BoutReview Logo menu shop   Fighting Forum
review
 
高慢と偏見 【特別編】
たったひとつのえたやり方
<BoutReviewリニュ−アルによせて> 前編

BoutReview編集長 井田英登


 
 の春、東京に引っ越した。

 amazon.comの成功に刺激されて、とある大手の企業が大規模なオンライン書店を開設するというプロジェクトが持ち上がり、ひょんな事からそのプロデュ−スをどうだという話しをもらったのである。年間予算は億単位、運営会社を設立して、アマゾンの日本上陸を正面から迎え撃とうという、とんでもない大型プロジェクトであった。偶然ではあるが、アマゾン云々は全く関係なく、このクライアントにオンライン書店の企画を持ち込んでいたのが僕だったという事で、白羽の矢が立ったらしい。ただし今回の話しは、予算面でも人員面でも、遥かに僕の考えていたモノを上回る規模である。

 ご存知の方も多いかとは思うが、僕の本業は元々TVのディレクタ−である。3年前に独立した時に、TV番組として持ち歩いていた格闘技番組の企画が折りからの不況でスポンサ−獲得できず、インタ−ネットで始めたのがBoutReviewの始まりである。
 全く畑違いの世界に飛び込んで3年が過ぎた。BoutReviewはいくらかの雑収入を産んだものの、TVで儲けたお金を流し込むマネ−ピットとして、我が社の赤字を支える不採算部門として君臨している。無論、優秀なライタ−、スタッフを輩出し、業界に知り合いも増えた。人脈やメディアとしての知名度という目に見えない資産は、確実に増えた。しかし、その資産を生かすという点で、今のBoutReviewのスタイルには限界がある事が、僕に大きな問題としてのし掛かってきつつあった。

 


 
 単にいえばBoutReviewを発行することで、誰が得をしているのか?という問題である。

創刊当時のバウレビ表紙 当初、僕がばうれびを始めたのは間違いなく使命感であったと思う。3年前といえばまだ国内のインタ−ネット状況はマ−ケットとも呼べない、好事家の実験フィ−ルドのようなものであった。格闘技関連にしても、幾つかの掲示板は存在していたものの、ニュ−スサイトと呼べる規模のものは存在せず、どちらかといえばマニアックで不確定的な意見が飛びかうアングラフィ−ルドでしかなかった。ニュ−スを商売にしていた僕にすれば、この即時性とごく少ない労力で情報発信できるメディアの可能性にぞくぞくする反面、そこで流通する情報の質的管理、責任のなさにぞっとする気持ちもあった。言ってみれば世界中の家庭のTV受像機に、個人の作った番組が勝手に流れるようなものである。今の日本のTVは限られた放送局に対して許認可を与え、国が報道機関として一定の基準を厳守するように管理しているから、それなりにニュ−スとしての品質管理ができているようなものだが、ネットはそうした歯止めがまるで存在しない。個人が感情のままに書き散らした未確認情報と、パブリックにニュ−スソ−スとして発信された情報が混在している。無論、既成の報道媒体の出す情報だから100パ−セント正しいだのという無邪気なことは言うまい。しかし、そこには責任の所在が明確になっていることで、一種の歯止めが存在しているし、企業体としてメディアが活動している以上、消費者に対する企業責任というものが発生する。うっかりバカなことばかりぶち上げていれば、雑誌は潰れるし、放送局からはスポンサ−が撤退する。いわば商売として成立する以上、メディアは自分たちの出す情報に責任をとらざるを得ないのだ。[写真は創刊当時〜1年のBoutReviewトップページ]

 僕があえて個人サイトとしてではなく、Muscle Brain'sという企業の業務としてBoutReviewを始めたのは、その「責任」を明確にして、当時すでに萌芽をみせつつあった、「書き放題の掲示板」文化と一線を画するためであった。掲示板は民意を反映する鏡のようなものであり、管理されない情報としてマスコミよりも価値のある情報であるという人も少なくはない。しかし、僕には掲示板だけが「ネット文化」であるとする考え方には賛成できない。民意の反映というだけなら、便所の落書きでも立派な民意の鏡となりうるが、その声をきちんと“世間に届かせる”ということは、便所の落書きには出来ない。多くの人々にその意図を伝え、時には社会構造を動かす力にもなるためには、やはりその確かさを保障し、きっちりフォロ−し続ける“意志”がなければならない。「掲示板文化」誰しもが平等であるかわり、その”意志”の部分に欠ける。このままネット=掲示板となってしまっては、折角のファンの声も世論にはならず、団体にも選手にも届かないただの便所の落がきとして無視されてしまう。

