BoutReview Logo menu shop   Fighting Forum
Report
PRIDE 99.11.21 「PRIDE.8」有明コロシアム


大会総評・グレーシー神話との訣別


 
 庭和志、ホイラー・グレーシーに勝利。遂に日本人格闘家がグレーシーの姓を持つ一族に勝った。
 それも、一方的に押しまくり、ダメージを与え続けた挙げ句の一本勝ちである。その模様は、有明コロシアムを埋め尽くした満員の観衆、そして、スカイ・パーフェクTVでの生中継を固唾を飲んで見つめていた全国の格闘技ファンに余すところなく伝えられた。
 完璧な物証と言っていいだろう。

 思い返せば、そもそもPRIDEシリーズ自体が、グレーシー神話を最大のモチーフとして登場してきたものだった。ヒクソン・グレーシーvs高田延彦。グレーシー一族最強という呼び名を欲しいままとした神話中の神話、ヒクソンが、UWFインターナショナルにおいて「プロレスリング世界最強」を体現してきた高田を、わずか4分少々で腕ひしぎ十字固めに仕留める。
 それまでは、いわゆる「格闘技の世界」に留まっていたグレーシーの名望を、より広く、プロレス界を含めた一般世間にまで定着させたのがPRIDE1だった。

 勿論、当時から、神話に対する疑義は多数申し立てられていた。確かに高田延彦は実力者である。しかし、UWFルールを前提に、キックとサブミッションのスペシャリストとして闘ってきた高田に対し、バーリ・トゥードのルールは余りに不利ではないか。片やこのルールで自称400戦以上を闘って来ているというのに、高田は、当時、VTでは初戦。マイケル・ジョーダンの大リーグ挑戦ほどではないにせよ、一方的なリスクを背負っての闘いであったことは間違いがない。
 加えて周囲の状況もあった。
 当時から、既に、UFCではグレーシーの神通力は薄れて来ていた。当初の立て役者、ホイス・グレーシーは、ウェイン・シャムロックとのスーパー・ファイトで、時間中ずっと下のポジションに押し込められたまま引き分けを喫し、その後、ルール変更等を理由に、UFCから撤退した。それから後のUFCなどのVT大会における非ブラジリアン柔術系ファイター、アマレスラーやキックボクサー、サブミッション・ファイター等の台頭は、周知の通りである。
 だから、PRIDE4の時点で、ヒクソンがまたもや高田との闘いを選択したことに対しては、高田に雪辱の機会が与えられたことを喜ぶ反面、なぜ柔術系選手が苦手としているアマチュア・レスリング系のファイターと闘って、本当の意味での「最強の証明」をしようとしないのか、という声も出ていた。

 失せていく神話の輝き。
 だが、それでも、「グレーシー」を名乗る者、という範囲では、不敗神話は事実であった。ホイス・グレーシーがファリッジ・イズマイウに敗北するという事件もあったが、柔術マッチであり、ホイスが病み上がりというエクスキューズも存在していた。
 ブラジリアン柔術の選手だろうと、他の格闘技出身の選手だろうと、VT戦では、強い方が勝ち、弱い方が負けるだけ。こうした風景が日常化してしまった今、神話を支えるのは、唯一、「一族」の不敗という事実だけである。
 正直、相当な綱渡りと言っていいだろう。

 うした中で、桜庭とホイラーの一戦は組まれた。
 しかも、当初のヘンゾから、PRIDEでは「軽量級」という位置づけとなるホイラーへの変更を、グレーシー側から申し入れて、である。格闘技において身長差、体重差が持つ意味は極めて大きい。にも関わらず、ヒクソンは、実弟ホイラーは「決して負けない」と断言した。
 グレーシーにとってみれば極め付きの冒険だったはずである。
 10分2Rを15分2Rに、しかも判定はなく、一本勝ちがなければ引き分け、というルールをPRIDE側に飲ませることには成功した。
 それにしても、である。
 それにしても、圧倒的な体格差を0にできるようなルールではない。せいぜいが、引き分けに持ち込む可能性を多少アップさせることができるくらいだ。VTの戦術、戦略が、グレーシー一族のみの秘密であった幸せな時代はとうに過ぎている。普通に考えればホイラーの勝ち目は薄い。
 グレーシーが敢えてこうした条件を選んだ理由は何だったのか。
 極端に不利な条件をひっくり返しての大勝利。ここに神話再生の好機を見ていたのだろうか。

 だが、現実は現実のルールでしか動かない。
 桜庭は、体重差のデメリットをなくそうと引き込みにいくホイラーに全く付き合おうとせず、蹴りまくり、徹底的に痛めつけてから、関節で一本を奪った。
 そこに、かつての神話の影は、残滓すらもなかった。
 強い者が勝つ、という過酷な結果論の世界が広がっているだけだった。

 グレーシー神話の崩壊を予期していたかのように、PRIDEでは、次期シリーズでトーナメントを開催する。グレーシーだから、あるいは、プロレスラーだから、という「肩書き」による価値観ではなく、誰にとっても公平なトーナメントの「結果」によってのみ決定される新たなPRIDEの秩序。

 新しいミレニアムが始まる。

(山名尚志)



←1. 松井 vs シウバ  ▲ 結果一覧  8. 桜庭 vs ホイラー→

カメラ:井田英登

TOP | REPORT | NEWS | CALENDAR | REVIEW | BACKNUMBER | STAFF | SHOP | FORUM


Copyright(c) MuscleBrain's All right reserved
BoutReviewに掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。
著作権はマッスルブレインズに属します。