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Report


新日本キックボクシング協会
"THE REMATCH〜HEAVEN or HELL" 2001年1月21日(日) 東京・後楽園ホール
 

第10試合 メインイベント 泰国ラジャダムナンスタジアム認定ウェルター級選手権/5回戦
(インターバル2分のムエタイルール) 
× ラジャダムナンスタジアム認定ウェルター級王者
チャラームダム・シットラットラガーン
(タイ)
2R2分12秒

KO
挑戦者・同級1位/前日本ウェルター級王者
武田幸三
(治政館)

※武田が新王者に

年5月の再戦となったラジャダムナン・スタジアム認定のウェルター級選手権は、前回ドローで大魚を逸した武田幸三が渾身の右ストレートで王者チャラームダム・シットラットラガーンをワンパンチKO。悲願の王座獲得を果たした。

武田の右がカウンターとなってタイ人の顎を撃ち抜いた瞬間、後楽園ホールは一瞬にして興奮のるつぼと化した。大の字になった王者はぴくりとも動く気配がない。10カウントが数えられると、超満員の観衆が一人残らず両手を突き出し、総立ちの大歓声で新王者となった武田を口々に称えた。
武田は真っ先に師匠である長江国政・治政館ジム館長の元に駆け寄り勝利を報告。そして観客の方へ向き直るとガッツポーズとともに雄叫び。声にならない声で喜びの衝動を四方に表現した。
そしてそれに応える大観衆。日本キック界が待ちに待ったヒーロー誕生の瞬間だった。


ここまでに至る経緯は2年前、1999年11月に遡る。新日本キックが企画したタイ遠征、ラジャダムナンスタジアム興行で武田はヨンサック・ガンワーンプライにKO勝ち。そしてヨンサックがラジャの上位ランカーだったため、武田はウェルター級のランクインを果たすとともに、空位だった同級王座の決定戦にタイで臨むことになる。それまで知る人ぞ知る国内の強打者にすぎなかった彼が、ムエタイのメジャー・シーンに登場することにになった。ラジャダムナン・スタジアム初の外国人王者である藤原敏男(藤原ジム代表・冒頭写真下)以来、久々の日本人ムエタイ王者の誕生に期待は高まった。
ところが状況が一転、タイ側は武田試合間隔が空いた事を理由にタイ人同士の王座決定戦を強行。新日本首脳陣の交渉の結果、5月に新王者チャラーダムに日本で挑戦することで合意した。
直前の3月、タイの現役ランカーをKOし、勇躍タイトルマッチに臨んだ武田だったが、初のタイトルマッチでは序盤パンチで追い込む見せ場を作りながらもしたたかな王者にポイントを奪われドロー。掴みかけたかに見えたタイトルは武田の手からスルリと抜け出してしまった。

その後武田は7月に再起戦。タイ人に逆転KOで勝利すると夏にはタイへ首相撲の修行へ出る。そして10月、オーストラリア人を一蹴。この時点で再挑戦が決定するのだが11月のタイ遠征では一階級上のランカーに苦杯をなめてしまう。が、「いい勉強になりましたよ」と前向きにタイトル再挑戦に気持ちを切り替えた。試合前からこの試合に関して「人生を変える試合」「倒すだけ」「3度目はない」と繰り返し言ってきた。自分に言い聞かせる意味もあったのだろう。そしてその思いはファンにとっても同じだ。
一方の王者チャラーダムは防衛以来国際式で1試合こなしたのみ。防衛期限ギリギリで二度目の防衛戦に臨む。
試合当日、後楽園ホールは関係者に大入袋まで配られた程の記録的な大観衆が詰めかけた。試合に臨む武田本人、それを見守る関係者、そして観客ともに皆の思いは一つ、「今度こそ」だ。
試合前に武田から自身の保持する日本ウェルター級王座のベルト返上がアナウンスされる。「ラジャのタイトルに賭ける意気込み」との事。確かにこの試合に勝っても負けても、不要になるベルトではある。
勇壮な和太鼓に三味線の演奏に導かれて入場してきた挑戦者は意外と落ち着いた表情。逆に王者側の方が固いようにも見える。
ジャッジ2名、レフェリーともに現地より派遣されたタイ人。当然ながらタイのルールでタイ式の判定基準。地の利はあるとは言え武田にとってやはり純然たるホームとはいえない。それはチャラームダムにとっても同じ。この後楽園ホールでは彼を応援するものなど皆無なのだ。

ゴング。前回のタイトルマッチで武田はチャラームダムに再三右ストレートをヒットさせ、タイ人の顔をのけぞらせたが、タイ式の判定でそれをポイントとしてほとんどとってもらえなかった。しかしスタイルを変えるほど器用なタイプでないことは武田自身よくわかっている。付け焼刃の技術でポイントを奪えるくらいならここまでタイの王座に拘ることもない。武田の出した結論は「あくまでKO」だった。今回の試合も最終的にはいつパンチでチャラームダムの顎あるいはテンプルを撃ち抜くかであり、それまでの布石をどう組み立てるかにある。
いきなりワンツーでつっかけた武田。その後、チャラームダムの左ジャブに合わせて徹底したローキック。ローがヒットするたびに場内からは「オーエイ!」の大合唱。まるで、後楽園ホールが束の間タイのスタジアムになったかのようだ。
そして右ストレートを打ち込む機を伺う。一方距離をコントロールしたいチャラームダム、細かい左ジャブ、前蹴りを出す程度の慎重な試合運びながら中盤にそれまでの武田のローキックの間合いから半歩踏み込んでガードをかいくぐり鋭い右肘を一閃。すかさずレフェリーにアピール。
傷は浅くレフェリーはノーチェックで続行を指示するが、切り裂かれた前頭部から一筋の血が流れ出したちまち武田の顔面を染める。チャラームダムはこれ以降肘を多用する一方で左のガードを下ろし、焦った武田の大振りを誘いカウンターを目論む。
しかし武田も冷静に対処。チャラームダムの前蹴りに自らも前蹴りを合わせる。これはムエタイではごく当たり前の動きだが武田の変化を如実に現していたシーンだ。武田は前蹴りやミドルという「ムエタイらしい技」はこれまでほとんど見せることはなかった。5月のドロー以来、今日この日のためにムエタイ対策を積んできたことの現れだ。
そして1R終了のゴングがなると武田はぐっとチャラームダムをひと睨みしてみせた。

