュールの変更。その結果としての前田を初めとする他のレスラーとの衝突。退団。そして、既存のプロレス界とは完全に一線を画した、一からの、アマチュアからの新しい競技「シューティング」の立ち上げ。86年、プリ・シューター・トーナメントの開催。89年、プロ化第一戦。
　シューティングの動きは、当時、格闘技通信などの専門誌でも逐一とりあげられていた。打・投・極の技を解説する佐山のコーナーもあったし、プロ化に向けての地獄の特訓の様子もレポートされていた。
　だが、そうしたバックアップにも関わらず、シューティングに多数の観客が詰めかける、といった現象は起こらなかった。多くの人々の目は、同時期に旗揚げされた第二次ＵＷＦ、前田Ｕに集中していたのだ。

　なぜ、シューティングは、プロ興行として当初の立ち上げに失敗したのか。
　今となって思えば、やはりそれは、プロレスという巨大な世界からの離別の苦しみ、難しさだったということができる。新日の道場と試合との間のギャップに悩み、マーク・コステロとのキックの試合で辛酸を舐めた佐山。シューティングの構想は、やはり、そうした佐山のプロレス時代の経験からでてきたものだろう。だが、それは果たして、具体的な「イメージ」をもちえていただろうか。

　打・投・極それぞれを極める新たな格闘技。
　ショーという要素を排した厳密なスポーツ競技。

　確かに、それは、ルール・ブックや技術の教科書という意味では具体化されていた。だが、外から見た時、果たしてどうだったろうか。明確な売り、アピール・ポイントを持ちえていたのだろうか。
　当時の雰囲気を思い出すならば、それは相当に疑問である。新しい何か、というより、「アンチ・プロレス」であり「アンチＵＷＦ」。それが一般的な受け止め方だったように記憶している。
　アンチ、という打ち出しでは、強固なファン層は作れても、その広がりはなかなか期待できない。まして、当時は、前田Ｕというプロレス界の体制内改革運動が一世を風靡していた時期だ。プロレス・ファンは、いかに既存のプロレスに不満を持っていたとしても、プロレスが好きであることには変わりがない。プロレスの魅力を残しながら、あまりにおかしな点は排除して欲しい。「八百長」と切って捨てられることのないレベルでの試合を提供して欲しい。
　そういうルネッサンスを期待していたのであり、単なる「アンチ」に対しては興味の持ちようがなかったのである。総合といっても、要するに「プロレスの進化した何か」というイメージしかなかった80年代後半から90年代初頭。それが世の中のありようだった。

　しかし、93年11月のＵＦＣ、グレーシー柔術の到来が全てを変える。
　バーリ・トゥードという世界がある。「プロレスの進化した何か」ではない確固とした総合格闘技の国際標準がある。
　そこで修斗は、佐山聡は、英断を下した。今までの修斗のルールを捨て、新たにバーリに対応した新ルールへと一新させたのだ。この時点で、修斗は、全く新しい競技に変貌したといっても過言ではない。 　そして、新しい物語が始まった。
　アンチ・プロレス、アンチＵＷＦという、ネガティヴなイメージをどうしても拭いされないストーリーではなく、バーリ・トゥードという世界に対して、日本を代表して、修斗が闘っていくという物語が。
　野茂。中田。
　世界を相手にして闘うヒーローが出てきた時、そのスポーツは大きな盛り上がりを見せる。それは、誰もが夢を映し出すことのできる物語である。その競技に疎い人であっても、思わず興奮し、身を乗り出すことができるストーリーである。

　94年に始まるバーリ・トゥード・ジャパンを焦点に、修斗は、そうした「世界を相手にする」物語の舞台を用意した。最初は惨めな結果しか残せなかった。
　しかし、97年初めのルミナのブラジリアン柔術の選手への一本勝ちを皮切りに、物語は第二段階に入る。単に挑戦するという段階から、結果を残すという段階に。今や修斗の選手がブラジルやアメリカのＶＴの強豪相手に互角以上の戦績を残すのは当たり前になった。エンセンは、ＵＦＣ元ヘビー級チャンピオンのランディ・クートゥアを倒した。中尾受太郎は、同現ライト級チャンピオンのパット・ミレティックをスリーパーで切って落とした。
　そうして、総合のファンは、カリスマを手に入れることとなった。自分の夢を投影することのできる憧れの対象を。

　プロ化10年でここまで来た。
　今後10年、修斗はどこまで進むことができるのだろうか。

（山名尚志）

［1］高山義幸×阿部裕幸

［2］竹内 出×アーメット・ラジジ

［3］デニス・ホールマン×デイブ・メネー

［4］郷野聡寛×マット・ヒューズ

［5］加藤鉄史×中尾受太郎

［6］カーロス・ニュートン×川口健二

［7］桜井速人×マセロ・アグア

［8］佐藤ルミナ×宇野薫

＜全試合結果＞