第二次大戦前のパリ、比類なき快楽追求者・ローマ王ヘリオガルバスの物語を描きつつある文学者アルトナン・アルトーの前に、一人の日本人によって、織田信長が殺人淫楽者で両性具有であったという異端の説を記した草稿「信長、あるいは戴冠するアンドロギュノヌス」が差し出される。その書を入手せんと躍起になる第二次大戦前のナチスドイツと、謎の日本人・総見寺の暗躍。知らず知らずに謀略ドラマのまっただ中に巻き込まれて行くアルトー。独裁者ヒットラーの躍進の背景に、この悪の書が果たす恐るべき役割を描く伝奇ロマン。
好きですねー、こういうの。ブクオフの100円棚での発掘なんで、今時の新刊じゃないけど。冒頭を立ち読みしただけで、ぐいぐい引き込まれてたもんなー。
とはいうものの、僕の好きな現代史秘話みたいな部分はあんまりフィーチャーされてなくて、もっぱら作者の筆は“書物内書物”であるの、血にまみれた異形の織田信長像を描き出す事に費やされる。
個人的な感想としては、半村良と山田風太郎の間を縫いながら、ちょっとどっちにも振り切れなかった感じ。様々に繰り出した歴史的事実と妄想のピースのマッチングにもちょっと難あり、といったところか。膨大なアイディアと奇想が矢継ぎ早に繰り出されて、非常にスリリングではあるのだけれど、その一個一個が未消化で、完全に腑に落ちきったとは思えないものが残る。
具体的なエピソードをそれぞれ倍の量書いて、運動量で読者を引きずり回せば、同じ材料でも十分納得を引き出せたのかな。当然それを水増しなしに面白く読ませる力量が問われるんだろうけど。
その意味では、いくつかの核心部を、さらっと現代編の「語り」で処理してしまった部分が、ヘッドアレンジで終わってしまってる感じ。現代(正しくは第二次世界大戦前)の登場人物をカットバック的に挟んで、歴史の闇に光を当てて行くスタイル自体は好きなんだけどね。山田風太郎の忍法帳的シーンとの整合感が薄くなっちゃってて、これも難点か。いっそ、歴史編と現代編を切り離して二部作みたいにしちゃうと、すっきり読めたのかも。
でも新人の第一作としては十分すぎる成果。「日本ファンタジーノベル」大賞受賞ってことで、その枠の性質を考えての現代劇化だったのかもしれない。ストレートな伝奇時代小説だとインパクトが弱かったかもしれないし。そのせいか、受賞後のこの人の嗜好はどんどん歴史ものに収束していった模様。この続編にあたる作品も秀吉を描いてるけど、もう現代劇へのフィードバックはやってないみたいだし。
スパイ物、伝奇物好きの僕としては、ちょっと残念。