Hideto Ida's Blog 〜 時に放浪、日々朦朧 〜

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01/24  果てしなき寝正月 / [Monologue:思索と愚痴]


正月からe+のblog「ばうれび海賊版」が始まっているので、「ああ、他所にスクリプトを乗り換えたのか」と思われたかもしれないのだが、あっちはばうれびスタッフ総乗り入れの“取材日記”でして、井田の個人日記とは別物。

去年、このBlogスクリプトを通じてサーバーにハッカーのアタックがあったそうで、そのセキュリティ対策が長引いて(したがって、まだバックナンバーはお蔵の中)、中断を余儀なくされていたのですな。「日々朦朧」は「日々朦朧」で続きます。

というわけで、改めて「謹賀新年」。
しかし、ワタクシ個人の2006年は今のところ壊滅的に悲惨でして、とても「おめでとう」とは言い難いものになっております。

大晦日の「Dynamite!!」の会場かどこかでインフルエンザ菌を貰ったらしく、三賀日明け前後に高熱を発してしまい、以来ずっと床に伏したまま。鳥インフルエンザが話題になった時に有名になった特効薬の「タミフル」を貰って、最初の高熱はクリアしたものの、その後も頭痛と咳が納まらない。ぜんそくでも煩ったように、ひっきりなしに咳が出て呼吸が苦しい。なんとかパソコンに向かおうとしても、すぐ息が荒くなって頭がふらついてしまうし、キツい咳でボロボロになった腹筋背筋が悲鳴を上げるので集中して原稿を書く事もままならず、この三週間ずーっと寝たり起きたりを繰り返している。

この謎の症状に、最初の医者はインフルエンザの再発を言いだすわ、セカンドオピニオンを求めて転院した先の医者は「原因不明だから漢方薬を飲みなさい」とトンチンカンなことを言い出すわで、全く治る兆候がない。結局、サードオピニオンを求めて、大手民間病院の院長の診断を受けたところ、言下に「インフルエンザ後の気管支炎」と診断されて、今は抗生物質漬けになっている。

ただ未だに咳は納まらず、ここまで書くのも一時間近く掛かる始末。
今年が「後厄」で、正月のおみくじが「凶」のダブルインパクトだからって、ここまで祟るか? 普通。

まだ、ちょっと出口が見えないのであります。

※※※※

病床に居ると、出来るのは寝るか飯食うかTVを見るぐらい(案外読書もできるが、すぐ寝ちゃうのでぶつ切りになるのが難点)。

そうこうするうちに、このBlogでも何回も嫌悪感を公言してきたホリエモンが逮捕されてしまった。先日までのモテ囃し様から手のひらを返したようなバッシング報道が続くので、ちょっと呆れかえっている。

「水に落ちた犬は打て」が報道の基本原理なのかもしれないが、それまで散々無批判に堀江関連情報をばらまいて来た自分たちの立場を、綺麗に忘れたかのごときこの態度。「ずーっと胡散臭いと思ってた」なら、なぜそれを「水に落ちる前」に独自の視点として明快に語らなかったのだろう。

マスコミが面白おかしく彼を祭り上げたことで、彼の存在には「ハク」が付き、その“金メッキ”に騙されてライブドアの株を買った人間も多いはず。20万にものぼるというライブドアの個人株主達の“動機付け”を手伝った、マスコミの“アナウンス効果”は小さくない。薄ら笑いを浮かべて堀江の太鼓持ちのようなインタビューを行った古館伊知郎と、「私の息子です」とまで言って選挙応援を行った武部自民党幹事長とは、僕は同罪だと思う。


こんな所にも顔を出していた。


今回のライブドア摘発に関して、戦後の混乱期に現役東大生が金融業を起業、一世を風靡した光クラブの山崎晃嗣との類似や、政界との癒着構造を指してリクルート事件を連想するといった言説が多いようだが、僕個人は、むしろ1990年代の「オウム」事件や1970年代の「連合赤軍」事件を連想する。

共に、20代〜30代の若い世代が既成社会の有り様に飽き足らず、共産思想や新興宗教の中に新たな打開点を見いだして不満層の若者を惹き付け、組織が肥大した後にバランスを失って暴走したケース。この構造を橋本治は十年単位でサイクルする“若年層の異議申し立て”=「安保運動」というキーワードで語っており(「80's」「僕らの近代史」他)、70年代安保=共産主義、80年代安保=サブカルチャー、90年代安保=宗教と、それぞれの年代の中心思想を位置づけている。堀江の奇妙に自我の張り出した風貌や独善的な言動には、オウム真理教の教祖であった松本智津夫(麻原彰晃)や、“密室の個人革命”を断行しようとした宮崎勤の影が容易に重なる。

