(前半部分は10/11深夜記)
この一週間というもの、「After PRIDE」の陣取り合戦に興じる業界人の暗躍が激しく、昨日も気がついて見ると半日以上に渡る時間を情報収集の電話に費やすハメになった。
正直、知っていても書けない事ばかりなのには、辟易とする。
ただ、業界地図で言えば、番外地もいいところを歩いているだけの僕のような存在でさえ、その渡世に地図は不可欠なのだ。知らずに薮に足を踏み入れて、敷設された地雷を踏むハメになるのはまっぴらだし、呑気な蛮勇が命取りになる事も多い。
幸い十年この場所に居るおかげで、情報網はそれなりに発達した。
情報で身を守り、情報から身を躱し、情報の中を泳ぎながら、書くと言う己の本分とは縁遠い部分でそれらを消費して日々が過ぎて行く。
一通り警戒電話の嵐が通り過ぎたなと思えたのは、夜の九時を回ってからの事。
ふっと気がつくと、今日は10月11日ではないか。
そう、十年前のこの時間、僕は東京ドームのダックアウト辺りの特設カメラスペースで、なす術無くヒクソンの腕十字の餌食にされ、足をばたつかせる高田延彦の姿を呆然と見ていたはずだ。
あの時、僕は高田の姿よりも、それを見つめる記者たちの反応に驚いていた。
修斗シンパで有名だった記者は「思い知ったか!」と叫び拳を振り上げている。一方、Uの応援者として知られる記者は、文字通り口をぽかんと空けてリングの彼方を虚ろな目でみている。見事なコントラストであったし、各人の反応はマンガみたいにステロタイプだったのが滑稽だったが、本当の話だ。
僕はと言えば、そんな記者たちの悲喜こもごもの姿を観察しながら、どちらのサイドにも感情移入できない自分の微妙な立ち位置と心理を、少し面白く感じていたものだ。
確かに高田の敗北で時代は明らかに変わるだろう。U系プロレス一色だった格闘技界には原爆が落ちたようなショックが走るに違いない。僕自身、格闘技にハマり始めたころには既にUWFは無かったし、リングスの面白さで格闘技に興味をもったものの、修斗、UFC、U-JAPANと続いたリアルファイトの洗礼を浴びて、早々とU幻想を払拭した側に居たので、ヒクソンの勝利に快哉を叫ぶ記者の気持ちもなんとなく判らないではなかった。
だが、少なくとも東京ドームに集まったファンの大半は、まだUWFを応援するプロレスファンだったはずだ。高田があまりにあっけなくヒクソンに敗れた事で、彼らがこの現実をどう受け止めるか、僕にはまるで予想がつかなかった。
この衝撃がどう広がって、業界の地図がどう変わって行くのか、正直業界に足を踏み入れてまだ一年経っていない当時の僕に判る訳も無い。PRIDEはあくまで突発性のお祭りにしか思えなかったし、この先継続性のあるイベントにはとても思えなかった。
そういえば、KRS(PRIDE当初の運営委員会)の発足会見で「あんたら何ものだ?」なんて強烈な質問をした記者も居たなあ。でもそんな言葉が、当時は少しもおかしく感じられなかったのだ。
メインカードへの興味は確かにあったが、そのアンダーカードはお粗末そのもの。イベント全体の魅力には明らかに乏しかった。訳の判らないタレント絡みのショーもあれば、パンフなんかも、明らかに格闘技文脈とは違うはしゃぎ過ぎの気持ち悪いトーンに満たされていた。正直言って当時の運営者たちは、まるでこれまでの格闘技イベントの文脈を理解していなかったし、違和感だけが募る“変なイベント”にしか思えなかった。(爆笑物のの藤谷美和子&KAKUTOU BANDのライブやプリンセステンコーのイリュージョン(!)なんてイロモノも平気で挟まっていたのだ。)
こんな芸能色丸出しの場違いなイベントは、すぐ迷走してなくなってしまうだろう。少なくとも年一回のお祭りとして数回続けばいい所じゃないかーーそれが当時の僕の偽らざる気持ちだったし、扱いに困ってしまって、実は当時のばうれびでは、このイベントに関してロクに記事らしい記事も書かなかったのである(笑)。
それがまさか格闘技界のデファクトスタンダードになり、この十年間の格闘技界をずっとリードするような存在になろうとは。