2R。またも前蹴りを飛ばすチャラームダムに武田は「そうじゃないだろ」とばかりにローを合わせる。するとチャラームダムは右ミドル。前回よりは鋭さを増してはいいて、武田の脇腹は見る間に真っ赤に腫れあがる。が、しかしこれまでに見てきた超一流タイ人に比べると圧倒的にスピードもパワーも感じられない。特にミドルを放った後の足を引いて元の体勢に戻るスピードが遅すぎる。武田は易々とその蹴り足をとって残った足を刈り、チャラームダムをリングに二度三度と転がして見せる。足払いされることはタイ式において大きな減点材料、それも日本人に転がされることは何より屈辱だ。
チャラーダムは首相撲に捕まえ膝でポイントを奪いにかかる。しかしここでも武田は進歩の跡を垣間見せた。首相撲の攻防で相手の肘をカンヌキに捕らえ有利な体勢にとらせない。そして合間に肘・膝を入れる。そして離れ際にスウィングした武田の左がチャラーダムの顔面にヒット。ミドルも膝も封じられたチャラームダムもこれで腹を据えたか大振りのパンチを振るい、勝負に出る。
チャラームダムは国際式の経験も豊富でルンピニーの国際式ランキングにも入っており、OPBF(東洋太平洋圏)のタイトル挑戦歴もある(KO負け)。このウェルター級王座奪取時もパンチでKO勝ちしており、決してパンチが不得手な選手ではなく、むしろ得意な方に入る。
しかし、パンチ「も」得意な選手だというだけでは、パンチに拘り、一振りに懸けてきた武田の敵ではない。闇雲にパンチを振りまわすタイ人の顎に武田の渾身の右がヒット。昏倒したチャラームダムはリングに大の字。観客が総立ちになる中、レフェリーはカウントアウトを宣告。かくして、武田幸三の足掛け三年に渡る王座獲りへの物語は完結を見た。

「試合の事はまったく覚えていない。なにがなんだかわからない」と呆然とした表情で試合を振り返るチャラームダム。いまや前王者となったタイ人は武田との再々戦について尋ねられても、「チャンスがあればやりたいが、私にとってウェルターは重すぎる」と消極的だった。チャラームダムは62戦50勝(10KO) 8敗4分。伝統ある至宝のタイトルを海外で失った傷心の彼にタイは帰る場所を用意しているのだろうか?

「何が嬉しいって、先生の涙が見れたことですかね」控室で静かに喜びを語る武田。
思えば師匠である長江国政も、日本キック全盛時代に強豪として活躍し、ムエタイ王者を悲願とした一人。武田の喜びは師の喜び。最高の形で恩返ししたことになる。
「強くなりたくて、タウンページめくってたまたま見つけたジムに入ったんですけど、ほんとにあの先生に会えてよかったです。先生大好きですよ(微笑)」。

ファンの「こうなって欲しい、こうあればいい」という思いを具現化する存在であることがヒーローの条件だ。昨年の王座獲り失敗の無念も、今回の喜びに至るまでの忍耐も焦燥感も期待も共に感じてきたファンに、武田は最高の形で応えてみせた。

技術的にも武田は前回の轍を踏まえてしっかりと対策を練ってきた。「キック人生で初めて」という前蹴り、肘を有効に活用。さらに左リードを多用し容易にチャラームダムに有利なポジションをとらせなかった。またこれまでに何人もの日本人が泣かされてきた首相撲対策も万全、むしろ膝の打ち合いでは優勢だったのでは思わせる出来で昨夏のタイ修行の成果も見せた。フィニッシュの右ストレートもビデオで見なおしてみると一度頭を振ってタイミングをずらし、チャラームダムのミスブローを誘いカウンターを成立させている。自分の最大の武器に拘った上で、それを最大に生かす戦略の工夫と努力の跡が見て取れる。今回のタイトルは武田は獲るべくして獲ったものだと断言していい。

さて、問題はこれから。初防衛戦をクリアして初めて本当のチャンプとして認められるのは格闘技の常識だが、この王座獲得をあくまで強さの証明と認識している武田は特にベルト自体には拘ってはいない様子。「これは世界への通行手形。これからもどんどん強い奴とやりたい」と決意を語る武田だが、今後タイ側も目の色を変えて王座を取り返しにくるだろうし、世界の強豪も彼をほっておかないだろう。本当の武田の伝説は今、幕を明けたばかりだ。武田はこれで31戦25勝(20KO)4敗2分。次回の登場は3月大会を予定している。

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レポート:新小田哲  写真:菊地奈々子

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