今回、堀江という“教祖”が唱えたのは「金」を媒介にした既成社会の否定であり、「儲ければオトナが何を言おうと勝てる」という革命思想だった。正直、70年代当時の革命思想から考えると、あまりに安っぽく底が浅いわけだが、体制側は“十年毎の革命”をクリアする度に対応のマニュアルを蓄える訳で、不満分子が頭角を現す前に懐柔していくシステムを整えている。対する若者サイドは毎回泥縄式に突破点を探すのだから、テーマ自体はどんどん幼稚にーーしかし手段だけは巧妙にーーそしてトータルではどんどん実も蓋もない形に変質して行かざるをえなくなる。

さしずめ、今回の“ホリエ革命”は、先述の橋本治の「安保」十年サイクル論の伝で行くと、2000年安保は「株と金」を軸にした個人レベルの反逆ということになるのだろう。かつて70年代の赤軍派闘争が、階級社会の打破を目的にしていた事を考えると、「社会なんかどうなったって構わない。個人が資本を持って勝ち抜けばいいのだ」という彼の思想は浅はかで、とても“革命”とは呼ぶに足らない物にに卑小化してしまっている。その底の浅さが、逆に“体制側”の頂点に居る総理・小泉純一郎の「勝ち組」思想とシンクロして、選挙に担ぎだされたりもしたわけだが。仮にも「反逆者」として頭角を現した人間が、体制側に易々と取込まれてしまうあたり、完全に“敵を間違えて”いるし、目的意識が全く感じられない。

また、CFOの宮内亮次や自殺した元副社長の野口英昭、社長秘書の乙部綾子らなどの表情を今回の報道ではイヤほど見せられた訳だが、内向的で非常に脆そうなのに、一方で思い込みのキツそうな彼らの顔つきは、見れば見るほどかつてのオウム真理教幹部達を連想させる。ライブドアの株を買い、堀江を新時代のヒーローとして称揚したファン層は、さしずめ在家信者といったところか。(無論、根っこに明快な教義がない分、求心力は遥かに薄いのだろう。“ホリエ真理教”は一夜で洗脳が解けて“狼狽売り”の渦が巻き起こったのだから、金という媒体はつくづくシビアである。)

ニュースでも散々流れたライブドアの忘年会の映像(探偵ファイルのスクープ)をご覧になった方も多いと思うが、実際オウムの集会以外の何ものにも見えない。数時間前の株主総会で無配を報告し、株主から「会社を個人の宣伝媒体にして、公私混同ではないか」と指摘されて、大泣きしたという映像とのセットで流される事が多いようだが、あんな嘘泣きは何処の会社の社長もやっている事。

むしろ、僕が気味悪いと感じたのは、あのパーティーでドカチン服で踊るカバみたいな堀江の姿に喝采を送ったりしている社員たちの熱狂ぶりの方だった。まさにカルト集団の熱狂というべきか。邪悪なムーミンみたいな顔をしたおっさんが、手足の短い我が身を省みず稚拙なダンスを披露しているのだ。 そんな姿を見せられたら「ウチの会社ホントに大丈夫かな?」と思うのが普通だと思うのだが、逆に「コイツが食わせてくれる。コイツに付いて行けば勝ち組になれる」そんな盲信が熱狂を呼んで、ムーミンダンスへの喝采となったのだとしたら、非常に嘘寒い。

また、ノーギャラ(!)でこの席に呼ばれたという、ものまねシンガーのKOBARYUがライブドア自画自讃歌(「大きな古時計」の替え歌)を歌わされているのだが、これも鳥肌物の光景を生み出す。歌の一節に「毎日休まずに接続、接続」という自虐的なフレーズがあるのだが、500人の社員が何の疑問も無くこのフレーズを楽しげに「セツゾク、セツゾク」とコーラスするのである。まるでオウムの「ショーコー、ショーコー」の歌を思わせる気味悪さだった。“内部批判”の視点を失った集団のあのゾンビ度が、何より「ライブドア」という会社=カルトなのだという証拠に思えてならない。

無論、浮ついた“勝ち組志願兵”ばかりがライブドアの社員だとは言わない。M&Aで無理矢理グループ企業と言う形にされただけで、以前と変わらず真剣に毎日の自分の職場を守っている社員も多いはずだ。実際、ウチでは、ライブドアグループに取込まれて社名変更する前からヴァリュークリックと取引をしているし、それは今も継続している。当初からウチを担当してくれているM氏は非常にマジメで実直な青年であり、彼が現場で仕事をすると言っている限り仕事を打ち切るつもりは無い。

でもそれはそれ、これはこれ。

とまあ、思いつく限りを備忘録代わりに書き連ねてはきたものの、「ライブドア=2000年型カルト(安保)集団」説をいちいち論証して行くパワーは、病床でゲホゲホ言ってるだけの今の僕にはない。そのうち誰かがきっとこの辺の視点でもっと緻密な論証を書いてくれるのを楽しみにしたい。(橋本治だったら是非読みたい。)

テメー、ンなどーでもいい事より、遅れに遅れてるDynamite!!のレポート原稿書けって? 

んー…ゲホゲホゲホ…。

投稿者 井田英登 at 11:18