オリンピックも盛り上がり、隣の東京ドームでジャイアンツも優勝を決め、のんびり自宅でテレビ観戦、という方も多かったかもしれない。だが、今日ばかりは後楽園ホールに足を運ばなかった事を後悔するべきだろう。なにせ小野瀬邦英とオーローノー・ポー・ムアンウボンという、日本一タフなキックボクサーと世界一頑丈なムエタイ戦士による、何年に一度見られるかどうかという極上の打撃戦が繰り広げられたのだから。
ゴングと同時に小野瀬が仕掛ける。これまで何人もの選手を悶絶させてきた左ボディを連打、さらに右アッパーや左フックと畳みかけ前進。オーローノーもすぐさまこれに応じ、左右フックと重い膝蹴りで反撃。予想していたとはいえ、あっという間に危険なパンチが飛び交う凄まじい打撃戦が始まり、後楽園ホールは試合開始ものの数十秒で歓声と悲鳴、そして床板を踏みならす重低音に包まれた。
小野瀬は盛んにスイッチしながらボディへの左フック、顔面への右ストレート、そして肘とオーローノーに叩き込む。一方のオーローノーは右フック、テンカオ、肘、首相撲からの膝、左ミドルといった攻撃。どれも一発で相手を沈める事の出来る破壊力を秘めているはずなのだが、両者一歩も引く気配がない。「喧嘩もキックも同じ」という小野瀬はオーローノーの首相撲に対しフックの連打や肘を打ち込むだけにとどまらず、頭突きや噛みつきまで繰り出して対抗(当然減点)。
試合序盤は小野瀬の左ボディが有効に決まる場面が見られたが、オーローノーはテクニックでそれ以上決めさせず、2R以降、徐々に首相撲やミドルといった攻撃でペースを掴む。絶妙のタイミングで小野瀬のボディに重い重い膝を食い込ませる。後半動きが止まったかと思われる瞬間、目線と腕の振りでフェイントを入れ左のミドルを叩き込む。小野瀬が力づくでオーローノーを押し返そうとするのをこうしたテクニックで絶っていく。
小野瀬とて引いてはいない。首相撲でもつれあった際にぶつけるような横肘をつづけざまに見舞う。中盤以降はこうした肘合戦、そして小野瀬の真骨頂、ボディーへのフックと手数でも決して負けてはいない。そして、小野瀬が後退する場面はついに見られなかった。
どちらが勝つにしてもKO決着といった予想を大いに裏切って、最終回終了のゴングが鳴る。後半のポイントや減点がものを言って判定はタイ人を支持した。
しかしこの判定の結果を気にする観客などいなかった。15分間のスペクタクルな大打撃戦に酔いしれたまま、後楽園を後にしたことだろう。
オーローノーは「彼がハードヒッターだというのを知っていたから、たくさん練習してきたよ。ボディーへのパンチが良かったね。いい選手だと思う」と小野瀬を称える余裕を見せた。
一方の小野瀬。あのオーローノーと真っ向から打ち合ったにもかかわらず、バッティングで額が腫れた程度のきれいな顔で、「最後はスタミナの差。初回のボディは手応えがあったから行けるかなと思ったけど、テクニックでかわされてしまった。効いた攻撃はなかった。倒せなかったし、判定負けは最初から覚悟していた」と本人は不本意な様子だったが、見る側にとってはまさに血祭り男の面目躍如といった一戦だった。KO決着どころかダウンシーンもない試合だったが、これぞ小野瀬。「倒れないこと」が説得力を持つ、ヘビー級では見られない素晴らしい戦いだった。
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