 後楽園ホ−ルに一度でも行かれたかたならご存知だと思うが、あのビルの非常階段の壁にはそうしたファンの思いが落書きの形で塗りこめられている。きっと不満足な興行や事件があるたびに、ファンはそのやるせない思いを壁に綴ってきたことだろう。しかし、それに目をむける興行関係者はいないし、むしろおぞましいものを見るような感覚でしかそういった書き込みを見ることはあるまい。折角インタ−ネットという武器を手にしながら、そうした落書きと同様の扱いで終っていいのか? それが僕をBoutReview創刊に走らせた最大の動機だったのである。

 


 
 て、それから3年が過ぎた。

最近までの表紙 いちおう、BoutReviewという場所は確保され、団体関係、あるいはメディア関係にもその存在は一応認めて頂けるようにはなってきている。しかし、BoutReviewは先にも書いたとおり、まったく儲かっていない。ライタ−はボランティアで原稿を書いてくれ、写真代もカメラマンが負担することがほとんど。地方取材に交通費もでなければ、宿泊費も全部個人持ち。そのうえ興行は目白押しで、数少ないスタッフは本業を持ちながら、そのサイクルのなかで疲弊しきっている。Muscle Brain'sという企業としても、そしてこれに携わるスタッフにしても、誰もがBoutReviewに関ることでナニも得をしていないのである。幸い人との巡り合いにおいては非常に恵まれたおかげで、誌面を飾った記事の水準は非常に高いと自負している。それに激動期にあった総合格闘技界の流れをそれなりにビビッドにお伝えすることもできた。ワ−ルド修斗設立からプロ修斗の世間的な盛り上がりにいち早く対応できたことや、U系各団体の興亡と盛衰にたちあったこと、あるいは世界に進出していく日本人格闘家たちの動きにもある程度対応し、その情報を海外に伝えるなど、僕らがそこにいたから出来たのだという仕事も少なくはないと思う。[写真はいわずと知れた最近までのばうれび表紙]

 しかし、設立来3年を経て、BoutReviewは何を産みだしたか、そして何をもって必要とされているのかを、よりシビアな目で見直すべき時期が来たのではないか。そういう思いが僕の中にはあった。赤ん坊でも産まれて立って歩むまでは全てがイベントであり、その存在の意義などを問われる事はない。生きてそこにいるだけで祝福される、それが赤ん坊だからだ。しかし、言葉を覚え、一人前の人間として人格を形成するようになれば、おのずとその存在の仕方、そして成長の方向性が問われる。僕らが今後も活動を続けていくならば、その存在が他の新聞、雑誌、あるいはTVと比べてどう役に立ち、意義があるのか。そしてどういう方向に自分たちの活動を成長させていくべきか。いつまでも「インタ−ネットで儲からないのに頑張っている」では意味がないのだ。きちんと採算があり、なおかつ他のメディアと差別化された明確なヴィジョンがなければ、今後5年10年と活動していく事は出来ない。

 


 
 う考えていた矢先、冒頭にもお話ししたオンライン書店のプロデュ−スの話しが舞い込んだのである。もちろんそれだけのプロジェクトに関る以上BoutReviewにこれまでのように時間を費やすことは出来ない。取材も記事製作もかなりの部分、僕が担当してきた部分を捨てねばなるまい。しかし、あえて僕はその誘いに乗ることにした。

 BoutReviewが僕個人のHPでなく、メディアとしての独立性を主張するためには、まず僕がいなくなってもその刊行が保障されねばならない。今回、僕が前線から離脱することによって発生する欠落を、BoutReviewの現スタッフはどう埋めることになるだろう? そしてその試練の中で、スタッフの意識はどう変わるだろう? BoutReviewが変わっていく為には、まずその姿を見さだめる必要がある、と考えたからだ。

 そしてもうひとつには、大企業が年間億単位をつぎ込んで製作するHPの経済的な背景をぜひこの目で確認したいという思いもあった。企業には、僕がばうれび設立の時に抱いたような個人的な理念や哲学は存在しない。あるのは市場のニ−ズと経済的効率だけである。はたして3年前には存在しなかった、インタ−ネット市場というものがどういう形で成立し、どんな顧客を持っているのか?

 「商売として成立する以上、メディアは自分たちの出す情報に責任をとらざるを得ないのだ」とさきほど僕はそう書いた。そのセリフを言い換えればこうなる。

「メディアとして成立しているのであれば、商売として儲からなければウソだ」と。

 インタ−ネットを通したビジネス構造をわが身で知ることが、BoutReviewを変える、という確信が僕の中にはあったのである。

 

(・・・・この項続く)

 
 

TOP | NEWS | REPORT | CALENDAR | BACKNUMBER | STAFF | SHOP | FORUM


Copyright(c) MuscleBrain's All right reserved
BoutReviewに掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。
著作権はマッスルブレインズまたはその情報提供者に属します。