あの焼け野原に思えた風景に、一粒の種が落ち、「ざまあみろ!」と叫んだ記者たちは、そのざまを見た人が真ん中に立つリングに寄食するようになった。彼らが軽蔑していたはずの「格闘技をまるで理解しない部外者」の作ったその場所に。
そして、その日誰よりも恥ずかしい姿をさらして、プロレスの弱さを体現した男が、いつの間にかその舞台の象徴となってファンを煽ると言う不思議な構図も、いつしか通常のものとなっていった。
あれから十年。
余分な事を山ほどやり、その度に大火傷を負いながらも命からがら逃げおおせ(スキンヘッドになったりね(笑))、多少の騒動が起きてもおっかなびっくりながら地図の一つも書けるようになった自分が居る。
ただその頃の自分と、今の自分と、どちらが純粋な気持ちでリングの上を見つめられているだろうか。純粋である事自体には、なんの値打ちも感じないが、ただ遠くに来てしまったなあという感慨だけは否めない。(変に純粋というか、無邪気極まりないアメリカンは、火傷なんか知った事かと、こういう事平気で書くしさあ(笑)http://www.fightopinion.com/2007/10/11/a-new-japanese-mma-organization-is-coming-next-week/
)
ただ一つ変わらない物があるとしたら、十年で多くの風景が変わったなあと周囲を見ている今の僕の視線は、結局あの日の東京ドームで多くの悲喜こもごもをどちらのサイドにも立たずに見守ったあの時と同じ温度だということだ。
僕と言う視点は結局、同時代の出来事に当事者として一喜一憂するより、未来に語り継ぐべき歴史のいちシーンとして見たいのだと思う。
ならば、十年という年月も須臾でしかない。
また、それでいいのだと思う。
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という記事を書いて、なんとなくまとまりのなさにドラフト(書きかけ)のまま、公開せずに放置して一ヶ月あまり。
ここにきて、またぞろ大晦日に向けての動きが、加速してきた。
年末の興行を発表するにはあまりに遅すぎるタイミングだが、それでもDynamite!!とは別に首都圏で事を強行するかもしれない…というグループがあるようだ。もちろんWVRではない。噂ではPRIDEの流れを汲むグループが、ロシアM-1と組むことに成功しそうだとか、でも肝心のM-1のプレジデントは、ちょっと無理かもと弱気になってるとか、とにかくそんな噂が飛び交っているということは、動いている人間が居る事だけは確か。
いくつかの断片情報が事実なら、確かにインパクトはでかい。
だが、春のPRIDE凍結以降もうかなりの時間が過ぎた。あのショッキングだったPFWWの「PRIDE消滅」劇さえも、気がつけば早くも一ヶ月前の話。既にHero'sやUFCに流れてしまった日本人選手も多いし、動きが表面化していない選手も水面下ではある程度身の持って行きどころを固めてしまっていたりする。したがって、「PRIDE復活だよ、全員参加!」というわけにはいかないだろう。…一瞬、詳細をもう少し書こうかと迷ったが、噂のバトンを次に回すだけで終わるのはやっぱバカらしいので、書かずに置くことにする。いずれ判るか、そのうち雲散してしまう“だけ”話なら書かないのがマシだ。一番槍争いには興味が無い。
とにかく「めでたしめでたし」で結ぶのは難しそうな雲行きなのは事実。面倒くさい人も沢山暗躍してるし、綱引きもあっちこっちで極地戦の様相。正直、噂ばかりが先行して、“本当の所”はやっぱり記者会見がきっちり開かれるまでわからない。実際、昨日会見という予定もあったのにやっぱり流れちゃったりしてるし(笑)、そもそも立派な会見で堂々と発表された事が実現しなかったりするのが、この業界の常ではあることだし。基本的には一寸先は闇。下手すると“2003年の悪夢”再来で、大晦日はゴングが鳴る寸前まで色々ゴタゴタするかもしれない。数字は出るかもしれないし、一夜城の立つ瞬間もあるかも。ただ、いろんな意味で、今年の大晦日のキーワードは「Bom-ba-ye strikes back,again !」になると思う。
いずれにせよ、結局また戦争になるんだね。あーあ…